我慢の限界
櫻真は全く予期していなかった人物に、どう反応を取れば良いのか迷っていた。そんな櫻真よりも先に口を開いたのは、眉を顰めた蓮条だ。
「どうして、さっきの一年と櫻真が一緒におるん?」
「あっ、いや……何かさっきの試合に納得できへんかったみたいで……」
「いや、そういうことやなくて」
「まぁ、そうやろうな……蓮条が何を言いたいのかは分かっとる」
きっと、何故普通の人は入れないはずの結界に、四十万光が居るのか? と言いたいのだろう。そしてそれは、蓮条に限らず、蓮条の横にいる鬼兎火や佳も似たような疑念を櫻真と桜鬼にぶつけてきている。
けれど、正直な所……自分や桜鬼にぶつけられても困る。自分たちだって、何故ここに光るが入ってきてしまったのか分からないのだから。
そして、そんな櫻真たちの空気を一人だけ読めていない光は怪訝そうな表情で、
「さっきの会話からすると、僕がここに居たら何か不味いことでもあるんですか?」
と櫻真や蓮条に訊ねて来た。
「大いにあるわ。もしかすると自分、帰れなくなるかもしれへんよ?」
「帰れなくなる? どういうことですか?」
しれっと答えて来た蓮条に光が睨みながら質問を続ける。すると、蓮条が口籠もり困った表情を浮かべてきた。
そんな蓮条の表情に、櫻真も桜鬼と共に首を傾げさせる。きっと、蓮条たちは何かしらの情報を掴んだに違いない。
そして、さっきの言葉と蓮条たちの表情を見る限り、厄介な事になっているのは明白だ。
「実は……完全に俺たちはここに閉じ込められとる。しかも、今のところ、出られる方法が分からへん」
「えっ、どういうこと? 術を解けばええ話やないの?」
櫻真が目を丸くして訊ねると、蓮条が首を横に振り……佳が変わりに今の状況を櫻真たちに説明し始めた。
「……とにかく、厄介な状況にあるってことは分かったわ」
「まさか、賀茂氏の方に斯様な術があったとはのう。全く知らなかったぞ?」
「それはそうです。この術は対陰陽師用で、神隠しに近い術でしたから。それにこの技を組むのにも相当な声聞力が必要やから、ほぼ実践されたことはなかったと思います」
「神、隠し……そんな術まであるんや」
「現代やと使われなくなった術がぎょうさんあるわ。多分、䰠宮の方にも探せばたくさん出てくるはずやで」
「そうなんや。でも、そんな術を知ってはるなんて、祝部君、凄いな」
櫻真が感嘆しながら佳を見る。
すると、佳が少し気恥ずかしそうに視線を逸らして来た。
「別に䰠宮が言わはるほど、凄くないわ。俺はただ知識としてそれを知っとるだけやから」
「知識だけでも、十分凄いと思うよ?」
「いや、使えへんと意味ないものや。これこそ宝の持ち腐れやな……。それにしても、この間来たそっちの人も陰陽道に通じてはる人やったんやな?」
一瞬だけ寂しそうな表情をした佳が話題を変えるように、桜鬼の方へと視線を移してきた。そして佳が桜鬼へと話題を振って来たことで、櫻真ははっとした。
この前、葵が連れてきた時に桜鬼は櫻真の親戚の人だと紹介している。
蓮条が祝部君にどう話してはるか分からんけど……とりあえず、ここは話を合わせた方が良さそうやな。
「そうなんよ。俺も父さんとかから教えてもらうんやけど……まだまだ未熟な所があるから、桜鬼たちに手助けしてもろうてるんよ。なっ? 桜鬼?」
佳に桜鬼の説明をしながら、櫻真は桜鬼に目配せをする。すると、桜鬼もコクコクと頭を頷かせた。
「そうじゃ。妾と櫻真は運命共同体なのじゃ」
「運命共同体……そこまでの仲なんや……」
えっへんと胸を張る桜鬼の言葉に驚く佳。そんな二人の姿に櫻真は思わず顔を赤くしてしまう。
あかん、この言い方やと祝部君が変な勘違いをしたはる!
「えっと、祝部君! これはな、なんというか……」
誤解をどう解けば良いか分からず、櫻真がしどろもどろになっていると……
「ホンマに! ちょっと待ってください! いきなり、陰陽道とか、術とか、運命共同体とか! 何ですか? そのワードはっ!」
話に付いて行けず、ぽかんとしていた光が我慢の限界に到達していた。
「ああ、ごめん。えーっと……俺と祝部君の家は昔から占いをしたり、邪鬼っていう悪い気の塊を祓ったりしとるんよ」
そしてここに佳がいることを念頭に起きながら、櫻真はここが特殊な結界内で、自分たちはそこに閉じ込められている事を話す。
そして、光は意外な事にその話を黙ってきいてくれた。もしかしたら、さっきの邪鬼を桜鬼が倒したりしたのを見て、信じてくれたのかもしれない。
櫻真は光が黙って聞いてくれた事に、一先ずほっと胸を撫で下ろす。
だが、そんな櫻真の安堵は砂上の楼閣に過ぎなかった。




