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アイドル一年生

「えーっと、俺に何か用?」

 朝、いつもの如くギリギリで学校へと着いた櫻真の前に、一学年下の見知らぬ男子生徒が立っていた。

「僕の名前は、四十万(しじま)(ひかる)。䰠宮先輩、僕は今日こそ貴方と決着を付けにきました」

 四十万光と名乗った少年は、女の子の様に目がくりっとしており、テレビに映るアイドルのような顔立ちをしている。

『櫻真、この者が言う決着とは何じゃ?』

 桜鬼は瑠璃嬢といつ鉢合わせした時の事を考えて、櫻真と共に学校へと着いて来ていた。勿論、姿は透過しているため、櫻真の前に立っている光には見えていない。

 首を傾げさせる桜鬼に、櫻真も首を横に振るのを何とか堪える。

『いや、俺にも全く分からん』

 しかし、櫻真にも全く心当たりのない状況だ。しかし、今の昇降口には自分とこの一年生しかいない。

 学校に来るまでは、昨日実家に泊まって行った蓮条もいたのだが、遅刻ギリギリということもあり、櫻真を置いて教室へと足早に行ってしまったのだ。

「決着って言われても、何のことだか分からへんのやけど?」

「これを見てもですか?」

 目を細めた光がポケットから一枚の用紙を取り出して来た。光が取り出した紙には、『中京中学校、美少年ランキング!』という題名が大きく書かれている。

 そして、その題名の下には『一位、不動の䰠宮櫻真』と書かれており、その下には『急上昇』という吹き出しの後に、蓮条の名前が書かれていた。そしてその下、三位の欄には『アイドル張りの可愛さ、四十万光』と書いてある。

「何、これ?」

『おお、櫻真が一位じゃ!』

 疑問符を浮かべる櫻真の横で、桜鬼が鼻高々に嬉々とした声を上げている。

「これは、中京中の女子にアンケートを取った集計結果です」

「えっ、君が取ったん?」

 櫻真が少し驚いきながら訊ねると、光がやや得意気な顔を浮かべて来た。

「まさか。これを取ってくれはったんは、僕のファンの女子たちです。まぁ、僕みたいに容姿端麗やと、ファンが出来てしまうんですよ」

「そうなんや……。それで? これがどうかしはった? もしないなら、教室に行ってもええかな?」

 昇降口にある時計を一瞥して、櫻真が訊ねる。もうすぐで鐘が鳴る時刻だ。何とかそれまでに教室に滑り込みたい。

 しかし、そんな櫻真の願いはイラッとした様子の光によって一蹴されてしまった。

「どうかしはったって……本気で言うてはるですか? 先輩の目は節穴ですか?」

 あかん。何か変な子に目をつけられてしもうたかも……。

「中学に上がるまで、女子からちやほやされるのは僕の役目だったんですよ? それなのに、中学に上がった瞬間に、先輩が現れて女子からの人気が取られてしまったんです! しかも何ですか? 二位の先輩なんて、同じ顔じゃないですか! 絶対に双子でしょう? ああー、何で同じ顔の人に負けへんといけないんですか? こんなの完全完璧な僕からすると黒歴史ですよ、黒歴史!」

 早く教室に行きたい櫻真の気持ちを余所に、自分の想いの丈を話し続ける光。

 櫻真からすると非常に迷惑で、もうそんなおかしなランキングの一位の座なんて渡すから、早く退いて欲しい。

 むしろ、こんなおかしな集計を取らせるからいけないんじゃないか?

『むーー、勝ちたい気持ちは分かるが、相手が悪かったのう。櫻真を相手にしようなど、火を見るより明らかじゃ』

『そういう問題ちゃうと思うけど……どないしよう? このままやとホンマに遅刻する』

 見ればもう時計の針は五分も経過し、鐘が鳴るまでの時間が一分を切ってしまった。

 やばい! 

「黙ってないで、何か言うたらどうなんですか? それとも勝者の余裕ですか?」

「勝者の余裕って言われても……。というか、ホンマにこの話は終わり!」

 黙ったままの櫻真に苛立った様子の光の横を擦り抜け、櫻真は自分の教室へと走る。

 何で、朝からこんな面倒な事に……

 廊下を走りながら、櫻真は自分の不運さに嘆くしかない。

『櫻真、妾が鹿渡とやらの足止めを行う。その隙に教室へ駆け込むんじゃ』

『ホンマに? 助かるわ』

『斯様なこと、造作もない』

 えっへんと得意気な顔をした桜鬼が櫻真を追い越し、教室へと向かって行く。木行属性の風を司る桜鬼が走ると、無風の廊下に風が吹いた。すぐに風は止む。

 櫻真が三階まで階段を駆け上がる。

 全力疾走で一階から三階までの階段を駆け上る度に櫻真は思う。

 どうして、自分はもっと朝起き出来ないのだろう? と。しかし、どんなに嘆いた所で睡魔に勝てないのだ。

 三階の階段を昇った瞬間に、もう一つの端にある階段から昇って来た鹿渡が、教室前の廊下を歩いているのが見えた。

 鹿渡先生や。それから桜鬼もおる。

 櫻真に気付いた桜鬼が片目を瞑り、短い詠唱を唱える。するとその瞬間に鹿渡に異変が起きた。

 鹿渡は無風のはずの廊下で両腕を顔の前でクロスさせ、前屈みの姿勢で一歩、一歩前に進むのが精一杯という感じだ。

 薄めになってきた髪が後方へと靡き、口からは「何や、この風……?」という疑問と動揺が溢れている。

 一方で櫻真には、風一つ感じない。いつも通り無風状態だ。

 桜鬼の風で苦戦する鹿渡を脇目に、後ろのドアから教室へと入る。教室に入ると、殆どの生徒は席について、近くの生徒と話していた。

 桜鬼の風は対象物にしか影響を与えない。そのため、教室のドアや廊下側の窓は一切、音も立てなければ、揺れてもいない。

『桜鬼、もうええよ。ありがとう』

 そそくさと席に着いた櫻真が桜鬼に合図をし、風を止ませる。

 すると、狐につままれた様な顔で教室に鹿渡が入って来た。

「なぁ、誰か教室の窓を開けとる?」

 だが、やはり頷く生徒は誰もいない。教室の窓は閉められているからだ。

 閉まっている窓を見て、鹿渡が目を点にしている。

 そんな鹿渡の姿に、櫻真は内心で謝りながら……小さく安堵の息を吐いた。



 一時間目の授業を終えたとき、

「朝のHRのとき、鹿渡先生の様子が可笑しかったな? 䰠宮、どう思う?」

 後ろの席に座る祝部佳が櫻真へと話しかけて来た。

 佳には声聞力もあり、色んな事を目敏く気付く。だからこそ、この言葉は櫻真をどきりとさせた。

 大丈夫。佳には桜鬼の姿は見えてないし、桜鬼は学校付近で怪しい気配がないかを探りに行っている。鹿渡に何が置きたかも分からないはずだ。跳ねた気持ちを鎮める様に櫻真は自分に言い聞かせ、佳の方へと振り向いた。

「疲れとるんちゃう? テスト問題の作り込みで」

 櫻真の苦し紛れに出た言葉に、佳が微かに眉を寄せて来た。

 その微かな表情にも、櫻真の内心はハラハラとさせられる。

 櫻真が授業を受けている間、桜鬼は学校の屋上にいる。そのため、桜鬼の存在をこの場で佳が気付くことは、万が一にもないはずだ。

 でも、この間の事もあるしなぁ……。

 佳は、一つ目の鬼絵巻が現れた時に起きた事件に、巻き込んでしまっている。

 声聞力もあるんやし、事情を話しても問題ないかな?

 櫻真がそんな事を考えていると、隣の席に座る祥千咲と幼馴染みの紅葉が話しかけて来た。

「䰠宮君、廊下に一年生の男の子が来たはるよ?」

「名前は……ほら、一年生の間で騒がれとる四十万光君。その子が櫻真を呼んではるんよ」

「えっ……ホンマに?」

 口許を引き攣らせた櫻真に、千咲と紅葉が揃って首を縦に振って来た。

 そして教室の前方にあるドアから、昇降口で櫻真に変な用紙を見せて来た光が立っていた。

 廊下から教室を覗き込む光の後ろには光の追っかけらしき、女子が数名立っている。その手には、『光、命』『光、愛』などと書かれた内輪を持っている。

 あんな内輪を持ってて、怒られへんのかな? ってそんな呑気な事を言うてる場合やない。

「えっと、居ないって言うてくれへん?」

「どうして? あの子と何かあったん?」

「まぁ、ちょっと……」

 千咲に訊ねられ、櫻真が少し気まずい表情で答える。自分の事を心配しているのが分かるからこそ、また更に気まずい。

 千咲の隣にいる紅葉も凄く意外そうに、櫻真を見ている。

「何があったかは分からんけど、無理やない? もう、あの一年生、櫻真の方を見てはるもん」

 やっとの思いで切り抜けられたと思ったのに、まさかこんなにも早く自分の元にやってくるとは……。

 櫻真は頭を抱えたい気持ちを堪え、光の方へと目を向ける。

 向けた先の光はばっちり櫻真の姿を捉えていて、凄い気迫だ。

 きっとこのまま自分が知らん顔をしたら、光は休み時間毎に自分の元へとやってくるだろう。

 それは、それで困るなぁ。

 どないしよう?

 どうすれば自分に変なやっかみをしなくなるだろうか?

「……少しあの子と話してくるわ」

 例え自分が一生懸命考えた所で、今日初めて話した光の気持ちが分かるはずもない。なら、直接相手に聞いてしまった方が得策だろう。

 考える事を諦めた櫻真が席を立ち、光の元へ向かう。

「僕に気付いたなら、はよ来はってください。䰠宮先輩がグズグズしはると、僕がまた授業に遅刻するやないですか?」

 だったら、俺の所に来んといて。

 理不尽な事を言う光にそう言いたい。けれど言いたいままで言えないのが自分だ。

 ホンマは、俺も蓮条みたいに物事をはっきりと言えたらええんやけど……。

 言えない自分の不甲斐なさに情けなくなる。

「それで、今度は俺に何の用? むしろ、俺は何をすればええの?」

「ふふ。やっと訊いてきましたね?」

 どうやら、自分は正解を引き当てたらしい。

 ようやくこの混沌とも思える話が前に進んで、櫻真が内心で胸を撫で下ろす。

「単刀直入に言います。僕と決闘しましょう!」

「えっ、決闘? えっ? どんな?」

 中学生から出てくるとは思えない言葉に櫻真が目を丸くする。しかも光の後ろにいる女子たちが『フー、フー、光! 決闘、決闘、ひ・か・る〜〜!』など大きく騒ぐものだから、教室にいる櫻真のクラスメイトの視線が一気に向いてきた。

 自分の前にいる光は、自分が脚光を浴びている事に満足そうな表情を浮かべている。しかし、櫻真は違う。それこそ、この状況は悪夢だ。

 さっき、ズルして遅刻を免れたからそのツケが回って来たのかもしれない。

 跳んだしっぺ返しだ。

「分かったから、その方法を言うて」

 そして早くこの場から去って欲しい。

 恥ずかしさで強張る口許を何とか動かし、櫻真が話の続きを促す。

「せっかちな人ですね? それでも生粋な京都民ですか?」

「そんなんええから、はよ」

「はいはい、分かりました。決闘の日時は今日の放課後。場所は体育館二階の卓球場。つまり、卓球で勝負しましょう。䰠宮先輩は部活に入られてへんから、体操着でええです。僕は試合用のユニフォームを着ますけど。ええですね?」

「別にええよ」

 きっと、自分が得意な奴を選んで来たんやなぁ。

 勝負事で自分の得意分野を選択してくるということは、余程櫻真に勝ちたいのだろう。ただ何故そこに着用着の事まで言及してきたのかは謎だ。

 櫻真が頷くと、光は口許を綻ばせ、試合前から勝利の笑みを浮かべている。

 別に、俺はこの試合に勝ちたいわけやないけど……何か、この笑みは少し腹立つ。

「ほな、䰠宮先輩。また後で。あっ、䰠宮先輩に声援を送りはる子を呼んでもええですよ? ギャラリーが多い方が試合も白熱しますし?」

 櫻真へと勝利の笑みを浮かべたまま、光が内輪を持った女の子と共に立ち去って行く。櫻真はそんな光の姿を見ながら、深い溜息を吐いた。

 最近の俺って……こんなんばっかや。

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