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狂戦士

「ええですよ。どうかしはったんですか? 今日の稽古にも遅れて来はったし……」


「まさか、さっきの気配と何か関係してはるん?」


 櫻真の質問の後、間髪入れずにそう斬り込んだのは少し警戒した様子の蓮条だ。


「まぁ、そうやね。さっきの気配と関係しとるよ。正直に言うと僕も少し困っとる。僕がここに来たのも、櫻真君たちに注意喚起しにって感じやから」


「困ってる? もしかして、襲われたんですか?」


 眉を顰めさせた櫻真が桔梗にそう訊ねる。けれど、そんな櫻真の言葉に桔梗が困った様子で苦笑を浮かべて来た。


「まぁ、そうなるね。一応、返り討ちにさせてもろうたけど」


「どうして、桔梗さんが襲われはったんですか? そもそも、まだ新しい鬼絵巻の気配がないのに、動く理由がないと思います」


「平和的な人やったら、そう考えると思うよ。けど今、動いとる子は少々お転婆が過ぎるんよ」


 溜息を吐いた桔梗の顔に、はっきりと疲労感が滲み出ている。この顔を見ると狙われていたというより、襲われていたのではないか? と疑いたくなるほどだ。


「櫻真君たちは、あんまり話した事ないかもしれんけど……瑠璃嬢の事は知ってはるやろ?」


「知ってます。東京に住んどる子ですよね?」


「そうそう。当主争いの器に選ばれてからは、こっちに来て、僕の所に住んではるんやけど……この間の件で出遅れた事が相当、悔しかったみたいやわ。その所為で今、強硬手段に走ってはる」


「強硬手段とは、まさか闇討ちでも企てておると言うのかえ?」


 桔梗の口から出た「強硬手段」という言葉に、桜鬼と鬼兎火が険しい表情を浮かべて来た。そして、桜鬼の言葉に桔梗がやや反応に困った表情を浮かべさせた。


「闇討ちとまでは行かへんけど、それに近いね」


 溜息混じりに頷いた桔梗に、櫻真と蓮条が目を丸くさせる。


「じゃあ、瑠璃嬢は俺たちの命を狙ってはるってこと?」


「いいや。さすがに命までは狙ってへんよ。あの子が狙ってるのは……従鬼たちが持つ絵巻」


「桜鬼たちが持つ絵巻って、集めた鬼絵巻を集める奴ですよね? どうして、それを瑠璃嬢が……って、まさか!」


 そう聞いて、櫻真ははっとした。


 鬼絵巻を集める絵巻は、主と従鬼の契約書でもある。そしてそれを瑠璃嬢が狙っているとなると、自分たちの契約を解除させるのが目的なのだろう。


「きっと、櫻真君が考えてはる事で大体は合ってると思うよ。鬼絵巻は従鬼を使役させて集めるもの。けど、その従鬼を使えへんかったら、僕らは鬼絵巻を集められへん。そこに行き着いた瑠璃嬢は、鬼絵巻を待つよりも契約書を消滅させる事にしたんやろうね。そして困った事に、瑠璃嬢の返り討ちにしてから、椿鬼が姿を現さん。契約書を奪われないために、姿を眩ませてはるのかもしれへんけど……バーサーカー化した瑠璃嬢を相手に従鬼なしは、かなり厳しいものがある。だから一緒にあの子の暴走を止めて貰おう思ってね。勿論、僕も椿鬼が出てきはったら動くし。力は貸すよ」


 眉間を指で抑える桔梗は、本当に参ったという様子だ。


「従鬼なしの主と従鬼ありの主じゃ……戦うのは無謀すぎやな」


「そうね。でも、可笑しいわね。椿鬼が主の危機を放っておくなんてしないはずなのに……」


 蓮条と鬼兎火がそんな会話を交えながら、桔梗を見ている。口には出していないが、櫻真も同じ事を思っていた。


 勿論、櫻真たちにも結界を張ったり、術を駆使して身を守ることはできる。しかしそれでも、従鬼を相手にするのは難しい。


 従鬼は人間よりも強靭な身体能力があり、ちょっとやそっとの術ではダメージを与えることはできない。ましてや、主によって強化されているなら尚の事だ。


「僕にも椿鬼が出てこなくなった理由は分からへん。でも一つ言えるのは、どこか怯えてる様にも見えたってこと」


「椿鬼が……」


 桔梗の言葉に、桜鬼が眉間に眉を寄せる。


「あの子にもあの子なりの理由があるとは思うけどね。今は無理に聞き出せる雰囲気でもない事は確かやね。そんでな、仮に椿鬼が出て来たとしても従鬼二体を相手にするのは厳しいんやろ?」


「従鬼が二体? それってどういう事ですか?」


「うん、僕も少し驚いたけど……どうやら、瑠璃嬢の従鬼の力によって自分自身を従鬼並みに強化してはるみたいなんよ」


「えっ、ホンマですか?従鬼でそんな事も出来はるの?」


 目を思わずぎょっとさせて、櫻真は驚きの声を上げた。


「本来、妾たち従鬼が主を強化させる事は出来ぬが、第四従鬼……力の従鬼と呼ばれる魑衛なら出来るぞ」


 櫻真の言葉に桜鬼が険しい表情で答える。


「驚くのも無理ないと思うよ。まぁ、元々瑠璃嬢は術が苦手やったさかい、物理攻撃を特化させたってことや」


「そしてそんな瑠璃嬢が、無差別で主たちを襲って来たはるってことですよね?」


「そやね」


「なんかもう……ホラーやん」


 声を暗くする櫻真に桔梗が頷き、蓮条が顔を引き攣らせる。


「つまり、先程妾達が感じ取った気配は、その瑠璃嬢と呼ばれる主の気配だったということか?」


「うんそう。対処法としては幻術が有効的やね」


「でも、それってずっと逃げ続けるって事やろ? 俺としてはそんなん嫌や」


 負け意地の強い蓮条が、不服そうに桔梗を見る。そんな蓮条を見て桔梗が柔らかく微笑んだ。


「逃げたくないっていう、蓮条君の姿勢は嫌いやないけど、時として逃げも必要なんよ。今回みたいにパワーで負けとる時は……」


「でも、どうして桔梗さん、わざわざこんな話をしてくれはったんですか?」


「それは……桔梗が櫻真押しだからとちゃう?」


 桔梗に諌められ、渋々頷いていた蓮条が櫻真と桔梗を交互に見て来た。けれど、櫻真からすれば、「櫻真押し」という理由では納得できない。


 確かに、この間も自分に助言をしてくれたが、あの時はたまたま葵と一緒に行った甘味屋に桔梗が居ただけにすぎない。


 そして、目の前にいる桔梗は蓮条の言葉に苦笑を零している。


「まぁ、蓮条君にそんな事を吹き込みはった人は、大体想像が付くけど……ちゃうよ。僕がここに来たのは、暴走した瑠璃嬢を止めたいからや。この事は、菖蒲ちゃんにも伝えるし、一応……儚はかなにも伝える」


「えっ? 儚も当主争いに参加してはるん?」


 儚は、滋賀に住んでいる櫻真たちの親戚で、歳も櫻真たちと一番近く、二つしか離れていない女の子だ。


「俺も知っとったで? 確か儚も俺と同じくらいのタイミングで従鬼と契約してはったわ。いや、むしろ……桜鬼以外の従鬼は、殆ど同じタイミングで契約してはるみたいや」


「そうなん? じゃあ、蓮条も誰が当主争いに参加しとるのか分かってはるん?」


 驚く櫻真に、蓮条が首を振る。


「いや、さすがに俺も全員やないよ。俺が知っとったのは、儚と菖蒲さんだけやもん。桔梗が参加しとるのも最近知ったし」


「そうなんや……。なんや、知らへんの俺だけかと思って焦った」


「櫻真君が知らないのも無理ないとは思うよ? 櫻真君が従鬼と契約したのは最近やし。それでちょっとした疑問なんやけど、何で蓮条君は菖蒲ちゃんの事は「さん」付けなのに、僕は呼び捨てなん?」


「何でって、敬意払う必要ないしな。それに胡散臭くて信用できん」


「つまり蓮条君からすると、僕は完全に敵って事やな。正直、僕としては蓮条君に胡散臭いって思われはる様な事なんてした覚えないんやけどね?」


「そうやけど。何か雰囲気的に胡散臭い」


 蓮条……完全なる偏見や。


 妙に桔梗を敵視する蓮条とその蓮条に苦笑を浮かべる桔梗を見ながら、櫻真もまた苦笑を零していた。


 それにしても……


「大変な事になってきたなぁ」


 瑠璃嬢が強硬手段をとる以上、櫻真ものほほんとはしていられない。瑠璃嬢が自分を襲って来た時の事を考えて準備を整える必要がある。


 桔梗が言うように瑠璃嬢自身が従鬼並みの力を持っているなら、尚更だ。


「桜鬼、一緒に頑張ろうな?」


 自分を鼓舞する気持ちも込めて、横にいる桜鬼に櫻真が声をかける。


 すると、桜鬼もそんな櫻真ににっこりと笑って、


「勿論じゃ。櫻真と一緒ならば、妾は幾らでも頑張れるんぞ」


 櫻真にぎゅうっと抱きついて来た。


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