北の宮に現れる鬼人
「その身、厄に捕われる。北の宮にて鬼人現れ、汝、宝玉失わん。……。ちょっと待って嘘やろ?」
「どうした? 櫻真! 占術の結果が良くなかったのかえ?」
六壬神課の式盤に現れた占術結果に顔を青くさせ、櫻真は桜鬼に頷いた。
櫻真たちは、この間の事を考えて、自分たちの今後を訊いていたのだ。
「俺、この間から災厄が訪れるっていう結果ばっかりや。しかも……鬼人って絶対に従鬼の事やし、宝玉って……鬼絵巻のことやん。あかん、これ俺が戦っても負ける結果や」
「な、何を言うておる? 櫻真! 弱気になってはいけぬ! 妾は櫻真の厄を払う従鬼ぞ? そんな妾が付いていながら、見す見す櫻真を危険に晒すわけなかろう? つまり、この占術の結果は変わる。いや変えるのじゃ!」
目の前でぐっと拳を握り、意気込む桜鬼。自分を前向きにしようとしてくれているのは、凄く有り難いが……占いが外れるとも思えない。
なにせ……
「父さんの占いが、当たっとるんやで?」
これが、一番の理由だ。
櫻真の父親である浅葱は声聞力が弱い。それにも掛からず、十四年後の自分と蓮条の未来を占い、その結果が変わることなく的中してしまっている。
つまり、占い結果はよほどの事がない限り、変わらないということだ。
「そう落ち込むでない。確かに鬼人や宝玉と聞けば、従鬼や鬼絵巻と考えてしまうが……もしかすると別の物の可能性もあるであろう?」
「んーー、確かにそれも一理あるんやけど……今の状況でフェイクってあるかな?」
櫻真の唸り声に、桜鬼も口をへの字にして唸る。
きっと桜鬼も、ほぼ間違いなく鬼人を従鬼、宝玉を鬼絵巻だと思っているのだろう。
あっ、でも俺がこんな事を言うてしもうたから、桜鬼を不安にさせてしまったかも……。
「でも、星が示す所は俺らの考えが及ばない所もあるかもしれん。だから、桜鬼が不安になる必要は……」
唸る桜鬼の気分を上げようと言葉を掛けていると、
「むぅーー、フェイク……似たような言葉を本で見たぞ。あー、どういう時に使っておったかのう? あー、駄目じゃ! 思い出せぬ。モヤモヤするーー!」
という独り言と共に、桜鬼が頭を抱え始めた。
そういえば、桜鬼……今の言葉を覚えるために色んな本を本屋で買いはってたっけ。
自分の言葉で、桜鬼のやる気が下がっていなかったのは、良かった。けれど違う意味で桜鬼の頭をモヤモヤとさせてしまったらしい。
「フェイクっていうのは、模造品とか相手を騙したりすること」
「おおっ! そうじゃ! そうじゃ! 思い出した! うむ、そうじゃ!」
少し焦ったような様子で、桜鬼が何度も頭を頷かせる。
この反応からすると、知っていたのは嘘だろう。
でも、桜鬼も必死に勉強してはるみたいやし……変に突っ込むのは可哀想やな。
「たくさん勉強しはると、忘れてしまうのはしゃーないからな。そんな焦らんでも大丈夫やで。桜鬼が頑張ってはるのは分かっとるから」
櫻真がそう言って桜鬼ににっこりと微笑み、頭を撫でる。
すると、焦っていた桜鬼の顔が一変し、少し頬を赤くして緩ませて来た。
「やはり、櫻真は優しいのう。それに櫻真の笑った顔は、それこそ宝玉の様じゃ」
「宝玉は言い過ぎやと思うよ? 俺なんて普通やもん」
正面から褒められると、やはり照れる。
「いやっ! 何を言うておる? 櫻真は美しい容色の持ち主で、尚かつ女子にも優しいともなれば、世の女子が放っておくわけなかろう? それこそ、平安時代ならば、櫻真の噂はあっという間に都中に広がり、女子たちが櫻真は自分の元へ参ってくれまいか? と夢、妄想を働かせておる! 無論、妾もじゃ!」
櫻真を目の前に熱弁をしている桜鬼に、櫻真は苦笑で返す。
褒められて嬉しくないと言ったら、嘘になる。でもやはり褒め言葉を素直に受け取る事に躊躇いはある。
きっと、父さんみたいな人なら頷いてしまうんやろうけど……。
櫻真がそんな事を考えていると、そこへ桜子が部屋へと入って来た。
「櫻真、菖蒲さんが少し早めに稽古を始めたいって言うとるんやけど、大丈夫?」
「あっ、ええよ。用意できたら稽古場向かうわ」
今月の下旬に、櫻真は菖蒲と共に「安宅」という舞台を踏むことになっている。
櫻真は、子方の源義経役。菖蒲はシテで弁慶を演じるのだ。
菖蒲は、櫻真と同じく当主争いに参加している一人だが、今のところ桔梗も含め、自分が持っている鬼絵巻を狙ってくる様子は無い。その為、現状では普段通りに接している。
「ほな、菖蒲さんにも伝えとくね」
桜子がにっこりと微笑んで、櫻真の部屋を後にしていく。するとそんな桜子の後ろを、小型犬を模様したロボットが付いて行くのが見えた。
「あれは、確かアイボというロボットじゃったか? 名前も付いておったはずじゃが、なんだったかのう?」
「……ラブドックやろ?」
ややげんなりとした表情で、ラブドックを見つめる櫻真。
「そうそう。そんな名前じゃったな。確か浅葱が櫻真の為に買ったと言っておったな?」
「せや。でも俺はアイボが欲しかったわけやない。俺が欲しかったのは……」
「櫻真、相当の無念が残っておるのじゃのう」
櫻真の悔しげな表情に、桜鬼がやや戸惑い気味の返事を返してきた。
そんな桜鬼にゆっくりと頷き返し、櫻真は稽古様の袴へと着替えた。
袴へと着替えた櫻真が稽古場へと向かっていると、自分と同じ袴姿の蓮条が玄関の方からやってきた。
「あっ、蓮条!」
「櫻真もこれから稽古なん? 早いな」
自分の恰好を見た蓮条の横には、自分たちを微笑ましく見る鬼兎火の姿がある。他者にこんな顔をされると少し照れ臭いが、嬉しくもなる。
蓮条は、初めて鬼絵巻を取り合った相手であり、櫻真の双子の兄弟だ。
今は、宇治から櫻真の通う中学校に来ており、稽古も本家で行っている。
「菖蒲さんがもう稽古場に来たはるみたいなんよ。そう言う蓮条も早いやん」
今日は日曜日で、稽古もお昼過ぎからの予定だ。
「それは……たまたまや」
「たまたま、なぁ?」
「うっさい。櫻真も小さい事を気にし過ぎや」
妙に照れた様子で蓮条が足早に稽古場へと向かって行く。櫻真は桜鬼と共に顔を見合わせて首を傾げさせた。
すると、鬼兎火がクスクスと声を上げて笑っている。
「鬼兎火、何故其方は笑っておるのじゃ?」
「ふふ。蓮条ね、昨日の稽古でお父様に手厳しく言われて悔しいのよ」
「ああ、そういえば……」
櫻真は、昨日の稽古で浅葱から手厳しい駄目出しを受けていた蓮条を思い出した。
すり足をする蓮条の姿を「エビ反り歩き」と称し、基本姿勢を三時間みっちりやらせていた。きっと今日も基本姿勢の稽古だろう。
「稽古に来ても基本姿勢ばかりじゃ、蓮条が可哀想や。少しくらい他の事をさせた方がモチベーションも上がりはるのに」
しかも、傍らでは自分も含め舞台の稽古をしているのだ。
蓮条だって、きっと舞台の稽古をしたいに決まっている。
「そうじゃのう。確かに「カマエ」や「ハコビ」等の動きばかりでは……退屈してしまうかもしれぬ」
「でも、基本って凄く大事よ。それこそ一番時間を掛けるべき動作だわ。櫻真君もそれを蔑ろにすると、蓮条に追い越されちゃうわよ?」
「うっ、それは嫌や」
自分だって、これまで必死に稽古に打ち込んできたのだ。蓮条に負けてしまうのは、やはり悔しい。
「よし、俺も蓮条に負けへん様に頑張らんとな!」
「うむ。櫻真、その意気じゃ! フレー、フレーじゃ!」
自分を応援してくれる桜鬼に、櫻真は頷き稽古場へと入った。




