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選ばれた器

 目覚めた櫻真は、すぐに自分がどこにいるかが分からなかった。

「あれ? ここって?」

 身体を仰向けにしたまま、視線を泳がせる。目に入ってくる天井、照明に壁、自分の上に掛かっている布団。

 それは全て、自分の部屋にあるものだった。

「俺の、部屋や……」

 力の抜けた声で当たり前の事を確認しながら、櫻真は身体を起こした。

 昨日の事は、やはり全て夢だったのだろうか?

 しかし、あの後の記憶がなく、自分が部屋の眠っている事を考えると、夢であった可能性が非常に高い。

 それを思いながら、昨日の夢らしき事を思い出す。

 最初はただ不思議な感覚がしただけだ。それこそ、自分に備わっている声聞力を上手く制御出来なかった頃は、よく不思議な夢を見て、邪鬼に襲われそうになったこともあった。

 声聞力には、聞こえざる声を具現化すると共に、この世に溢れる悪質の気を持った邪鬼を引き寄せてしまうこともあるのだ。

 しかし、今では櫻真も声聞力をしっかりと制御できるようになっている。それは例え無意識であってもだ。だから制御の甘さから、邪鬼に憑かれたわけではないだろう。

 むしろ、あの夢からは邪鬼の気配はなかった。

 そもそも邪鬼とは災厄のことで、自然災害を含まない事故、事件、人災などを引き起こす存在だ。そして櫻真たちの家系は占術だけでなく、人々に取り付く邪鬼を払う、邪鬼払いも行っていた。

 櫻真も、簡単な邪鬼払いなら何度か行っており、邪鬼の気配は分かっている。

 分かっているからこそ、昨日の夢に出て来た桜鬼は邪鬼ではないと言えるのだ。

 でも、自分の確信を信じて、昨日の事が邪鬼の仕業でないとすると……

「最悪や。俺はなんて夢を見とるんやろ? あんな生々しい……」

 昨日の夢に出て来た女性にきつく抱きしめられた事を思い出す。

「……あかん」

 櫻真は力なく言葉を吐き捨てながら、片手で赤くなった顔を覆った。夢なのに、夢のはずなのに、あの時に感じた感触は鮮明で、いとも簡単にそれを思い出してしまう。

 櫻真は顔を真っ赤にしながら、大きな溜息を吐いた。

「俺って、むっつりなんやろうか? いや、そんなアホな……」

 自分を自分で否定してみたが、まるで意味はなかった。

 自己嫌悪に浸り、顔を俯かせていた櫻真の視界に突如、人影が現れた。

「むっつりとは、何じゃ?」

「えっ、えっ、ええええええ! 何で!?」

 自分の顔を覗き込んで来た桜鬼の姿に、櫻真は開いた口が塞がらない。まさか、これも夢の続きなのだろうか? そう思って、櫻真は自分の手の甲をつねる。すると普通に痛かった。

 つまりは、これは夢ではなく現実だ。

「そんなに驚くことかえ?」

「普通に驚きます。だって、その、さっきまで自分が見た夢やと思っとったから……まさか、桜鬼さんが居はるとは思ってもなくて」

「夢ではない。昨日、櫻真と妾は契約をした。つまり妾は櫻真の正式な従鬼じゃ。だから、櫻真も妾に変な敬称も妙に畏まった言い方もしなくても良いのじゃぞ」

「いや、そう言われても……」

 例え従鬼と言っても、外見的に桜鬼は櫻真よりも年上に見える。そんな相手に対していきなり敬語を使わずに話すなんて、櫻真にはできない。

 しかし、頷き渋る櫻真に桜鬼が膨れっ面を浮かべて来た。

「櫻真は妾の主様だというのに、よそよそしい態度……妾は嫌じゃ。それともまさか、櫻真にとって妾は使役する鬼にすぎぬのかえ?」

 昨日の説明では、自分に使役する鬼だと言っていた。だから、ついつい頷きそうになるが、こんな風にジロリと見られたら、櫻真は答えに窮してしまう。

 桜鬼は櫻真が知っている式鬼神らしくない。浅葱が使用している式鬼神には高度な知能も感情もない。そもそも必要ないのかもしれない。何故なら式鬼神は術者が術式さえ組めば、何の不服を漏らすことなく忠実に命令に従う存在なのだから。

 だが、今櫻真の横にいる桜鬼たち従鬼は、機械人形のような式鬼神とはまるで違う。

そんな式鬼神と比べると、桜鬼は人のような外見で、意志を持ち、言葉を話すなど、多彩すぎる。

「……桜鬼さ、いや、桜鬼がそう言いはるんやったら、頑張り、いや頑張るわ」

 所々、敬語になりそうになるのを堪えながら、櫻真がそう答える。すると、ジロリと櫻真を見ていた桜鬼の表情が華やかな笑みへと変わった。

「うむ。そうじゃ。そうじゃ。妾に畏まった言葉など必要ない。あっ、それはそうと櫻真、浅葱が櫻真の事を呼んでおったぞ?」

「えっ、父さんが? って、桜鬼はもう、父さんの事を知ってはるん?」

 櫻真が驚きながら訊ねると、笑顔の桜鬼が返事をする前に自分へと抱きついて来た。

「えっ、なに!?」

「驚く櫻真があまりにも可愛らしくてのう、感極まってしまったのじゃ」

 そう言う桜鬼は、昨日のように櫻真の顔を胸辺りに押し当ててきつく抱きしめてくる。

「お、桜鬼! いや、ちょっと抱きしめるのは……あと、さっきの質問に答えて欲しいんやけど?」

「浅葱のことかえ? 彼奴とはもう昨晩に話したのじゃ。丁度、櫻真をここに運んだ時にのう。それにしても……照れてる櫻真も可愛いのう」

 むぎゅうと更に抱擁を強めて来た桜鬼に、櫻真はただただ慌てふためく。ようやく桜鬼が櫻真を離してくれたのは、窒息寸前になった櫻真が桜鬼の手を叩いた時だ。

 櫻真は何度か呼吸をして、息を整える。

 死ぬかと思ったわ……。

 けれど、それで桜鬼を責める気にはなれない。息を整える自分を見て、桜鬼が反省したかのように表情をしゅんとさせているからだ。先にこんな顔をされたら、怒る気にはならない。

「怒っとらんから、そんな顔せんでもええよ? それより、父さんが呼んではるみたやから、行こうか?」

 櫻真が微笑を浮かべて桜鬼を見る。悲しんだ顔の彼女に今の櫻真ができるのはこれくらいしかない。でもおかげで、さっきまで眉を下げていた桜鬼の表情が笑顔に戻ってくれた。

 櫻真はそれに胸を撫で下ろし、桜鬼と共に部屋を後にした。



 父親である浅葱の部屋に行くと、浅葱は座布団の上に正座で座っていた。その横には、母親の桜子も正座して座っている。

 いつもは肘掛けに肘を立て、だらしなく座っているのに、今は肘掛けを使わず正座している。

「そこで突っ立って、何してはるん? はよ、部屋に入り」

「あっ、いや……別に」

 櫻真は言葉を濁して、桜鬼と共に部屋へと入る。

「それで、話って?」

 浅葱の前に立った櫻真が、やや身構えながら浅葱に訊ねる。浅葱は自分の前に立つ櫻真を見て、口を開いて来た。

「まぁ、これもどんな縁なのか知らんけど、やっぱり櫻真は選ばれたみたいやで」

「選ばれた? 何に?」

「次の䰠宮家の当主になるための器にや」

 さらっと答える浅葱に、櫻真は首を傾げさせる。

「いきなり、当主とか言われても意味がわからん。今の当主って父さんやろ?」

「まぁ、そうやな。でもそれは能楽師である䰠宮家に限ったことや。今、僕が言うてはるのは、陰陽師である方の䰠宮家や」

「陰陽師である方の䰠宮?」

 混乱が深くなり、櫻真の表情が自然と険しい物になる。そんな櫻真の表情を見てか、浅葱が少し考えてから、口を開いてきた。

「そもそも僕ら䰠宮家は、陰陽師の家系や。今でこそ表向きは能楽師の家系になっとるけどな。そこは理解してはるやろ?」

 櫻真が黙ったまま頷く。

「勿論、能楽も昔からしとった。だから、この江戸時代末期まで䰠宮には二人の当主がおった。一人は能楽師として。もう一人は陰陽師として。でも明治維新以降は、陰陽道が公から姿を消したのと同時に、䰠宮の当主も一人になったんよ。でもそれは時代錯誤になることを恐れたからやない。もう一人の当主を決める為に必要な従鬼を呼び出せんようになってしもうたからや。……ここまで話せば櫻真も分かってきたやろ? 今、櫻真の後ろにおるのは紛れもない従鬼や。従鬼は誰にでも出せるもんやない。当主になれる器のある者にしか出せん。つまり、櫻真が桜鬼を呼べたということは、そっちの当主を決める時が来たってことや。䰠宮で陰陽師の当主になったら、それこそ政界やら芸能界やら、色んな各業界から引っ張り凧になるし、当然、大きな影響力を与えるから、そこは重々承知しとくんやで」

 説明を聞いて、櫻真の中の疑問は消えた。けれど動揺はより一層深まっている。

「……決めるってことは、俺の他にも従鬼を呼び出した人がおるの?」

「そういう事やな。桜鬼は第八従鬼なんやろ? 伝承によれば従鬼が呼び出される順と強さはその数字に寄るらしいわ。従鬼は全部で八体。つまり、櫻真が呼び出した桜鬼が一番最後で一番強い従鬼ってことになる」

「じゃあ、父さんたちは誰が従鬼を呼び出したか、知ってはるん?」

「まぁな。情報は来てはるわ。むしろ、もう一人の当主を無視するなんて、けったいな話やろ?」

 そういう問題でもない気がする……。

 浅葱の言葉に呆れながら、櫻真はさらに質問を続けた。

「でも、決めるって例えばどんな風に決めるん?」

「例えばって、それは従鬼と共に鬼絵巻を集めて、完成させるんやろうな。鬼絵巻は十三章で構成されとって、十三個ある絵巻を集めて完成させるんよ。しかも、その絵巻には災いを齎す術式が込められとって、野放しにできんようになってるらしいわ。勿論、当主争いでもあるから、身内にいる他の器もその絵巻を集めはる。だから取るか取られはるかが、当然起きると思うから気いつけた方がええよ」

「気いつけた方がええって……そもそもそんな身内で争うような事してまで、もう一人の当主を決める必要がある? 今まで当主が一人でもやっていけてたやん」

 それを今さらになって二人にする必要はないはずだ。それに櫻真自身も身内と争ってまで当主になりたいと思わない。

 櫻真が争いを拒むニュアンスを含ませながら、浅葱に問う。

 すると浅葱がやや呆れた様子で溜息を吐いて来た。

「櫻真、勘違いしたらあかん。この当主決めは家がやらせるものやないんよ。人間的思惑とちゃうねん。星がそう仕向けたんや。だから櫻真一人が我が儘言うても何も変わらん。まぁ、自分の近くで災厄が起きても、無視できるんやったら何もしないでええんちゃう?」

 なんや、それ?

 櫻真は浅葱のあっさりとした返答にむっとした。

 星の巡りが見えた所で、人はそれを根本的に変えることはできない。

 災厄を無視しろと言われても、櫻真がそれを完全に無視することはできない。

 それを分かっていて、わざとこんな言葉を返してきている。

 いや、止そう。

 この父親に息子に対する助言や労りを求めても、それが返ってくるとは思えない。基本的に浅葱は人に対しての配慮が足りない人間なのだ。

 櫻真は腹に溜まった怒りを意識から取り除くように、息を吐き出した。

「……分かった。とりあえず、鬼絵巻は集める。当主なんてものには興味ないけど、災いが起きるのは嫌やし、桜鬼にとっても鬼絵巻は必要なものかもしれんから」

 頭の片隅で昨日桜鬼が言っていた事を反芻させる。昨日、桜鬼は言っていた。あれは自分の大切な記憶なのかもしれないと。

 例え、それが根拠のないものだとしても、櫻真は桜鬼にあんな顔はさせたくない。

「ほな、それやったら僕からの話はこれでおしまいや。はい、解散」

 息子の決意にすら歓喜した様子なく、浅葱が手を叩いてこの場を終わらせて来た。

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