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霊扇

「櫻真、妾たちでは、あそこまでになった邪鬼を弱らせることは出来ても、祓う事は出来ぬ。つまり……」

 刀を構えながら、力を蓄積させる桜鬼が櫻真を横目で見てきた。

「俺が祓えばええんやろ?」

「うむ、その通りじゃ。頼りにしておるぞ」

 やや苦笑を浮かべて答えた櫻真の言葉に、桜鬼が満足そうな笑みを返して来た。

 笑って頼られたら、遣り切らない訳にはいかない。

 力の蓄積が済んだ桜鬼が、刀の穂先を正面に向けたまま、勢いよく地面を蹴った。そんな桜鬼の動きに合わせて、櫻真も一枚の護符を取り出す。櫻真が取り出した護符は、いつもの長方形ではなく、占いに使う式盤が描かれた正方形の形をしている。

「天象神具、霊扇(れいせん)招来」

 言葉と共に、正方形の護符が炎を上げ、その炎の中から一つの扇子が現れる。骨は蓬莱の玉の枝で出来ており、扇面は火鼠の衣、要は龍のひげで出来た物だ。

「木行の法の下、酔生夢死(すいせいむし)たる魂に太刀風の死苦を与えん、急急如律令」

 霊扇を開き、ばさっと開きながら護符を桜鬼へと投擲する。

 櫻真が投擲した護符が、声聞力を纏う暴風となって桜鬼の刀に収束される。

「くははははっ! 四緑で余に挑もうとは! 何たる愚かさかっ!」

 自分に突貫せんとする桜鬼を斜に見下ろし、撹運が哄笑する。けれど、桜鬼の表情は曇らない。櫻真の心に動揺は走らない。

「火行の法の下、焰の炎よ、悪鬼に対し無間地獄の檻となれ、急急如律令」

 蓮条の術式に答え、鬼兎火が刀を地面に突き刺した。その瞬間、四本の火柱が支柱のように地面から突き出し、撹運を囲み込む。

「はぁああああ!」

 桜鬼がその炎の檻の中にいる撹運へと暴風を纏った刃を突き出す。突き出された刃から暴風が放たれ、鬼兎火の炎に力を与える。

「たかが小童共の力で、我が、我が負けるなどぉおおおっ、あぁああああああ」

 暴火風(ぼうかふう)に包まれた撹運の阿鼻叫喚が辺りに響き渡る。炎の中で苦しむ撹運は、まさに地獄に堕ちた死者の姿だ。

 そんな炎に包まれ、苦しむ撹運へと櫻真が禊祓詞(みそぎばらいのことば)を詠唱しながら、浄化の舞いを踏む。

高天(たかま)の原に神留(かみづま)ります 神魯岐(かむろぎ) 神魯美(かむろみ)(みこと)()ちて 皇御祖神伊邪那岐命(すめみおやかみいざなきのみこと) 筑紫(つくし)日向(ひむか)の橘の小門(おど)阿波岐原(あはぎはら)に 禊祓(みそぎばら)(たま)う時に()れませる祓戸(はらいど)大神達(おおがみたち) 諸々の禍事罪穢(まがことつみけがれ)を祓い給い清め給えと(まお)す事の(よし)を 天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)八百万(やおよろず)の神達共に(きこ)()せと(かしこ)(かしこ)(まお)す。六根清浄(ろっこんしょうじょう)、急急如律令」

 浄化の舞いが争いを凪ぎ、祓いの結界が荒らされた土地や社殿を元通りにしていく。

「我は、まだ……」

 不意に撹運の声が櫻真の耳を掠める。けれど、それはもう聞こえない。

 浄化の舞いを終え、櫻真が霊扇を閉じる。

 祓いの結界が消え、境内に流れる空気が通常に戻った。

 終わった……。

 櫻真が肩の荷を降ろして、安息を吐く。するとそんな櫻真に勢いよく桜鬼が飛びついてくる。

「櫻真〜〜! 凄いぞ! 見事じゃ!」

「お、桜鬼! 苦しい……」

「照れておる櫻真も、可愛いのう」

 ぎゅうぅうっときつく抱擁され、顔を赤らめさせる櫻真の事などお構い無しに、桜鬼は櫻真の頭に頬ずりを続けている。

 そんな櫻真の視界に、蓮条と鬼兎火の姿が映った。

 少し気まずそうにしている蓮条に、鬼兎火が優しく笑いかけている。

「鬼兎火、ごめんな。俺、変に焦って鬼兎火にひどい事を言うてしもうた」

「その事なら、いいのよ。私も蓮条が言っていた通り、逃腰の所があったんだから。だからお互い様。私の方こそ、ごめんなさいね」

「ええよ。俺がちゃんと意識を取り戻せたのも、鬼兎火と櫻真たちのおかげやから。おおきに。これからも宜しゅうな」

「ええ。こちらこそ」

 蓮条と鬼兎火のやり取りを見て、櫻真は桜鬼が笑みを浮かべながら顔を見合わせる。

「櫻真も蓮条と話したいことがあるんじゃろ?」

「うん。あるよ……」

 桜鬼に頷きながら、櫻真が桜鬼と離れ蓮条の元へと歩く。するとそんな自分に気付いた蓮条が顔をこちらに向けて来た。

「俺に話って、なに?」

「俺、父さんから蓮条との関係、聞いたわ。そんでな、正直……驚いた。まさか、自分に双子の兄弟がおるとは思わんかったから」

 櫻真が自分たちの関係を口に出すと、蓮条の表情に翳りが差す。けれど、櫻真の言葉に口を挟むという事はなかった。そのため、櫻真も話を続ける。

「そんでな、蓮条が俺のことどう思ってはるか分からへんけど……俺は蓮条がいてくれはって嬉しいと思っとるよ。一緒の家に住むのは、蓮条にも家族がいはるから無理やろうけど、学校には一緒に行けるし、それに色んな話ができるから。俺な、蓮条と一緒にやりたい事、ぎょうさんあんねん。だから、その……俺と仲良うしてくれはる?」

 櫻真がそう言って、蓮条に手を差し出す。

 すると、蓮条が櫻真の手を一瞥してから、再び櫻真の顔を見て来た。

 蓮条が自分の話を聞いて、どう思ったのかは分からない。けど、自分の伝えたい事は伝えられたはずだ。

 そう思いながら、櫻真が蓮条の様子を窺っていると……

「……しゃーないから、仲良うしたるわ」

 蓮条がそう言って、照れ臭そうに櫻真の手を握り返して来た。蓮条が握り返してくれた事に嬉しさが込み上げてくる。すぐに手は離れたが、この嬉しさはすぐに消えたりはしない。

「良かったのう、櫻真」

 口許を綻ばせる櫻真に桜鬼が笑顔で声を駆けて来た。櫻真がそれに頷き返す。

「桜鬼、ありがとう。きっと蓮条とこうして仲良うできるようになったのも、桜鬼が俺の前に現れてくれはったからやと思う」

 櫻真が桜鬼に向かって、笑顔を浮かべる。すると桜鬼が感動したように目元を潤ませ、抱きついて来た。

 やっぱり、ここでも抱きつきはるんやなぁ。

 感涙を流す桜鬼の頭を、櫻真が優しく撫でていると鬼兎火と小声で話していた蓮条が言葉を駆けて来た。

「櫻真」

「ん? なに?」

「櫻真たちの絵巻、出して」

「絵巻?」

 いきなりの蓮条の言葉に、櫻真が首を傾げさせる。

「鬼絵巻を回収するための、絵巻や。持ってはるやろ? まさか、知らへんの?」

 首を傾げた櫻真に、蓮条が訝しげに眉を顰めさせてきた。しかし、そんな顔をされても、知らない物は知らない。

「きっと、桜鬼の事だから説明してなかったんでしょう? まったく、駄目ね」

 そう言ったのは、溜息混じりの鬼兎火だ。

「なっ、何を言うておる!? 妾も鬼絵巻を手に入れた時に説明しようとしてたんじゃ! けど、其方達に取られてしまったから、その……機会を逃してしまったんじゃ!」

「あまり他人の所為にするのは良くないわよ? 桜鬼?」

「むぅぅぅ」

 鬼兎火の言葉に、桜鬼が悔しそうに頬を膨らませながら、右手を開き、そこから白い一本の絵巻が現れた。それは櫻真が桜鬼と会う前に見た絵巻だ。

「これが、鬼絵巻を回収するための絵巻やったん?」

 櫻真が桜鬼に訊ねると、桜鬼が「うむ」と頷いて来た。

「この絵巻は、鬼絵巻を回収するものであり、妾と櫻真の契約書でもある巻物じゃ。それにしても、この絵巻を出させて、何をする気じゃ?」

 桜鬼がそう言いながら、鬼兎火に視線を向ける。すると鬼兎火が穏やかな表情を浮かべたまま、肩を竦めてきた。

「今から、私たちが回収した鬼絵巻を貴方達に譲渡するわ。さっき蓮条と話してたの。回収した鬼絵巻の色も以前の物と同じになっていたし、問題はないはずよ」

 そう説明しながら、鬼兎火が赤色の絵巻を広げ始めた。その絵巻には、自分たちの絵巻と同じように、桜が描かれている。違う点といえば、その桜の周りが赤く色づいている所だ。

「鬼兎火たちは、本当に良いのかえ?」

「ええ。勿論。今回は私たちが迷惑を掛けてしまったんだもの。それとも、欲しくない?」

「欲しいに決まっておろうが。戯けた事を言う出ない!」

「ふふふ。こういう所は、昔から変わらないわね」

 桜鬼が慌てた様子で首を振ると、鬼兎火が愉快そうに笑い声を上げる。そんな二人のやり取りは、櫻真が見ていたこれまでの空気の中で一番和やかなものだ。

 桜鬼が持っていた自分たちの絵巻を広げ、鬼兎火の絵巻に重ね合わせる。

 そして、桜鬼と鬼兎火が言葉を重ねる。

『我らの誓約により、汝、御身の在り所、栄転し給え』

 桜鬼たちがそう唱えた瞬間、鬼兎火が持っている絵巻から赤色の部分がすぅーっと無くなり、変わりに桜鬼の絵巻の方に、赤色が加わった。

「無事、譲渡完了ね」

「うむ。そうじゃのう。ばっちりじゃ」

 鬼兎火の言葉に、桜鬼がにっこりと微笑んでいる。

「良かったな。桜鬼」

 櫻真が喜ぶ桜鬼にそう声を掛けると、桜鬼が得意気な顔で広げた絵巻を櫻真へと見せて来た。

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