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「蓮条の意識が戻ったわ」

 鬼兎火に叱咤され、蓮条に呼び掛けを続けていた鬼兎火がほっとした顔で、そう言葉を吐いてきた。

「ホンマですか? それで蓮条は無事なんですか?」

「声に変わった様子はなかったから、大丈夫だと思う」

 鬼兎火の返事に、櫻真は胸を撫でおろす。

「櫻真たち、気が早いで。安心するのは今の状況を丸く収めてからや」

 釘を指して来た菖蒲の言葉に、櫻真は緩んだ意識を引き締める。

 そうだ。蓮条が無事だとしてもこの状況が変わったわけではない。

 菖蒲が数枚の護符を取り出し、結界への干渉をさらに強め始める。それに呼応するように、桔梗の従鬼である椿鬼が、衝撃波を纏った斬撃を連続で重ね、繰り出している。

 自分たちも負けてはいられない。

「桜鬼、行くで」

 櫻真が桜鬼に言葉を掛け、木行に属する風の術式を詠唱する。桜鬼の周囲の空気が震え、瞬く間に風が収束していく。

 収束された風は、神獣とされている青龍の形を織り成す。風で形成された青龍は、大きな口を開き、疾風を纏い結界へと突貫する。

 そんな青龍に追随して、赤く燃える朱雀が甲高い咆哮を上げながら結界へと飛翔していく。結界の強度が弱められた事で、衝撃波の刃が結界の表面に亀裂を刻み、風圧と熱が結界を粉々に破壊した。

 破壊された結界がガラスの破片のように、地面に散らばり落ちる。そしてその瞬間に、櫻真たちへと強烈な炎が向かって来た。

「残念でした!」

 魄月花が嬉々とした声を上げ、自分たちに向かって来た炎を全て相手へと弾き返す。

「ただの式鬼神風情が……、この撹運に向かって牙を向くとはっ!」

 跳ね返された炎を避けつつ、撹運と名乗った男がさらなる攻撃を放って来た。硬球よりも一回り大きい炎の弾が、櫻真たちへと次々に投擲されていく。

 それに合わせて、地面から突き出された手も連動して櫻真たちへと向かって来た。

「ここは、あたしと椿鬼で何とかする。桜鬼たちはデカい奴を取って来な!」

 魄月花が身の丈ほどある六角棒を肩に担ぎ、桜鬼たちに目配せをしてきた。桜鬼たちが頷き返し、動く。

「貴方に先導されるというのは不服ですが、仕方ありません。ただ、私の足だけは引っ張らぬようお願いします」

「へいへい。任せといて」

 溜息混じりの椿鬼と共に魄月花が敵の攻撃に対応を開始した。その隙に鬼兎火や桜鬼と共に櫻真が蓮条の元へと向かう。

「蓮条!」

 櫻真が蓮条の名前を呼ぶ。

 今思えば、こうして本人を前にして名前を呼ぶのは初めてだ。そのためか、蓮条も少し驚いているような、複雑な表情を浮かべてきた。

 当然といえば、当然だ。今の状況に加え、これまでの自分たちの事を考えれば。櫻真の中には、すぐにでも蓮条と話したい気持ちはある。

 しかし、櫻真はそれを飲み込んで別の言葉を掛けた。

「無事で良かったわ。それから細かい話は後でな。今は、あの宙に浮いてはる不気味な奴を二人で祓おうや」

 櫻真が蓮条にそう言って、微笑を浮かべる。すると、蓮条が少し罰の悪そうな顔しながらそっぽを向いて来た。

「櫻真に言われんでもやるわ。アホ。……でも、ここに来た事だけ一応礼は言っとく。おおきに」

「ええよ。ただその代わりにこれ終わったら、俺の話、聞いてもらいはるからな?」

 櫻真がそう言うと、蓮条が「しゃーないなぁ」と小さく頷いて来た。

 蓮条って、素直やないんやな。

 苦笑を浮かべながら、櫻真も蓮条と並び立つ。

「とりあえず、彼奴の供給源を断ち切るで」

「分かった。そんで、その供給源は?」

「あの手に捕まってはる奴」

 蓮条の言葉に合わせて、櫻真が巨大な手に掴まれている少年を見る。

「あれって、祝部君や! どうして、ここに?」

「分からん。俺が気付いた時にはもう捕まってはった」

「祝部君も声聞力があるから。きっとそれで巻き込まれたんや」

 納得したように蓮条が頷いて、持っていた護符を取り出してきた。櫻真も蓮条に続いて護符を取り出す。

 まさか、佳がこの事態に巻き込まれているとは思ってもみなかった。佳は声聞力を吸収され、気を失い、ぐったりしている。

 これまで、色々と自分の事を気にかけてくれていた。学校の時だって一緒に結界を解いてくれた。

 そんな佳を一刻も早く、助けたい。

「桜鬼、祝部君を!」

「鬼兎火は、俺らは撹運とか言う奴の相手や!」

 櫻真と蓮条が桜鬼と鬼兎火に指示を飛ばし、術式を詠唱する。

「小賢しい真似をっ!」

 櫻真たちを見ていた撹運が、櫻真たちを阻むように炎弾を連続投擲してきた。熾烈さを纏った炎は、容赦なく櫻真たちへと降り注いで来た。

 しかし、それら炎弾を桜鬼が持っていた刀で弾き返し、鬼兎火がその炎を吸収し霧散させ攻撃を防ぐ。撹運からの攻撃はまだ止まない。

 炎弾の次に櫻真たちを襲って来たのは、巨大な手の群衆。それが櫻真たちの頭上を覆いつくし、櫻真たちを押し潰さんと迫って来た。

「術が効かぬなら、力技とは……浅墓じゃのう」

「本当ね。知能が低いにも程があるわ」

 迫ってくる巨大な手に桜鬼が片目を眇め、鬼兎火が溜息を吐く。

 そしてその瞬間。

 桜鬼と鬼兎火が刀を構え、真上へと跳躍する。二つの刃が苛烈な斬線を描き、宙を統べた。櫻真たちを押し潰そうとしていた巨大な手が細かい肉塊へと帰す。桜鬼と鬼兎火の手にある刀からは、赤黒い血糊が垂れ地面に落ちる。

 鬼は古来より畏怖されてきた。能楽の中でも鬼は、人の怨念や地獄の使者のように、「悪」として表現される事が多い。しかし、䰠宮が踏む舞台の『墨染桜(すみぞめざくら)』という演目に出てくる鬼は、悲しみにくれる人々の想いを喰らい、立ち去る鬼神として表現されている。鬼神は物語状、シテヅレという立ち回りではあるが、荒々しく神秘的で存在感がある役だ。

 そんな鬼神の姿と今の桜鬼たちの姿が重なって見える。

 鬼神のモデルって、従鬼なのかも……。

 圧倒的な強さの桜鬼たちを見て、櫻真はふとそんな考えを巡らせていた。そんな櫻真の背筋に悪寒が走る。思考が一気に現実へと引き戻されるた。

「許さぬぞ、小童共。余に此の様な慇懃無礼な態度を取った事を後悔させてやる」

 瞳孔が開き、憎悪の視線を撹運が櫻真たちへと向けて来た。それと同時に撹運からの強烈な邪鬼が一気に溢れ出す。

 濃密な邪鬼が、空気に混じって、櫻真たちの呼吸を息苦しくさせる。櫻真たちも、自分自身に術式を掛け、邪鬼の浸食を防ぐ。

 けれど、撹運から発せられる邪鬼はどんどんその濃度を上げて行くのがわかる。溢れた邪鬼は地面を抉り取り、近くにある社殿を破壊している。

「なんか、ヤバいことしようとしてはる気配やな……」

「アホか。見れば分かるやろ。むしろ、そんな悠長なこと言わはってる場合やないで。何かやられる前に、阻止せな」

「そうやな。さっき言うた通りに動くで」

 櫻真の言葉に蓮条が頷き、櫻真が桜鬼に目配せをする。桜鬼が軽く頷き、大元の供給源とされてしまっている佳の元へと疾駆した。

 桜鬼と二股に分かれるように、鬼兎火が邪鬼を増長させる覚運へと向かって行く。

「木行の法の下、露命の有情を吸いし、邪鬼を立ち去らん。急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

「火行の法の下、煉獄業火を錦の御旗に、邪鬼を焼き尽くさん。急急如律令」

 櫻真たちの護符が二人の従鬼に、新たな力を与える。櫻真が詠唱と共に投げた護符が白い大鎌となり、桜鬼の手に握られる。

 蓮条の投げた護符は、赤い刃となって鬼兎火の手に握られる。

 桜鬼の大鎌が佳を掴む手を駿足の斬撃で切り刻む。切り刻まれた巨大な手は枯れ木のよう灰塵となっていく。

 鬼兎火も光速の突きを撹運に繰り出した。目にも留まらぬ速さの刺突が、撹運の姿を飲み込む。二人の攻撃は、非の付けどころがないほど決まった。

 桜鬼が巨大な手から滑り落ちた佳を風のクッションで、静かに地面に降ろす。桜鬼が佳へと近づき状態を確認している。

「桜鬼、祝部君の状態は?」

「声聞力はかなり吸われてはいるが、命に関わる所までに至ってはおらん。心配無用じゃ!」

「良かった……」

 桜鬼の言葉にほっとしつつ、櫻真は桜鬼と佳の元へと走り寄り、その場に結界を張る。

 本当は、もっと遠くの安全な所へ佳を運びたい気持ちもあるが、この状況ではそれは得策とは言えない。

 今もなお、鬼兎火による覚運への攻撃は続いている。その攻撃の威力は落ちるどころか激しさを増していた。撹運も邪鬼の濃度は上げ続けているものの、炎弾による攻撃を止め、火行の結界を張って防御姿勢となっている。

 しかしそれにも関わらず、状況は膠着状態となっている。自分たちから少し離れた所では、桔梗と菖蒲の従鬼が、地面から突き出される巨大な手を殲滅し続けている。

 相手の力が尽きるのが早いか、こちらの力が尽きるのが早いか、という状況だ。

 この均衡を崩さなければならない。

 そして、今それを出来るのは自分と桜鬼だ。

「桜鬼、俺たちでこの状況を崩そう!」

「流石じゃのう、櫻真。よく言った。櫻真がそれを望むなら、妾はそれに全力を掛けるのみ」

 桜鬼が強気な笑みを浮かべ、大鎌から刀へと持ち替え、霞の構えを取る。自分と意志を共通させた桜鬼からは声聞力が溢れ出る。

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