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連れ戻せ!

「きっと、境内に続いとるんやろうなぁ……」

「そうじゃの。二つの起点と起点を繋げた隧道(ずいどう)なのであろう。つまり点門じゃな。櫻真、妾たちも行くぞ」

「そうやな」

 頷いた櫻真の手を桜鬼が引かれ、点門の中を通る。通ったと言ってもそこに道のような物はない。一歩潜れば、そこは人気のない境内の中だ。

 そしてそこには、桔梗とその従鬼である椿鬼の姿。そして菖蒲と菖蒲の従鬼であろう、快闊(かいかつ)そうな雰囲気を持った女性が立っていた。

 そしてその見た目通り、菖蒲の従鬼がこちらに視線を合わせ、気さくに手を上げて来た。

「桜鬼、久しぶりだな。どんくらいぶり? まぁ、いいか。そんなこと。それより、あたしと菖蒲で結界の力を弱めてる時に、椿鬼と二人で結界に穴を開けてくれない? あっ、あと!」

 用件を話した菖蒲の従鬼が櫻真に視線を合わせて、

「あたし、第一従鬼の魄月花な。よろしく。といっても敵同士だけど」

 と言いながら、二ヒヒと言葉とは裏腹な有効的な笑みを浮かべて来た。そんな魄月花の勢いに押されながら、櫻真が頭を下げる。

 すると、そんな少し緩い空気を断ち切るように、桔梗の従鬼である椿鬼が口を開いた。

「役者も揃ったことですし、始めましょう。桜鬼と協力するなんて……私としては非常に遺憾では、ありますが」

 そう言って、椿鬼が櫻真の横に立つ桜鬼を睥睨(へいげい)している。そういえば、前にカフェで会った時も椿鬼は、桜鬼に対して嫌悪を抱いている感じだった。

「うぅ、本当に相変わらずじゃのう。こうして久しぶりに会ったというのに……」

 やや椿鬼の威圧に気圧された桜鬼が戸惑いの表情を浮かべる。けれど椿鬼の表情は変わらない。

「久しぶり? ついこの間、甘味処で貴女の気配は察知していました。つまり私としては久しぶりではありません」

「なっ! これ椿鬼! 下手な事を言う出ない!」

「なーんかよく分かんないけど、面倒な事は早く終わらせようぜ?」

 慌てる桜鬼とツンとした態度を変えない椿鬼に、魄月花が行動を促す。そして、椿鬼は渋々、桜鬼は口をへの字にしながら、結界前へと立つ。

 櫻真たちもそれに合わせて、意識を集中させ術の詠唱を始める。

 菖蒲は主に大きく張られた結界に干渉するための術式を唱え、櫻真と桔梗は従鬼たちへの強化を行うための術式を詠唱している。

 各々が動き始める。その瞬間、櫻真たちが立っている辺りの地面が大きく揺れた。縦に揺れ、横に揺れ、地面が大きく隆起した。地面が口を開けるように裂ける。

「向こうさんも、僕らに気付いたみたいやね」

 この状況にも関わらず、桔梗の声ははんなりしている。凄いな、と感心してしまう反面、呑気過ぎないかとも思う。

 自分が立っている地面の揺れは、櫻真の身体に恐怖心を植え付けて行く。詠唱が甘くなる。

「櫻真、集中切らすなっ! 蓮条を助けられへんでもええんか?」

 横にいる菖蒲からの叱咤が飛んで来た。

 そして菖蒲の言う通りだ。

 自分がここで恐怖に負ければ、蓮条を助けることはできない。自分の気持ちに答えようとしてくれている桜鬼にも迷惑をかけてしまう。

 そんなのは嫌だ。もうやると決めた事をおざなりにするのは嫌だ。

 絶対に蓮条を助け出す。

 自分を叱咤し、鼓舞し、櫻真は再び詠唱に意識を集中させる。桜鬼に送り込まれる櫻真の声聞力が淡い青紫色の炎となって、桜鬼の握る刀に纏われた。

 桜鬼が少し離れた所にいる椿鬼に目配せをし、静かに椿鬼が頭を頷かせた。そこには一種の親近感がある。

 前にも感じた親近感。この感覚の正体はまだ分かっていない。それが二人の間にある確執と何か関係しているのかもしれない。

 結界の前にいる桜鬼が術式を唱え、自身の前に円形の陣を出現させる。一見、物語に出てくる魔法陣のようにも見えるが桜鬼が出したものは、櫻真たちが占術の時に使う式盤の模様に酷似している。

 桜鬼が出した陣からは、無数の風の槍が飛び出す。飛び出した槍の穂先が回転し、万物を削り貫通させるドリルのようだ。

 結界に穴を開けんとする、風の槍はその速度を加速させて行く。無数の火花が辺りに散り、衝撃波の余波が、桜鬼たちの長い髪を大きく靡かせる。

 椿鬼も桜鬼の攻撃に合わせて、同じ場所へと攻撃を放つ。椿鬼の攻撃は、桜鬼のように術を駆使するのではなく、両手に一本ずつ持った日本刀で斬撃を放っている。

 結界と刀が衝突する際に音はなく、ただ空気の震えだけが櫻真たちの元に伝わってくる。

 少しずつではあるが、結界の範囲が縮まっているのは分かる。

 しかし……

 まだ駄目や。まだ一気にこの結界を破壊できる所までには至っていない。

 それほどまでにこの結界が強固だというのか? それとも自分たちの力が破壊するに足りていないという事だろうか?

 櫻真の中に焦れったさと悔しさが沸き起こる。

 すると、そこへ……

「私にも手伝わせてくれない、かしら?」

 少し足下が覚束ない様子の鬼兎火が、息を切らしてやってきた。

「鬼兎火! 其方は今まで何をっ!」

「ごめんなさい。それは後で。今は蓮条を……」

 沈んだ表情の鬼兎火は、立っているのがやっとという状態だ。そんな状態で桜鬼たちと共に結界を破るなんて無茶すぎる。

 しかし鬼兎火は表情を曇らせる桜鬼と目が合うと、すぐに目を逸らしてしまった。

 止めても無駄だということを無言で訴えている。

 鬼兎火が桜鬼の横に立ち、術式を唱え始めた。鬼兎火の前に桜鬼と似た陣が出現し、そこから炎の鎖が出現する。

 炎の鎖が桜鬼の槍によって削られた箇所に伸びる。結界に波紋が生じる。しかし状況は先程となにも変わらない。

 鬼兎火も何とか火力を上げようとしているのだが、思うように出来ていないのが現状だ。そしてそんな自分たちを弄り遊ぶように、再び大きな揺れが襲って来た。

 今度は櫻真たちの身体が宙に浮いてしまうほどの揺れだった。

 予想外の浮遊間に、櫻真たちの詠唱が途切れる。そしてそれを反撃の機と言わんばかりに、結果内から、無数の筋骨隆々の手が伸びて、小さい翅虫を邪険に払うような手つきで桜鬼たちを後方へと弾き飛ばして来た。

 弾き飛ばされた桜鬼たちが成す術もなく、砂利の上に叩き付けられ、砂埃が狼煙のように宙を舞う。

 結界から飛び出した手は、地面に倒れた桜鬼たちなど見向きもせず櫻真たちへと伸びる。自分へと伸びる手の平には、ギョロリと動く一つ目があり、その目が櫻真たちを捉えている。

 櫻真と伸びる手の距離は、もうわずかしかない。

 しまった。早く結界を張らんと!

 櫻真が急いで、手を構え結界を張ろうとした。

 けれど、もうすでに桔梗が術の詠唱を始めていた。桔梗の詠唱が始まると、辺りに紫煙が一気に立ち込め始めた。一瞬、櫻真たちの視界が全て奪われる。しかし櫻真が一度瞬きし終えた時には、視界は通常に戻っていた。

 一つの違うのは、真っ直ぐに自分へと伸びていた手が痙攣して、櫻真たちに襲いかかるのを止めているという点だ。

「桔梗さん、何をしはったんですか?」

 桔梗が何かをしたのは分かる。しかしその詳細までは一瞬の出来事すぎて分からない。櫻真が、体勢を整えた桔梗に首を傾げる。

「特に大したことはしてへんよ。ただ、少し化物を混乱させてもろうたくらいで」

「あの邪鬼に幻術を使いはったんやろ?」

 軽く笑みを浮かべただけの桔梗に変わって、菖蒲が答えて来た。そんな菖蒲の言葉に桔梗が軽く肩を竦めさせる。

「でも、今は大きく動かれへんな。きっと向こうさんも勘付きなはるから」

「魄月花。結界の状況は?」

 桔梗の言葉を聞きながら、菖蒲が頭に手を当てながら起き上がった魄月花に言葉をかける。

「あいたたた。ん? あぁ。結界に何の変化なし。むしろ中から感じる邪鬼がどんどん増加してる感じ」

「増加って……」

 魄月花の言葉に、櫻真は悲観的な気持ちになる。やはり、自分たちの力は目の前の未知なる脅威の前では、無に等しいのかもしれない。

 足掻いた所で、状況を変えられないのかもしれない。

 そんな感情が腹の奥から溢れそうになる。けれど、そのとき桜鬼が口を開いた。

「鬼兎火! 其方が蓮条の意識を連れ戻せ!」

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