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決められた物語

 桜鬼は、自宅の縁側で顔を俯かせていた。

 自分がこの時代に目覚めて、鬼絵巻の気配を感じたのは未だ一つ。いつもなら、悔しくはあっても次に気持ちを進めることができていた。

 でも、今は自分らしくないほどに落ち込んでいる。

「どうすれば、櫻真は許してくれるかのう?」

「桜鬼ちゃん、ここで何してはるん?」

 顔を俯かせていた桜鬼に声を掛けて来たのは、櫻真の母親である桜子だ。桜子は、優しく品があり、女性から見ても綺麗な女性だ。

 顔と舞いだけが取り柄と言われている浅葱がお熱になるのも頷ける。

「少し、考え事をのう」

「……もしかして、櫻真のこと?」

「浅葱に聞いたのかえ?」

 桜鬼がしょんぼりした顔で桜子に訊ねる。あの場には浅葱もいた為、それは十分にあり得ることだ。

 そして、桜子もそれは否定せずに頷いてから、苦笑を浮かべて来た。

「櫻真と桜鬼ちゃんの事は、浅葱さんからも聞きはったけど……聞いてなくても分かるよ? だって、少し前から二人とも元気ないやろ?」

「よう見ておるの。妾も桜子くらいに櫻真を見れていれば、こんな風にならなかったのかもしれん」

「落ち込まんで、桜鬼ちゃん。確かに喧嘩をするのは少ないに超したことはないけど……喧嘩は、してもええと思うよ? 私だって櫻真と喧嘩してぶつかる事はあるから。でもその後、ちゃんと仲直りしはれば、ええやない? 喧嘩した後、その人の事をもっとよく知ろうって思えるやろ?」

 桜子が桜鬼の頭をそっと撫でてきた。

 優しく自分を労るような桜子の手に桜鬼は胸が熱くなって、桜子に思いきり抱きつく。

「桜子〜〜! 櫻真は凄く怒ってたのじゃ! もしかしたら、もう妾とは一緒に居たくないかもしれん。けど、けど……それは嫌じゃ。それだけは嫌じゃ!」

「桜鬼ちゃん、落ち着いて。櫻真もそんなにずっと怒ってはる子やないから。きっとこうやって悩んで泣く桜鬼ちゃんの気持ち、あの子も分かってはるよ。だから大丈夫」

 うわぁー、と泣く桜鬼の背中を桜子が優しく擦る。桜鬼はそんな桜子に自分に気持ちを吐き出した。

 自分がここで怒り、ここが悲しく、理解出来なかったこと。そして、櫻真がどんな風に怒っていたのか。

 泣いているため、所々つっかえながらも話す。本当は、自分一人で答えを出したかったという気持ちもある。櫻真の母親に相談するのは狡い気がする。けれど、もう気持ちが、感情が行き詰まって、どう仕様もない。

「そうやな……。これは私が思ったことやから櫻真の思ってはることやないけど……所謂、ジェネレーションギャップって奴やない?」

「ジェ? 何じゃ? そのジェネレーションギャップとは?」

「ジェネレーションギャップっていうのはな、思いとか価値観とか風習とかが、時代の環境によって変わって、考えにずれが起きてしまう事。つまりはな、桜鬼ちゃんが当たり前に感じている事が、櫻真や私たちからすると当たり前ではなくなってしまったって事やな」

 桜子に言われて、桜鬼は改めて自分の周りの景色を見た。

 目の前に咲いている草木は昔から変わらない。けれどその庭に水を撒く用具は昔と変わっている。昔は井戸があり、池に水を張るための水路が川から伸びていたりした。

 しかし、ここには川に繋がる水路もなければ井戸もない。

 桜鬼がこうして座っている縁側と庭の間には、透明な戸があり開けずとも外を眺めることができる。

 建物の中には、静かに冷たい風を送る装置があり、生活には欠くことができない火ですら巻を()べる事もせずに使う事が出来ている。

 食べ物も今まで桜鬼が食べた事ない物が溢れ、進化していた。

 街中には見た事ない乗り物が走り、人が様々な形の服を着て、見た事もないような大きな建物が立ち並んでいた。

 どれもこれも、桜鬼が今までに見た事ないものばかりだった。

 是程に色々な物が変わっている。ならば人の気持ちが変化するのも必然だったのだ。

「誠に恥ずかしい限りじゃのう。此の様な簡単な事を気付かぬとは……。櫻真から呆れられてしまうのも無理はない」

 目から涙をボロボロと流し、桜鬼は口持ちに自嘲を浮かべた。すると、そんな桜鬼に桜子がゆっくりと首を振ってきた。

「ちゃうよ。桜鬼ちゃんだけが悪いわけやないよ。喧嘩両成敗なんやから。桜鬼ちゃんも櫻真に気持ちを押し付けはった所もあるし、櫻真も桜鬼ちゃんの気持ちを蔑ろにしてしまった所があるんやから。だからな、ちゃんと話して『ごめんなさい』をしたらええんよ」

「うぅ、櫻真は許してくれるかのう?」

「うん、許してくれはると思う。だから桜鬼ちゃんも許してあげてな?」

「当然じゃ! 妾が櫻真を許さない事なんてないぞ。むしろ、これで櫻真と居れるのならば、妾は何回でも何十回でも何百回でも謝る」

 桜子の言葉に後押しされた桜鬼がすくっと立ち上がる。

「ふふ。タイミング、ばっちりみたいやな」

「ん? タイミングとは何じゃ?」

「頃合いって意味ですよ」

 にっこりと笑った桜子に桜鬼がやや首を傾げさせていると、

「桜鬼っ!」

 必死な顔で櫻真が走って来た。自分へと向かって走ってくる櫻真の姿に嬉しさが込み上げてくる。

「櫻真、何故……?」

「きっと、櫻真も桜鬼ちゃんと話したくなったんよ。それじゃあ、私は向こうに行っとるから、ゆっくり話したはってな」

 そう言って、立ち上がった桜子に桜鬼は大きく頷いた。櫻真と話したい。話してちゃんと櫻真の事を知りたい。そして、自分の事も櫻真に知ってもらおう。

「桜鬼、俺な……桜鬼と話して、それでちゃんと謝りたい」

「妾もじゃ。妾も櫻真と同じ気持ちを抱いておった」

「ホンマに? 良かった。桜鬼と話したいって思っとったけど、正直な所、不安もあったんよ。桜鬼が俺と話したない気持ちやったら、どないしよって。でも、だから……嬉しい」

 櫻真がそう言って、少し息の上がった呼吸を整えながら優しい表情を浮かべて来た。

 ああ、やっぱり。櫻真が浮かべるこの顔が好きだな、と。桜鬼は改めて思う。

「櫻真、すまぬ。妾は何も分かっていなかった。こんなにも時代は大きく流れているというのに、妾はそれに気付いていなかった。櫻真の気持ちをおかしな事だと、否定してしまっていたのじゃ。何もおかしな事はないのにのう」

 自分の考えにそぐわない櫻真に、自分は嘆き、悲しんでいた。

 そして、その気持ちを抱きながら、櫻真と他者を比較してしまっていた。何て、自分は愚か者だろう?

 人の気持ちを他者と比べる事に意味なんてないのに。

「櫻真、妾は未熟じゃ。色々な時代を見て来て、人と関わっていたというのに、こんな簡単な事にも気付けぬ。でも、それでも、妾は櫻真と一緒に居りたい。これは、妾の正直な気持ちじゃ。だから、櫻真の気持ちも教えて欲しい」

 櫻真の目を真っ直ぐに見て、桜鬼が自分の思っている事を吐き出す。自分の事を櫻真がどんな風に思うか、言葉を紡ぎながらも不安は胸にある。

 自分は鬼兎火のように、周りを見られない。だから、自分は櫻真を怒らせてしまったのだろう。もしかしたら、これから先も櫻真を怒らせてしまう事があるかもしれない。

 けど、それで櫻真と一緒に居たいこの気持ちを抑えることはできない。

 桜鬼がそんな気持ちを抱きながら、櫻真を見る。

 すると黙っていた櫻真が慌てて、顔を自分から背けて来た。

「よ、櫻真、どうしたんじゃ? また妾は変な事を口走っていたかえ?」

 顔を背けられた事に悲しくなり、桜鬼がおろおろとしてしまう。

「ちゃうよ。桜鬼は何もしてへんよ。ただ、その、照れた、だけ……」

 自分の言葉にすら照れた様子の櫻真が顔を赤らめさせている。耳まで赤くした櫻真の様子に、桜鬼もつられて、顔を赤らめさせる。

「桜鬼、俺の方こそごめんな。俺も桜鬼の事考えずに自分の考えを押し付けてた。桜鬼は桜鬼なりに一生懸命なだけやったのに……。俺、自分で鬼絵巻を集める言うたのに、桜鬼の気持ちを無視して、怒って、蓮条に取られて良かったなんて言うてしもうて……こんなん、嘘付いたのと一緒やな。ごめんな、桜鬼。俺の方こそ、まだまだ子供やな。でも俺も桜鬼と一緒に頑張りたいって思っとるよ」

 照れ笑いを浮かべた櫻真を桜鬼は思わず抱きしめていた。感情が全身から溢れ出てくる。

 嬉しい。嬉しい嬉しい。

「わぁ、桜鬼ッ!? どないしはったん?」

 動揺している櫻真を余所に、桜鬼はさらにきつく櫻真に抱きつく。嬉しさで言葉がつまり、出てこない。けれどこの嬉しさを、幸せを共有したい。自然と目から涙が溢れた。

 そして、そんな自分の背中を櫻真が優しく撫でて来た。

 きっと自分が泣いているのに、気付いたからだろう。

「桜鬼、これから一緒に頑張ろうな」

「勿論じゃ!」

 震えそうになる声を振り切るように、桜鬼は櫻真の言葉に大きく頷き返した。




 菖蒲は、公演を終え、奈良から京都市内にへと向かっていた。蓮条の義理の母親である千鶴から『朝、出て行った蓮条が帰ってきていない』という連絡があったのだ。

 あれが何か行動を起こしたという事だろうか?

「面倒やな……」

 こうなるのであれば、早々に蓮条から鬼絵巻を奪取していれば良かった。とはいえ、後悔してももう遅い。すでに面倒事が起きてしまっている。

 自身の従鬼である魄月花は、先に京都市内に向かわせている。菖蒲はフォードFー150(愛車)を運転しながら、魄月花と霊的交換を繋ぐ。

『もう市内の方には着いた?』

『まぁな。櫻真の方は学校から飛び出した所。凄く慌ててる感じだけど……蓮条関係なのかは不明。自宅方面に向かってるみたいだからさ。そんで、今問題の蓮条は……ごめん。何か今変な気配に邪魔されて追えてないんだよね』

『変な気配?』

『そうそう。あたしの感知能力を邪魔してんの。椿鬼の所の主かな?』

 魄月花の言葉に菖蒲はしばし考えを巡らせる。桔梗が得意とするのは幻術。しかし幻術で蓮条の気配を偽造することは出来たとしても、消す事は不可能なはずだ。

 それに上手く偽造できたとしても探知能力に優れている魄月花とは相性が悪い。

『桔梗が動いた線は薄いな。といってもこれから動きはる可能性は高いけどな。桔梗の動きもちゃんと調べてはるんやろうな?』

『うげぇ、マジかよ。そっちもすんの?』

『当たり前やろ? 何考えてはるん? 僕はな、お掃除ロボットさんを相手にしとるわけやないんやけど』

 何故、こういう時に重要な奴をマークしていないのか? 考えが浅墓な魄月花に対して、菖蒲は苛つきを覚える。しかし、そんな菖蒲の気持ちなど分かっていないように、魄月花が誤摩化すような笑い声を上げて来た。

『いやぁ、あたし昔から椿鬼と組む主人が苦手傾向なんだよなぁ。何でだろう? 陰険な感じすんのかな? あっ、でもそしたら菖蒲も同じか』

『君、下らん話するほど暇なん?』

『怒るなって。もう桔梗たちの事は探知したからさ。よし、帰ったら麦酒(ビール)な』

 最後まで好き勝手な事を言い放った魄月花が霊的交換を切って来た。そんな従鬼に菖蒲が大きな溜息を吐く。今、ここで桔梗に出し抜かれる訳にはいかない。

 もし、先に桔梗が行動し、蓮条が持つ鬼絵巻を手に入れたら櫻真に譲渡するはずだ。

「あかん。それだけは絶対に阻止せんと」

 菖蒲は行き先を本家の方へと進路を変更する。桔梗の事は魄月花に任せて、万が一にも櫻真が動き出さないようにしなければ。

「誰も決められた物語なんかに、興味あらへん」

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