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大事な事は

 鬼兎火は、夜に蓮条の部屋を訪れていた。

 昼間は、自分の至らなさによって蓮条を傷つけてしまった。蓮条は双子の片割れである櫻真に勝つことに、どんな事よりも執着していた。

 万全の櫻真と衝突し、勝つことを蓮条は何よりも望んでいたのだ。しかし、そんな蓮条の理想は、相手の「脆さ」によって打ち砕かれ、蓮条が描いていた勝利の形にはならなかった。不満だったのだ。

 自分は䰠宮蓮条に従いし鬼。ならばそんな蓮条の気持ちをもっと汲み取るべきだったのだ。

 それなのに私は……。

 鬼絵巻のことばかりに気を取られていた自分が情けない。

 これから先、蓮条と一緒に頑張っていくのだから、お互いの不平不満をそのままにしておくのは得策ではないだろう。

 今手にしている鬼絵巻だって、蓮条と共にしっかりと準備をしていたから、取れたものだ。

 そうよ。ちゃんと蓮条と話をしないと……。

 鬼兎火は息を静かに整え、蓮条の部屋の襖をノックする。

「蓮条、さっきの事で話があるの。いいかしら?」

 襖越しに蓮条に声を掛ける。けれど、蓮条からの返事はない。

「なに、この気配……? 蓮条っ!」

 返事のない変わりに蓮条の部屋から感じたのは、禍々しい邪鬼だ。慌てて鬼兎火が襖を開く。するとそこには、邪鬼を纏った絵巻を開き見つめる蓮条が立っていた。

「蓮、条……? どうしたの? 何か?」

 鬼絵巻から溢れ出る邪鬼に動揺しつつ、鬼兎火が蓮条に訊ねる。すると鬼兎火と目が合った蓮条が彼らしくない笑みを浮かべ、

「鬼兎火は邪魔や。ここで大人しくしとってな」

 その言葉と共に、鬼兎火をどす黒い闇が覆って来た。 




 櫻真は次の日、学校の教室で溜息を吐いていた。朝、学校に登校してから蓮条の姿を見にこっそり少し離れた教室へと行ったのだが……そこに蓮条の姿はなかった。

 まだ来ていないのかも知れないと、櫻真は時間を改めて蓮条の教室へと向かったのだが、やはりそこに蓮条の姿ない。教室にいる同級生に訊ねるて見ると、どうやら蓮条は今日、学校を休んでいるらしい。

 何故だか、櫻真はそこに嫌な胸騒ぎを覚えた。

 もう、鬼絵巻は回収してしまっている。でも、鬼絵巻は一つだけというわけではない。そうなると新しい鬼絵巻を蓮条が見つけたということか?

 櫻真は蓮条の教室を後にして、教室へと戻る。

 意識を集中させ、空気の中に嫌な気配がないかを探る。……しかし、櫻真が感じ取れる範囲には怪しい気配は感じられない。

 ここで気配を探っても意味ないかぁ……。

 もし、この場でも分かるのなら蓮条が学校を休んでいるはずない。ここに桜鬼がいれば分かったのだろうか?

 不意にそう考えて、櫻真は大きく頭を振った。

 あかん。桜鬼の事を考えるのは止そう。

 考えてしまえば、否が応でも昨日の口論を思い出す。そして思い出せば出すほど、色々な事が頭に浮かんで、嫌な気持ちになる。じんわりと腹立たしさと悲しさが再燃しそうになる。

「駄目や。やっぱり、考えたらあかん……」

 櫻真が机の上で頭を寝かせ、再び溜息を吐く。

 そんな感じで、櫻真が一日過ごし放課後になってしまった。

 結局、重たい気分は重たいままだ。

 櫻真は昇降口から出て、もやもやとした気分のまま歩いていた。昇降口の前のグランドではサッカー部、野球部、陸上部、ラクロス部に所属している生徒たちが、声を上げながら部活動に励んでいる。

 野球部には、グローブを構えながらノックで守備練習をする守の姿があり、ラクロス部に入っている紅葉と千咲がパスの練習を行っているのが遠くに見えた。

 練習に励んでいる三人の顔に、迷いなどなく一つのことに集中している。

「櫻真? そこで何してはるん?」

 立ち止まっていた櫻真に、ボールがたくさん入った籠を両手に一つずつ持った雨宮が声を掛けて来た。

「あっ、いや、特になにも。ただ、ぼーっとしとった」

 櫻真が苦笑気味に答えると、雨宮が少しの間櫻真を凝視してから、口を開いて来た。

「この後、少し時間ある?」

「あるけど……。何で?」

「まっ、ええから。ちょっと付き合うて。あと二つ籠を持っていかなあかんねん」

「別に、ええけど」

 雨宮にそう言われるがままに、櫻真は部室前からもう二つの籠を持って、テニスコートの方へと向かった。テニスコートが四つ、横並びになっている敷地では、ダブルスとシングルスの練習試合が行われており、使われていないコートでは、一年生が顧問の先生から指導を受けていた。

 テニス部の顧問は、体育教師ということもあって、かなり張り切った声で一年生に「集中せえ! ええか! 集中やで!」と叫んでいる。

 そんな熱血顧問に雨宮がボールの入った籠を渡して、入り口付近に立っていた櫻真の元に戻って来た。

「……俺の所に戻ってきても平気なん?」

 櫻真がチラッと顧問の方を見て、雨宮に訊ねる。

「気にせんでええよ。あの人、一つの事に夢中になると周りが見えん人やから。 なぁ、櫻真、最近ぼーっとしてはるけど、何か悩みでもあるん?」

「まぁ、少し……。ちょっととある人と喧嘩しとって」

「喧嘩? 誰と?」

「それは……ごめん。それは雨宮にも言えん」

 櫻真が視線を下げて、曇った表情を浮かべた。すると雨宮が小さく溜息を吐いてから、

「見てみ?」

 と言って、櫻真にダブルスで試合を行っているコートを指差して来た。得点ボードを見ると、櫻真たちから見て、手前でプレーしている二人が奥にいる二人に大差な点数で勝っている。

 けれど、そこに別段変わった様子はない。

 練習試合を見ながら、櫻真がやや首を傾げさせていると雨宮が口を開いた。

「あの負けてはる二人な、実はめっちゃ強いんよ。普通なら、手前の二人が勝つ事なんて出来へん」

「えっ、じゃあ、どうして……」

「負けてるのかって? 理由はな、今あの二人の意見が割れてはるんみたいなん」

「そうなんや」

 意見が割れている二人。櫻真の頭の中に自分と桜鬼の姿が目に浮かぶ。思わず、目を背けたくなる。しかしそんな顔を暗くする櫻真を後目に雨宮が話を続けてきた。

「前衛にいる奴は、どんな試合でも勝ちたいっていう、スタンスでな。しかも今戦っている相手と喧嘩してはるんやて。だから今試合してはる奴には、尚更勝ちたいねんな。でも後衛にいる奴は、練習試合なんてウォーミングアップくらいにしか思ってへんから、やる気ないねん。でも手前にいる奴らは、意気投合してはるからお互いの穴をカバーしてはって、上手く試合を進められとる」

 雨宮の話を訊きながら、櫻真は再び練習試合を行っているコートに目を向けた。

 手前にいる二人の顔には余裕さがあり、奥にいる二人にそれはまるでない。奥側の後衛が前衛に向けて、「こんな試合で勝ちに拘るなや」と声を掛けている。すると前衛にいた生徒の顔が苛立ったように歪んだ。

 その姿が、くっきりと自分たちの姿に重なった。

 今の自分たちは、まさにあの状態なんだと思い知る。

「櫻真はあの二人見て、どう思う?」

「やっぱり、意見が食い違うと大変やなって思った」

 雨宮に答えた自分の声がひどく小さい気がした。そんな自分に対して櫻真は嫌気が差す。

「大変か。うん、まぁ大変やな。けど俺は大変っていうより、ただ二人ともお互いの話をちゃんと訊いて、譲歩を覚えればええのにって思った。でな、俺がこんな回りくどい話をして、櫻真に何が言いたいかっていうと、ちゃんと喧嘩した奴と話せってこと。でも話すだけやなくて、相手の話も聞くんやで。校長が眠い朝会で言うてはったやん。言葉のキャッチボールは大切やって」

「言葉のキャッチボールか……」

 雨宮の言葉を聞きながら、櫻真は桜鬼と会ってからの事を思い出していた。そして記憶を辿れば辿るほど、自分たちが如何に言葉の投げ合いに失敗していたかが分かる。何てことないボールのやり取りをするだけで、肝心なボールを取らずに振り払っていた。

 こんな状態で人と人が上手く行くはずなんてない。

「雨宮、おおきに。俺、ちょっと相手の話を聞いてくる。ちゃんと投げ返せるように」

 櫻真が雨宮にお礼を言うと、雨宮が口許に笑みを浮かべて来た。

「礼なんてええねん。いつもウチの禿げが世話になっとるからな。あっ、それと一つ報告なんやけど……あの禿げの端末番号が変わったわ」

「そうなんや。でも何で?」

「母さんがキッズ用のに変えはった。だから親父の携帯で出来ることは、通話と簡単な文章打ちだけやな。ネットは母さんに防犯規制対象にされとって使えへんねん」

「……ええかもな。安心安全で」

 きっと幾ら女好きな雨宮の父親からすれば、女の人にキッズ用端末を使っている所なんて見られたくないはずだ。

「まっ、修行中の身でふざけた過ぎたから、天罰が下ったんやろ」

 言葉を吐き捨てた雨宮の顔は、さっぱりとしていた。そんな雨宮に櫻真が苦笑しつつ、櫻真はその場を後にして走り出した。

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