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迷い家 9

「木行の法の下、落葉よ、彼の者を包む盾となれ。急急如律令!」

 声が聞こえた瞬間。そこら中に落ちていた枯葉がヒラヒラと宙に浮き、それが重なりよせ集まり、転がり落ちていた千咲を柔らかく受け止めてきた。

 枯葉の中に勢いよく突っ込んだものの、体に痛みなどは走らない。葉っぱから漂う土の匂いや木々の匂いが千咲の鼻をくすぐってきた。

 しかし、あまりにも一瞬の出来事過ぎて、自分の身に何が起こったのかが分からない。

 自分を包み込んできた枯葉たちは、自身の使命を終えたとばかりに地面へと落ちていく。

「私……」

 舞い落ちる枯葉を見ながら、あまりに事に千咲が地面に座り込みながら呆けていると……

「何で、お前がここに居るんだよ?」

 驚愕の表情を浮かべた隆盛が、千咲の元へとやってきた。姿を現した隆盛は、自分のように服を汚していることもなく、平然としている。

「あの、私……どうやって、助かったん?」

 千咲が隆盛にそう訊ねると、隆盛が少し言いにくそうに顔を顰めてきた。

(やっぱり、最上君でもさっきの事は分からへんよね……)

 返事ができないのは、そのためだろう。

 視線を宙に彷徨わせている隆盛を見て、千咲はそう思った。体験した自分でも何が起きたのか説明できないのだ。無理もない。

「……お互い、無事でラッキーやったね。あと、ごめんな? 実は私、最上君に占いを頼みたくて、後を付けてしもうたんよ。最上君は何をしはってたん?」

 千咲が隆盛に向けて、疑問をぶつける。

 誰かに占いを頼まれたとばかり思っていたけれど、ここにいるのは自分と隆盛だけだ。むしろ、こんな獣道の先に人がいるとは思えない。

「何をって、俺は……探し物だよ」

 自分の質問に答えてきた隆盛は、ややぶっきら棒な口調でそう答えてきた。けれどそれは苦し紛れの嘘によるものだと、すぐに分かった。隆盛の視線は明後日の方向に向いているし、こんな場所に落し物をするわけがない。

 隆盛の言葉が嘘だとすれば……考えられる理由は一つ。

「……最上君、もしかしてやけど、䰠宮君の家のお屋敷を探そうとしてはる?」

 千咲の言葉に、隆盛の表情が一瞬で固まる。どうやら、図星らしい。

(最上君って、嘘が下手なタイプなんやな……)

 ここは敢えて言及しない方が良いのだろうか? いや、きっと隆盛からすればその方が良いに決まっている。そうでなければ、自分をはぐらかそうとしたりするはずがない。

 それに否定せずに答えない、という状況が自分の言葉を肯定する何よりも証拠なのだから。

(見て見ぬ振りしたいけど……)

 自分は隆盛の後を付けて、ここまで来てしまったのだ。その上、今し方落ちたばかりの獣道を一人で戻るのは、かなり心細い。

「ごめんね。勝手について来てしもうて、これを言うのもアレなんやけど……一人でここから帰れる気がしなくて」

 生い茂る木々の隙間から見える夜空を仰ぎ見て、千咲が顔をしょんぼりとさせる。

 するとそんな千咲を見た隆盛が溜息を吐いて、その場でしゃがみ込んできた。

「よし、分かった。なぁ、お前……歩けるか?」

 目線が同じになった隆盛に訊ねられ、

「えっ、多分……大丈夫やと思うけど」

 千咲が静かに頷き返す。

 すると、隆盛が「そっか」と言いながら立ち上がり、座っている千咲へと手を差し出してきた。

「捕まれよ。そんで、今から屋敷探しを続行な。本当はすぐに帰してやりてぇけど、点門を開いとくの忘れちまったからさ」

「点門?」

 聞き慣れない言葉に千咲が首を傾げながら、隆盛に手を貸してもらい立ち上がる。

「おう。まっ、俺だからこそ作れる、どこでもドアみたいな奴だな」

「そんなのが作れはるの? 凄い……」

 普段だったら、冗談だと思ってしまうのに、この時の千咲は隆盛の言葉がストンと腹の中に落ちてしまった。さっき起きた不思議な体験も相まってなのか、隆盛が嘘をつけるタイプに見えないからなのかは分からない。

 そして、千咲の感嘆を聞いた隆盛は得意げな表情だ。その顔が妙に可笑しくて、千咲がクスリと笑みを零す。

(最上君って、変な子やなぁ)

 さっきまでの心細さが消え、千咲は羅針盤を持つ隆盛と共に獣道を進み始めた。

 隆盛が持つ羅針盤をよく見れば、中央の部分がほんのりと赤色に光っており、そこから南西へと光が伸びている。

「この光の先に、お屋敷があるの?」

「まぁな。十二神将である朱雀が指し示してるんだ。間違いないって」

 自信のある顔で、またも聞き慣れない言葉を口にする隆盛。

「最上君、その質問なんやけど……十二神将? とか、点門とかって何かの専門用語なん?」

「ああ、そうだぜ。俺は陰陽師だからな。そんでもって世界を救うヒーローだ」

「陰陽師……」

 隆盛の言葉に千咲がポカンと口を開く。陰陽師と聞いて真っ先に浮かぶのは「安倍晴明」だが、少女の中での陰陽師は物語の、そうファンタジーの世界だ。いや、いたとしても星を見て、暦を作ったりする天文学者のような存在だと思っている。

(あっ、だから占いとかが出来はるんかな?)

 現代では天文学と占星術は別物として考えなければいけないが、それでもこの二つの起源は同じものだと、千咲は自由研究で星を調べた時に知識として得ていた。

 とはいえ、その知識はごく一部に過ぎず、語れるほどでもない。

 それに……どうして陰陽師と世界を救うヒーローが結び付くのか? 少女の中で小さな疑問が浮かんでくる。

「どうして、陰陽師がヒーローだと思いはったん?」

 先を行く隆盛に千咲が訊ねてみると、隆盛がキョトンとした表情で千咲の方へと向いてきた。

「当たり前だろ? 陰陽師は悪い鬼も倒して、占いで色んな奴の悩みを聞いてやるんだぜ? ヒーロー以外の何者でもねぇーよ」

 さも当然かのように言い切られた所為だろうか? 千咲の中で妙に納得してしまいそうになる。

「占いで人の悩みを聞きはるのはわかったんやけど、悪い鬼って例えばどんな感じなん?」

「どんなのって……あーー、んーー、そうだなぁ」

 説明しにくいのか、首を傾げながら隆盛が唸り声を上げている。その姿は先ほど、自分の身に起きた事を訊いた時と同じ反応によく似ていた。

(もしかして、さっきのも最上君が助けてくれはったんかな?)

 先ほど起きた不思議な事は隆盛と無関係だと思っていた。けれど「陰陽師」という言葉を聞いた今だと、先ほどことが偶然起きた不思議な事ではないように思える。

 きっと先ほど口籠ったのも、今のようにどう説明すれば良いのか、分からなくなったのだろう。そう捉えれば、隆盛が言葉を詰まらせた理由も納得がいく。

「あっ、ええよ、ええよ。そんなに考えへんでも。ちょっと興味があっただけやから」

「いいや。これは俺のプライドにかけて説明してみせる!」

 妙に炎が燃え上がってしまったらしい隆盛が、右手で握り拳を作ってきた。けれどその後も隆盛は腕を組みながら考えるも、全く良い説明方法が見つからず考えている。

(何か話題を変えられたらええんやけど……)

 このままでは、隆盛はずっと唸りっぱなしになってしまう。自分が答え難い質問をしてしまったのだ。何とか隆盛を思考のループから脱出させたい。

 千咲が何か話題になるものはないか、辺りを見回す。視界に広がるのは木と落ち葉。あとは地面から無骨に突き出た岩だけだ。

(簡単には、見つからへんなぁ……)

 暗闇で目を凝らす千咲が肩を落としかけた瞬間、少し離れた木々の間に何かの建物らしき影を見つけた。

「最上君、アレは?」

「ん? どうかしたのか?」

「うん、向こうに建物の影が見えた気するんやけど、ちゃうかな?」

 立ち止まり、影が見える方を千咲が指差す。

「……おっ、マジだ!」

 一緒に立ち止まった隆盛も屋敷を見てから、羅針盤に目を向けた。羅針盤にある光もその屋敷の方を指差している。

 思わず千咲と隆盛が目を合わせる。

「もしかして、あそこが……」

「星明殿だな、多分。行こうぜ」

 隆盛の言葉に頷き、千咲たちは䰠宮が保有する屋敷『星明殿』へと向かった。

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