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迷い家 7

【汝の前に道はなし。錠門開けるは、鬼と手を取るものにあり】

「…………」

 占術結果を言い終えた隆盛が、沈黙したままの櫻真の顔をじっと見る。しかし櫻真はそんな隆盛の視線から逃げるように、目を宙で泳がせていた。

(䰠宮君……どないしたんやろう?)

 千咲が櫻真たちを見ながら首を傾げていると、櫻真の顔見知りだという高校生の男子一人が口を開いてきた。確か名前は狼と呼ばれている、親しみやすい雰囲気を漂わせる人物だ。

「もしかして、櫻真君……何か知ってるの?」

「あっ、いや……はい。ほんの少しだけ」

 そう言って、櫻真が申し訳なさそうな顔で白状してきた。

「なんだよ、最初から知ってんなら言えよなぁーー」

 唇を尖らせる隆盛に櫻真がそう言われ、困ったように苦笑を浮かべている。

 そんな櫻真の顔を見て、千咲は櫻真に何らかの事情があるのだと思った。

(䰠宮君は下手に隠し事をする人やない……)

 表立つタイプではないけれど、困っている人がいれば櫻真は助けてくれる人だ。千咲はそれを知っている。

「きっと、䰠宮君にも事情がありはるんとちゃうかな? 違う? 䰠宮君」

 千咲が櫻真の方を見て訊ねる。すると、櫻真が少々驚いた顔をしながらも、そのまま頷いてきた。

「実は、その屋敷……俺の家のもので……」

 言い出しにくそうに言葉を詰まらせながら、櫻真がそう口を開いた。思わず千咲も目を見開いた。事情はあると思っていたが、まさか櫻真の家が所有する物だとは思ってもいなかったからだ。

 そして、そんな櫻真の言葉に驚きもせず頷いたのは、目鼻立ちが整った少年だ。

「なるほど、そうか。確かに䰠宮の屋敷だったら、地図に乗ってないのも頷ける。それに……もしかすると、そこは皇室の方々と䰠宮の者だけが入れる聖域の総称か?」

「いや、俺も少し前に聞いただけで……詳細は両親に聞かへんと分からないんです」

「聖域って、どういう事だよ?」

 櫻真を見ていた隆盛が妙に悔しげな顔を浮かべている。そしてそんな隆盛とは別に千咲も内心で目を丸くさせていた。

 櫻真の家が凄く立派なのは知っている。櫻真の家が歴史ある能楽師の家元なのは有名な話だ。しかし、「屋敷」「皇室」「聖域」と言われると、裕福という言葉だけでは片づけられない次元になってくる。

 驚く皆んなの視線を受け、櫻真が気まずそうな顔を浮かべて、話を終わらせるように口を開いてきた。

「だから、これ以上の力になれへんで……すみません」

「いや、良いんだ。もし俺の読みが合っていれば……この課題はこちらの学園の理事長の我儘だと思って欲しい。だから気にしないでくれ」

 謝った櫻真に対し、真紘がペコリと頭を下げている。そしてそんな彼に対して櫻真は、慌てた様子で頭を上げて下さい、と言っている。

 けれど、千咲はその光景を流し見するしかできなかった。理由は一つ。自分の中に勃発してしまった不安の方が大きくなってしまったからだ。

 自分と櫻真には、とても大きな差がある。そしてその事に何故、自分は意識を持っていけてなかったのか? 櫻真がどういう家に住んでいるか知っていたのに?

 ーー自分は見えていなかったのではないか?

 そう、自分以外にも櫻真を好きだと言っている女子は沢山いる。けれどその子たちもきっと、今の自分と同じように、櫻真がどういう人間なのか、本質的に分かっていないだろう。

 自分でも変だと思う。中学生という子供の分際で、大きな事を考え過ぎている。難しい事を考えている。

 そんなのは気にせず、見ずに、今まで通り櫻真を想っていれば良い。

 でも、本当に?

 本当にそれで良いのか? 千咲の頭の中で、気持ち悪い渦がグルグルと渦を描いている。難しい。その気持ち悪さから抜け出したくて、千咲は自分が知っている『䰠宮櫻真』という人間を整理する。

 能楽師の家の息子で、顔立ちが綺麗で、大人っぽい雰囲気のある男の子。

 他には? 他にはどうだろう?

 櫻真は……優しい。そうだ、櫻真は優しい。小学校三年生で好きになってから、櫻真を目で追っていて気づいた点だ。

 櫻真は、他の人の悪口を言ったりなんてしない。そう、言わない……。

(私が見てる範疇では……)

 視界に映る世界では、櫻真が端末を弄り、誰かに連絡を取っている。しかし、そんな櫻真を見てから、千咲は視線を俯かせた。

 自分が見えている範疇は……一体、どのくらいなんだろう?

 頭の中で、千咲はずっとそんな疑問を堂々巡りで巡らせていた。



「こういう経緯なんよ」

 櫻真が端末で通信を入れた相手は、䰠宮の現当主である浅葱だった。

しかし櫻真の話を聞いた端末越しの浅葱の返答は……

「ブーブー、駄目。そんな下らん理由で開放する場所とちゃうから。写真一枚〜〜の場所ちゃうんやで?」

「いや、そんなん俺に言われても……」

「いや、そこを何とか……! 門くらい撮らせて下さい! そうすれば、実技が大問題の実技の評価が上がるんです」

 櫻真のぼやきの後に、鳩子が通信相手の浅葱に手を合わせる。

 今は浅葱に詳しい事情を説明するために、オープンモードで話している。

 けれど通信越しに手を合わせる鳩子を見ても、浅葱の表情は変わらない。

「ラッキーで評価を上げようとしなければ、ええやん。君の楽のために星明殿を開けるわけにはアカンの」

「うぅ〜〜、そっかぁ。評価云々の話を隅に置いて話しても、現存する寝殿造は見てみたかったんだけどな〜〜」

 鳩子が肩を落とし、しょんぼりとした顔を浮かべる。そしてそんな鳩子の言葉を聞いて、狼が「仕方ないって」と慰めつつ、肩を叩いている。

 日本に残っている寝殿造が少ないのは、櫻真も知識として知っている。

 平安時代に多くあった寝殿造は、室町時代を迎えて段々と書院造へと移行したり、火事に見舞われたりして、残っているものが殆どないのだ。

 平安時代の寝殿造の面影を残しているのは、平等院鳳凰や厳島神社や中尊寺金色堂などの仏閣である。

 面影を残す建築物が世界文化遺産クラスだ。

 それを踏まえて考えると、平安時代全盛期に建立された星明殿の歴史的価値は、とんでもなく大きいだろう。

(でも、父さんが許可をお出さん限りは……強行するわけにも行かへんしなぁ)

 櫻真がそんな事を考えていると、浅葱の顔の横からひょっこりと母親である桜子が顔を出してきた。

「あっ、櫻真! 林間学校は楽しんでる〜〜?」

「母さん……そんな事、訊かへんでええから」

 過保護感たっぷりの質問をしてきた母親に、櫻真が気恥ずかしさで首を竦めさせる。しかし、そんな息子の気持ちを他所に、桜子は小首を傾げている。

 けれど次にそんな桜子の目に止まったのは、櫻真の肩越しに見える狼の顔だ。

「ねぇ、櫻真。その後ろにいる子……」

「えっ? 後ろ?」

「ううん、何でもない。それでどうしたの?」

「まぁ、少し父さんに相談があって……」

 もしかすると、香港の時のような事が起こるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた櫻真だったが、奇跡は二度も起こらなかった。

 桜子もその場所が䰠宮にとって神聖な場所だと承知しているらしく、浅葱に頼むような真似はしなかった。

(まぁ、時に諦めも必要やからな……)

 内心でそう思いながら、櫻真が一回溜息を吐くと……

「ヨウヨウ、そんな顔したらアカンで。どの道……」

「父さんっ! もう話終わったし、通信、切るわ!」

 浅葱の口から飛び出した言葉に慌てた櫻真が、勢いよく通信を切る。

(早めにオープン通話をやめとけば良かった〜〜。俺のアホ〜〜!)

 耳まで赤くなるのを感じながら、櫻真は少しの間その場で固まる。そんな櫻真に帝と隆盛が話しかけてきた。

「䰠宮、お前父親似だな。絶対、将来あの顔だわ」

「てか、親から変なアダ名で呼ばれてんだな?」

 突っ込まれたくない所を二連発で刺され、櫻真は顔から湯気が出そうになる。

「いや、アレは父さんの気まぐれで変わるから……普段から呼ばれとるわけやないよ」

 怪しまれないか不安になりながら、櫻真は何とか言葉を詰まらせずに弁明する。

 とはいえ、浅葱の口調には「慣れ」がある。そこを指摘されないだろうか? されたら、どう上手く言い逃れよう? 櫻真が考えられる最悪の返事を予想しつつ、身構える。

 しかし、二人の口から出た言葉は櫻真の思いの外のものだった。

「なるほどな〜〜。にしても、䰠宮ん家の屋敷が見れないのは残念だよな〜。その屋敷を取れたら、他の班とぜってー被らねぇーじゃん」

 残念そうな顔を浮かべる帝に、

「馬鹿か。䰠宮の屋敷なんて行ったら、変に鬼に取り憑かれちまうぜ」

 隆盛が失礼極まりない言葉で返している。

(変に呼び名の事を引きずられるよりはええけど……何か、微妙やな……)

 胸に小さな靄を感じつつ櫻真は、狼たちと別れるのだった。

 そして、そんな櫻真たちの様子をにっこりと満面な笑みを浮かべる女が静かに見つめていた。

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