迷い家 5
名物の柿の葉寿司を食べ終えた櫻真たちは、店を出て吉水神社へと足を運んでいた。
ここは、源義経が弁慶たちと共に身を隠したことでも有名な神社だ。
境内に入っても、神からの神託はなく好い気しか感じない。
(こんな感じなら占術の通り、何も起こらずに行きそうやな……)
学校行事中にまで、何か事件が起きたら堪らない。鬼絵巻が出なければ、隆盛もやっかんで来ず、寧ろ友好的だ。
歪曲的ではあるものの、夏祭り前や琵琶湖で関わっていた事もあり、櫻真としても気を使わずにいられる。しかも、今まで話したことのなかった帝とも、隆盛と共に話している内に打ち解けてきている。
最初は、無事に林間を終えられるか心配だったが……それも杞憂で終わりそうだ。
(俺も昔よりコミュ力が上がってるのかも)
そよそよと気持ちいい秋風を受けながら、櫻真はほっこりとした気持ちになっていた。
そんな櫻真の元に帝が声を掛けてきた。
「おい、䰠宮。向こうにある北闕門って所に邪気祓いの場所があんだと。写真、撮りに行こうぜ」
「邪気祓いかぁ……」
昔からの邪気祓いの地になっているという事は、かなり強い磁場があるのだろう。
(そういえば、桜鬼が言うてた星明殿にも近い場所やな……)
ここから談山神社までが車で30分くらいの場所だ。屋敷はその談山神社より吉野山に近いと言っていたため、ここから近いはずだ。
「でもまぁ、そう簡単に見られるわけがないんやけど」
星明殿があるのは、奥深い山の中だ。裸眼で見られるものでもないだろう。
北闕門の所にへ行くと、既に何人かの観光客で賑わっていた。その中には、自分たちより少し年齢が上の学生の姿があった。
「狼っ! いつまで邪気祓いしてんのよ!」
「いや、もうちょっと! ここの所、かなり運気が下がってる気がするから!」
「狼、神社で邪気退散のグッズを沢山買ってた」
「あはっ、いつもは勿体ないとか言ってドケチ根性発揮するのにね」
「良いんだよ! 寧ろ御守りは勿体ないものじゃない。運の無い僕を守るものなんだから。これから妖しげな場所にも行かないといけないし……」
「えーー、鳩子ちゃん的には、御守りよりも道中のソフトクリームの方がよっぽど価値があるんですけどねぇ〜〜。まぁ、恋愛系だったら一つ、二つ、買わん事もないけどぉーー」
一生懸命に邪気祓いの動作を試す少年を見て、少女たちが呆れた表情を浮かべている。
「なぁ、あの高校生……すげぇ熱心だな」
茶化すような口調で、帝が櫻真に耳打ちしてきた。
「確かに……」
帝の言葉に頷きながら、邪気祓いをする少年の姿を再び見る。
(でも、あんなに熱心に邪気祓わへんでも、今は邪気付いてへんけどなぁ)
そして、その後ろ姿は何処かで見覚えのある姿だ。
(うーーん、どこでやったかな?)
先ほどの少年とは違い、もう喉元まで答えが出かかっている。そう、あともうちょっとで答えが出るはずだ。
そして、櫻真がそんな事を思っていると……「セーマン、ドーマン」と呟いていた少年が櫻真たちの方へと振り向いた。
「あっ! あの人……斉彬さん家で会った人や!」
「何だよ? 䰠宮の知り合いだったのか?」
「いや、前に一度会った事ある人で……向こうさんが覚えとるかは分からへんけど。確か名前は黒樹狼さん」
夏休みの半ばごろ、お得意さんになりつつある「斉彬勝利」という人の屋敷に除霊しに行った時のことだ。その時、丁度桔梗も菖蒲も出払っており、櫻真たちが勝利の依頼を受ける事になったのだ。その時に櫻真は勝利の客人として来ていた狼たちと顔を合わせていた。
とはいえ、自分が覚えているからといって、相手が覚えているとは限らない。
そのため、知り合いというよりは顔見知りという間柄だろう。自然と答える櫻真の声も小さくなった。けれどそんな櫻真へと、少年から……狼から声を掛けられた。
「あれ? 君……前に斉彬さんの家に居た子だよね?」
「えっ、あっ、そうです。覚えてはったんですね」
まさか、相手から話しかけられるなんて、思ってもいなかった。そのためしどろもどろになりつつ、櫻真が首を頷かせる。
するとそんな自分に対して、狼が屈託のない笑みを浮かべてきた。
「いや〜〜、普通に覚えてるよ。䰠宮櫻真君だよね? 同じ顔の子と来てたし、妹さんとも来てたよね?」
そういえば、家で暇していた百合亜も櫻真たちに付いてきていた。きっと狼は百合亜を櫻真たちの妹と勘違いしているのだろう。しかし、血の繋がりはないとはいえ、櫻真たちにとって、百合亜は妹的な存在だ。強ち間違ってはいない。
「まぁ。でもまさかこんな所で会うなんて思わへんから、驚きました」
櫻真がそう言って頷き返すと、狼が「だよね〜〜」と苦笑を浮かべてきた。
「そうだ! 狼、この子に訊いてみたら?」
そう言ったのは、狼の知り合いらしき髪をポニーテールに縛った、生真面目そうな少女だ。
「分かるかな〜? 櫻真君って京都住みだし、地図にも乗ってない場所だよ?」
「訊く前から、決めつけるのは良くないわよ」
「ああ、それは俺も根津の意見に賛成だ」
根津と呼ばれた少女の言葉に頷き、櫻真たちの背後からやってきたのは、爽やかな笑みを携えた美少年だ。そして、この人も櫻真は勝利の家で会っている。
確か名前は……
「つまり、真紘たちもまだ見つかってないわけね」
そう、輝崎真紘。年齢は自分たちと然程変わらないのに、達観した精神を持っている人だ。
真紘の後ろには、同じ制服を着た女子一人と男子三人が立っている。
どうやら、狼たちは何処かを探しているようだ。
「なぁ、䰠宮。もう一人のイケメンも知ってるのか?」
帝の言葉に櫻真が頷く。すると、帝が「はぁ〜。類は友を呼ぶ、とかよく言ったもんだぜ」と何故か寂寥感混じりに言われた。
「いや、類友なんてものやないけどなぁ……」
櫻真がそう頬を掻いていると、そこへ千咲、隆盛、めぐみの三人が集まってきた。
「䰠宮君たち、どないしたの?」
「あっ、そのちょっと顔見知りの人と会うて……」
「そうなんや。でも驚いたなぁ〜。䰠宮君の方を見たら、知らない高校生の人と一緒に居はるから……」
苦笑を浮かべた千咲が、何かに気づいたように慌て始める。
「えっ、祥さん?」
何故、急に慌て始めたのか? 全く予期せぬ千咲の動揺に櫻真が首を傾げさせる。
するとその間に、仲間内で話していた狼たちが櫻真へと話しかけてきた。
「あのさ、一つ訊くんだけど……櫻真君はここら辺にある「星明殿」っていう所を知ってる?」
狼の言葉から出た言葉に櫻真が目を見開き、他の人が「せいみょうでん?」と首を傾げている。
「あの、字はどんな風に書きはるんですか?」
訊ねたのは、地図を開いた千咲だ。
「あっ、えっと……せいは星で、みょうは明るいっていう字に、でんは殿」
狼に漢字を教えられた千咲がめぐみと一緒に地図を睨み始めた。そんな千咲たちを余所に、櫻真の胸中は驚きの渦が渦巻いていた。
(何で黒樹さん達が、星明殿を探してはるんやろ?)
正直、あそこは䰠宮の屋敷というだけで、観光名所になっているとか、文化遺産になっているなどの話もされなかった。
つまり星明殿は個人で保有する屋敷だ。それにも関わらず、何故狼たちから『星明殿』の名前が出るのか? かなり疑問が多い。
「黒樹さん達は、どうしてその場所を探してはるんですか?」
思い切って櫻真が狼たちに訊ねる。
すると、狼の横にいた根津と呼ばれた少女が「ああ、それは……」と呟きながら、折り畳まれていた一枚の用紙を櫻真へと差し出してきた。
櫻真がその紙を受け取り、用紙を開く。
それと同時に帝や隆盛が一緒にその用紙を覗き込んできた。
「えっと……」
櫻真が紙に書かれた言葉を読む。
『吉野山にある【星明殿】という立派な屋敷を写真に収めるように。見事、写真に収めたものには、実技での評価を二段階引き上げる。
上手くレポートに纏めた者には、学科の評価も2段階、引き上げよう。
提出期限 ====年 ==月 ==日 理事長代理より』
と書かれている紙を見て、櫻真は口をあんぐりとさせていた。




