迷い家 3
「昨日、占術をしたんやけど……『汝、探す手なし。平静の帰結あり。不意な出会いあり』って出たんよ。つまり、今回の俺の所には、鬼絵巻は出はらないってことや」
「嘘だ! 俺だって占術したんだぞ? そしたら『気に触れ厄落ちし、衣の泪』って出たんだぞ! 絶対に何かあんだろ!」
きっぱりとした声で隆盛が櫻真へと言い切ってきた。
「……うん、確かに何かあるんやろうけど、それってかなり凶の結果やない? 鬼絵巻関連かも特定が出来へんし」
櫻真が隆盛に出た、かなり微妙な占術の結果に苦笑を浮かべる。するとそんな櫻真の言葉で、目から鱗が落ちた隆盛が、うーん、と唸り始める。
「あーー、まぁ。確かに言われてみたら、そんな気もする。あっ! 祝部と彩香に訊いてみるか! きっとアイツらも占術をしてるだろうし」
「訊いてなかったん?」
「う、うっかりするって事もあるだろ! 今回は偶々だ。そう偶々! いつもはちゃんと情報共有がばっちし取れてるぜ」
櫻真の突っ込みに、隆盛がやや焦りながら語調を強くしている。
(きっと、偶々ではないんやろうなぁ)
ドカドカと歩き、隆盛が佳たちを探し始める。
「おい! 䰠宮! お前も来いよ!」
「えっ、俺も!?」
まさか、同行を求められると思っていなかった。
戸惑う櫻真を余所に、隆盛がさらに話を続けてくる。
「当たり前だろ? 俺とお前の占術でどっちが的確かの勝負なんだからな」
「そういうことな」
納得して、櫻真は仕方なく隆盛と共に二人を探し始める。
「どうせやったら、数的に蓮条にも訊いた方がええと思うんやけど?」
「ああ、そうか。まぁ、そんな事ありはしねぇーだろうけど、真っ二つに割れた時に困るしな」
「確か、百瀬さんと蓮条って同じクラス……って、それも住吉君らが根回しをしよったん?」
櫻真がやや目を細めて隆盛を見る。
最初に隆盛たちが学校にやってきた時から、何らかの陰謀が働いていると踏んでいたが、直接的に確かめたことはなかった。
櫻真の後ろの席にいる佳だったら答えを知っているだろうが、休み中の事がまだ尾を引いており、簡単に訊ける雰囲気でもない。それに訊けたとしても、佳が答えてくれるかも怪しい所だ。
そんな佳に比べると、隆盛は疑問をぶつけやすい。
案の定、隆盛はニヤリと勝気な笑みを浮かべてきた。
「まっ、陰陽院の手にかかれば、クラス編成くらいチョチョイのチョイなんだよ! まぁ、どうやってやったのかは知らねーけど」
「つまり、それって住吉君は詳しいことを知らへんってことやな」
ボソリと呟きを櫻真が吐くと、その瞬間に隆盛がキッと目を吊り上げてきた。
「今、何か言ったか?」
「言うてへん。言うてへん。気の所為ちゃう?」
苦笑で誤魔化し、櫻真たちは本堂の方にいた蓮条を見つけた。そして同じ所に彩香の姿もある。きっと櫻真と隆盛が同じ班になったように、蓮条と彩香も同じ班に組み込んだのだろう。
「なぁ、蓮条! ちょっと、ええ?」
櫻真が声を掛けると、こっちを向いた蓮条が驚いた表情を浮かべてきた。
(隣に隆盛君がおるからやな……)
冷静に片割れの内心を察しながら、櫻真が蓮条に事情を説明する。
「なるほどな。それでいうなら、俺の占術でも何もなかったな。住吉だけ悪いことが起きはるんちゃう? だから俺も鬼兎火は来てへんし」
「なっ! そんな訳あるかっ! 林間に来てるだけで、どんな悪い事があるっていうんだよ?」
食い下がり気味に、隆盛が蓮条に反論を返すも、蓮条はまるで歯牙にも掛けない。
するとそこへ……
「隆盛、そこで何をしてるんですか?」
怪訝そうに眉を寄せた彩香がやってきた。
「おおっ、彩香! 丁度、良いところに来たな!」
「何ででしょう? 凄く下らない様に感じるのは何故でしょう?」
目を輝かせる隆盛に対し、彩香が悩ましげに米神を右手で抑えている。
(やっぱり、分かるんやなぁ)
長い付き合い故の直感なのか、彩香は話を聞く前から大体の予想がついている様子だ。
「まぁまぁ、そう言わずさ。聞けって。実は……」
彩香の言葉を跳ね除け、隆盛が彩香に先ほどの説明をおこなった。どうしても、自分だけが悪い占術結果だったというのを回避したいらしい。
その気持ちが現れているのか、隆盛の顔には意地が見える。
けれど、隆盛の話を聞き終えた彩香が深い溜息を吐いて……
「やっぱり、下らなかったじゃないですか! 勿論、私も占術はしましたよ。けど、隆盛の占術で出たような結果はありません。むしろ、不穏な結果が出ていたら、隆盛に教えていますよ」
尤もな意見を返してきた。
彩香の言葉にショックを受ける隆盛が「じゃあ、祝部もか?」と訊ねると、彩香が力なく「恐らく」と頷いた。
「まぁ、でも……どんな悪いことがあるかまでは分からへんし、注意して行動しはれば、凄い悪い事も起こらないんとちゃうかな?」
櫻真が肩を落として、落ち込む隆盛を慰める。
「䰠宮……お前、割と良い奴だったんだな! よし、今回は鬼絵巻も出ない事だし、仲良くしようぜ!」
さっきまで沈んでいたのが何処へやら。隆盛は一気に明るい表情に戻ると、勢いよく櫻真の肩に手を回してきた。
「良かったやん。話し相手が出来て」
隆盛に肩を組まれる櫻真を見て、蓮条が櫻真を茶化すような笑みを浮かべてきた。
「おっ、どういう意味だ?」
「蓮条、余計なことを言わへんで」
首を傾げさせる隆盛や彩香に「自分が人見知り」である事を知られるのは、妙に恥ずかしい。けれど、そんな櫻真の気持ち虚しく……
「䰠宮、お前ってまさか人見知りなのか?」
変な時だけ察しの良い隆盛が、櫻真を見ながら問い掛けてきた。
「隆盛、失礼ですよ!」
周りのことを気にかけてくれるタイプの彩香がすかさず、隆盛を諫めに入る。そんな彩香の言葉に櫻真が思わず、微苦笑を溢した。
「ええよ、ええよ。ホンマの事やし。住吉君も別に悪気があるわけやないから」
でも、ここに桜鬼が居なくて良かったと思う。もしこの場に桜鬼が入たら、自分に無礼を働いた! と怒っていたに違いない。そして隆盛との飽くなき言い合いが始まっていたことだろう。
(今この時ばかりは、桜鬼が居なくて良かったわ……)
櫻真がそう思いながら、胸を撫で下ろしていると……不意に隆盛がいるのとは反対側の腕の袖が引っ張られた。
「えっ?」
やや驚きながら、櫻真が引っ張れた袖の方へと視線を向ける。
するとそこには、4、5歳くらいに見える男の子が立っていた。短髪の髪は青黒く、瞳は灰色という珍しい色をしていた。一瞬、櫻真の胸がざわりと騒つく。
「えーっと……」
「どうしたんだよ、坊主?」
何て声を掛けようか迷っていた櫻真の代わりに、隆盛が少年に声を掛ける。すると少年がにっこり笑って、後ろの方を指差してきた。
「後ろ?」
呟きながら、櫻真と隆盛が後ろに向くと、そこには同じ班の千咲、帝、めぐみの姿があった。
「俺たちの事を呼んでたのか?」
再び隆盛が少年に訪ねると、少年がこくんと頷いてきた。そしてそのまま別の場所へと駆けて行ってしまう。
櫻真はそんな少年の後ろ姿を、不思議な気持ちで見ていた。




