迷い家 2
「吉野山なら調べるのが沢山あってええね」
千咲は自分と同じ班になった人たちの顔を見ながら、口を開いた。
今の時間は林間に行く前の事前学習の時間だ。ネットや図書館などで調べ物をして、レポートして纏める様に言われている。
「俺も鎌倉に居る時に、こんなのやったわ。鶴岡八幡宮について調べろ、とか鎌倉幕府について調べろとか、みたいな奴」
「へぇ、お前鎌倉住みだったのか。俺は東京の杉並区」
印刷した情報を見ながら、そう雑談しているのは関東から転校してきた組の平松帝と最上隆盛の二人だ。
帝は一学期の頃に鎌倉から引っ越してきており、隆盛よりはこの学校にも慣れている。
とはいえ、同じ関東圏からやってきた隆盛に親しみを感じているのだろう。
「なぁ、なぁ、千咲ちゃん、あたしらラッキーやな。䰠宮君と同じ班になれて……」
転校生二人を見ていた千咲にそう話しかけてきたのは、同じ班の金子めぐみだ。彼女は、女子の中では恰幅に良い体をした女子だ。しかしその体型の恩恵なのか、他の子よりも肺活量があり、吹奏楽部ではサクソフォーンを見事に吹き鳴らしている。
そんなめぐみの囁き声に、千咲は思わずドキリとしてしまう。そして胸の鼓動に後押しされる様に千咲は、櫻真の方へと視線を向けた。
櫻真は、ネットで調べた資料にマーカーを引き、レポート用紙に纏める箇所を選出していた。
やや下を向く櫻真の顔は、凄く大人びていて、周りの男子とは違う雰囲気がある。視線と共に下に向く睫毛や、形の良い鼻に、白い肌と薄い唇。
どこを見ても、千咲は綺麗だなぁと感じてしまう。
それに、最近の櫻真は妙に生き生きと輝いているように見えるのだ。
(この林間を機に、もう少し話せるようになれればええんやけど……)
胸中でそう願わずには居られない。教員たちがランダムで決める班決めで、幸運にも櫻真と同じ班になれた。
千咲の中で、それがどんな事よりも嬉しかった。
だから、いつもなら少し面倒に感じてしまう調べ物学習でも、ウキウキとした気持ちで望めてしまう。どんな会話だろうと、櫻真と話せるまたとないチャンスなのだから。
(せめて、何気なく話し掛けられるくらいには)
なりたいと思う。幼馴染である紅葉のように気さくに話すことは難しいかもしれないけれど、少しの雑談を話せるくらいにはしたい。
千咲はこの林間に期待をしていた。この林間で今までにないくらい、櫻真に近づけるのでは? と。同じ班という強みもあり、他の生徒より近い距離で過ごせるまたと無い機会だ。
静かながらに千咲が決意を固めていると、隆盛が自分へと声を掛けてきた。
「祥だっけ? 何でさっきから䰠宮の方を見てるんだよ?」
まさかの言葉に、千咲は「へっ!」という驚きの声と共に、椅子から飛び上がりそうになった。実際に飛び上がらなかった自分を褒めたいくらいだ。
そして隆盛の言葉に、帝、めぐみ、そして驚く櫻真の視線が千咲へと向かってきた。
内心で混乱が巻き起こる。
(どないしよう、どないしよう、どないしようっ!)
けれど、ここで固まってしまったら……櫻真に自分の気持ちが勘繰られてしまうかもしれない。ただのクラスメートである自分の気持ちが。そしてそれを櫻真はどう捉えるだろう?
驚く? 困る? 気持ち悪がられる?
パニックになりながらも、嫌な想像はどんどん千咲の中で膨らんでいく。
「……䰠宮君にばっかりに大変な事をさせてしもうてるから、悪いなぁと思って」
状況には合った内容を言ったつもりだ。けれど、この言い訳が上手く行くかなんて分からない。もしかすると、こんな見え見えの嘘はすぐにバレてしまうかもしれない。
不安で目を瞑りそうだった千咲だったが……
「あっ、そんな気にせんでもええよ。俺はただマーカーで色をつけてはるだけやから」
少し慌てた様子の櫻真が口を開いてきた。
慌てる自分に気を使ってくれたのだろう。そしてそんな櫻真に続くように帝が口を開いてきた。
「よし! 䰠宮! 俺もそっち手伝うぜ。残りの二枚を貸してみろよ」
間に座る隆盛を超えて腕を伸ばした帝に、櫻真が「ええけど」と返事をしつつ、資料を渡している。
そのおかげで、さっきまであった妙な空気は払拭された。
内心でホッと胸を撫で下ろす。そして思わぬ副産物で櫻真に助けられたことに、千咲は嬉しくなった。
(ホンマに、同じ班になれて良かった……)
千咲は心からそう思うのだった。
奈良県にある吉野山。
ここは、後醍醐天皇に纏わる歴史が根深く桜の名所でもある場所だ。秋の色が深まりつつあるのか、木の葉の色が緑から変わりつつある。
櫻真たちは有名な金峯山寺を見て回り、写真に収めていく。
(こんな風にゆっくり寺を見るの久しぶりかも……)
辺りを見回りつつ、櫻真がしみじみとそう思う。しかし、そんな櫻真の視線の先に寺の石灯篭の横でしゃがみ込む隆盛の姿が目に映った。
「何してはるんやろ?」
割と静かにしている隆盛を見て、櫻真が首を傾げていると……座る隆盛と目が合ってしまった。
(あっ……しまった)
けれど櫻真がそう思った時には、隆盛が立ち上がり自分の方へと近づいてきていた。
「おい、䰠宮」
「えっ、何?」
神妙な表情で声を掛けてきた隆盛に櫻真が返事をする。何を言われるのだろう? わざわざ自分に近づいてきたということは、何か話があるのだろう。
「お前、大人しくしてろ……とか、ここの奴に言われなかったか?」
小声でそう訊ねられ、櫻真は隆盛が大人しくしている理由にピンと来た。
「いや、言われてへんけど……むしろ、歓迎ムードというか……。そっちは大人しくしいって、言われはったん?」
櫻真が尋ね返すと、隆盛が静かに頷いてきた。普段はあまり些細な事を気にするタイプではない隆盛もさすがに『土地神』の声は無視できないらしい。
声聞力を有する者は、神社や仏閣に入る際に「土地神」の声が聞こえてくる事がある。その際に大方、聞こえてくる神託は……今の隆盛が言われたような小言だ。
今の時間帯は参拝するな、参拝する際に纏う色を改めろ、などのものだ。
声の聞ける者がそれを犯せば、それは土地神に背いたようなものだ。背けば必ず、何かしらの報いが待っている。
神といってもその意思は鋼のように強情であり、人の言葉など入る余地はない。つまりは理不尽な言葉だ。
櫻真はここに来たとき、肌心地の良い風を受けた。それは彼らからの歓迎であり、この地での制約はないという事だ。
「ったく、余所者だからって……こんな仕打ちアリかよ? 納得できねぇーー」
腕を組む隆盛は、ムスッと拗ねた顔をしている。
「気持ちは分かるけど、こればっかりはしゃーないわ。土地神様は、元々自分の見守る土地に住む人に温情を向けはるから」
「それにしてもよーー。こっちは学校行事で来てるんだから、ケチケチすんなよなぁ。てか、お前……」
土地神への愚痴を零しつつ、隆盛が横目で櫻真を見てきた。何かを探るような目だ。
「な、何?」
「さっき歓迎されてとか言ってたけど、お前が使役してる従鬼はどうなんだよ? やっぱり境内には入って来てないのか?」
訊ねられ、櫻真は「ああ」と胸の前で手を叩いた。
「桜鬼は……この林間には来てへんよ」
「マジかよっ!? 嘘だろ? そんな事言って、本当はどっかに待機させてるんだろ?」
驚く隆盛が櫻真の肩を掴み、激しく揺さぶってくる。
「えっ、えっ、そんな驚きはる?」
「当たり前だろーが! いつ、鬼絵巻が姿を現すかもしれないのに、従鬼を置いてくるか? それに俺も居んだぞ!」
(やっぱり、俺=鬼絵巻が出よると思うとったんや)
予想通りの隆盛たちの思惑に、櫻真は静かに溜息を吐き出す。
「……先に言うとくけど、今回、鬼絵巻は出てこうへんよ」
櫻真が自分を揺さぶってくる隆盛を止めて、一つの事実を告げた。すると、櫻真が思っていた通りの事を考えていたのか、隆盛が大きく目を瞬かせてきた。




