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迷い家 1

  第一節 迷い家


 ーー1つ、確かに分かるのは、私の気持ちが片思いである、ということ……。


 夏休みが明けて、9月も半ばを過ぎていた。

 秋の色は段々とその色を濃くしているが、まだまだ夏の暑さの尾を引きずっている。

「暑い時の体育は、やっぱりしんどい……」

 汗の流れる顔を手で扇ぎながら、溜息を吐いた。

「まだ暑いしな。でも、気温だけやないやろ? 櫻真の疲労の原因は」

眼鏡の曇りを体操着の服で拭いながら、雨宮が櫻真に話しかけてきた。櫻真と同じように体育をしてきたというのに、雨宮の顔に大粒の汗は流れていない。

 体育、やってた? と訊き返したくなるレベルの涼やかさだ。

「ああ、アイツやろ? 櫻真に対してめっちゃ対抗意識を燃やしてはる、最上(さいじょう)っ!」

 櫻真の代わりに答えてきたのは、雨宮とは対照的に真っ黒に日焼けした姿の守だ。守は野球部に入っているため、三人の中では一番、夏の変化を受けていた。

 守が出した【最上(さいじょう)】とは、隆盛の本当の名字だ。最初、櫻真も名字が違うことに驚いたが、【住吉】というのは、陰陽師としての源氏名のようなものらしい。

 住吉だと思い込んでいたのは、櫻真の他にも紅葉がおり、彼女も『最上』と聞いて、首を傾げさせていた。

「……ホンマに、勘弁して欲しいわ」

「櫻真、中二になって、変なやっかみが多くなってへん?」

「うん、まぁ……諸事情でな」

「諸事情って、どんな?」

 雨宮の言葉に、櫻真は一瞬だけ唸り声を上げた。妥当な言葉が全く思い浮かばないからだ。

(家庭事情、って言うのも変やしなぁ)

 とはいえ、隆盛は始業式と共にやってきた転校生だ。普通に考えれば、ライバル視されるような関係性になりはしない。

(雨宮は占術のことを知ってはる言うても、陰陽道云々とは思ってへんしな……)

 これはかなり説明しにくい。

 そのため、櫻真は……

「まぁ、アレや。ちょっと夏休みの間に関わる機会があってな。あっ、次って国語やったっけ? 移動教室とかやなくて、良かったわ」

 致し方なく、話を適当に摩り替えることにした。

 けれど、そんな白々しい話題変更に雨宮と守が櫻真に目を細めさせてきた。

「櫻真、これで逃げられると思うたらアカンで?」

「そうや。絶対に後で説明してもろうからな?」

 雨宮と守からの釘刺しに、櫻真は苦笑を浮かべる。説明は簡単に出来たとしても、その理由を告げた瞬間。

「櫻真、中二だからって、厨二病になったらアカンよ」

「まぁ、気持ちは分からへんでもないけどなぁ……えっ、もしかして最上とは厨二病仲間なん?」

 などと言われかねない。

 紅葉に付いたように、ゲームで繋がったという嘘も言えない。紅葉はゲームなどに興味はないが、雨宮も守も、櫻真がやっているようなゲームはプレイしているからだ。

(もう、ここはとことん白を切るしかないやろうな……)

 内心で櫻真が溜息を零していると、

「あの、䰠宮君」

 後ろから声を掛けられた。掛けられた声に櫻真は一瞬、胸をドキッと鳴らしながらう後ろに振り返った。

「祥さん、えっと、俺に何か……」

 内心でのテンパりを悟られないように、櫻真が慎重に言葉を返す。

 話しかけて来た千咲は、紅葉と同じくラクロス部の部員だ。そのため、守ほどではないが、少し肌が焼けており、体育後の為か、肌も少し汗ばんでいる。

 千咲が櫻真にはにかむような笑顔を浮かべ、口を開く。

「えーっとね、ほら林間学校の事なんやけど……班に転校生の最上君を混ぜて欲しいって」

 最後に放たれた千咲の一言で、櫻真の体に走っていた緊張が一気に払拭される。

(えっ、何で?)

 思わずそんな疑問が口から出そうになるのを、櫻真は必死に堪える。

 しかし、言葉にしなくても櫻真の疑問は表情に出ていたらしく、千咲が続けて話を続けてきた。

「立川先生が決めはったみたい。䰠宮君と最上君は馬が合ってそうやからって」

「…………罠や」

「えっ?」

「あっ、いや何でもない。ホンマにいきなりやったから、その……驚いてしもうて」

「そっか。でも、私も少し驚いたなぁ。最初、最上君は祝部君たちの班やったから。でも、一緒に楽しめるとええね?」

 屈託のない笑顔を向けてきた千咲に、櫻真は「そやなぁ」と気の抜けた答えしか返せない。どうして、わざわざ自分と同じ班に住吉を入れたのか? その疑問が頭の中を渦巻いていたからだ。

(もしかして、俺と一緒に居れば……鬼絵巻に会えるとは思うとるんかな?)

 これまでの過程を考えると、その可能性は十分にある。

 櫻真が千咲と別れ、深い溜息を吐く。

「何か……気が重くなってきた」

 櫻真が愚痴るように言葉を漏らす。するとそんな櫻真に雨宮が首を傾げさせてきた。

「そんな気落ちせんでも大丈夫やろ? 住吉って熱血っぽい所はあるけど、根は悪そうやないやん?」

「まぁ、そうなんやけど……面倒事を持ってくる天才というか……」

「そうなん? 櫻真の班って最上と祥の他に、平松と金子やったっけ?」

「うん、そう……」

「あちゃ〜〜、見事にグループ違いの奴らやな」

 肩を落とす櫻真に、守が戯けた口調を出してきた。

「雨宮と坂口はええな。一緒で……」

 そう、櫻真以外の雨宮、守、紅葉は全員が同じ班であり、櫻真は除け者になってしまったのだ。只でさえ、コミュ二ケーション能力が乏しいのに。

 明らかにショックを受ける櫻真を見て、雨宮と守が二人で肩を竦めさせる。

「櫻真もこれを機に少しは耐久つけた方がええで?」

「そうやな。自分自身でもそう思うわ」

「まぁ、悪いことばかりでもあらへんやろ?」

 あっけらかんとした口調で、雨宮が櫻真の肩を軽く叩いてきた。

 しかし、そんな雨宮の言葉に櫻真は頷くことができない。これまで、隆盛たちと関わって平穏無事に過ごせた事がないからだ。

(家に帰ったら、占術してみよ……)

 自分の中で覚悟を決めるためにも。

 そんな櫻真の視線の先に、社会科の教材を持った夜鷹の姿が映った。

「二人とも先に教室に入っとって。俺、ちょっと……」

 二人にそう言って、櫻真が夜鷹の元へと駆け寄る。

 すると自分の方にやってくる櫻真に対し、夜鷹がニッコリと笑みを浮かべてきた。

 夜鷹は、怪我で入院した鹿渡に代わり、櫻真たちのクラス担任となって姿を現したのだ。担当科目は社会。すでに生徒からは若くて、綺麗という事で一目おかれている。

「体育の授業、ご苦労様です」

「どうも。ってその話やなくて、いきなり班編成を変えたのは何の意図ですか?」

 笑顔の夜鷹に櫻真が胡乱げな視線を返す。

 するとそんな櫻真を見て、夜鷹が自身の顔の前で両手を合わせてきた。

「まぁ! 早くも連絡が行き届いた様で何よりです。転校生である隆盛君が早く学校に馴染める様に、よろしくお願いしますね?」

 清々しいほどの白々しさに、櫻真が溜息をこぼす。

「……何か期待してはるかもしれませんけど、何も起きませんからね?」

 先手を打って、櫻真がそう忠告する。

「大丈夫ですよ。私たちも過度な期待はしておりません。薄っすらとした希望を抱いているだけで」

(絶対に薄っすらやない気がする……)

 そう思いながら、櫻真が溜息を吐く。

 平穏だったはずの学校が一気に不穏な場所に変貌してしまった気分だ。

「そうですか。じゃあ、最後にこれだけ。前にも訊いた質問なんですけど、本当に鹿渡先生の怪我と貴女は……」

「はい、全くもって無関係です」

 間髪入れずに、夜鷹からの返答が返ってきた。

 あまりの即答振りに、夜鷹の胡散臭さが櫻真の中でさらに増していく。

「でも、凄いええタイミングですね?」

「ええ、本当に。まるで教員免許を持っていた私がまるで導かれたかの様ですね。まぁ、教員といっても、夏は羽目を外したくなるのでしょう」

 いけませんね、と呟きながら溜息を吐く夜鷹。そんな彼女を櫻真がさらに追求する。

「いや、入院するほどの怪我をする羽目の外し方ってします?」

「まだ中学生の貴方には、分からないかもしれませんが……時に飲酒は人を駄目にするものですよ?」

 真剣切った表情の夜鷹に、櫻真が目を細める。

「つまり、酒を飲ませて……」

「違います。私はとある宗教に準じる宗教者ですよ。己の欲の為に人を陥れることなどするはずありません。もしそんな事をしてしまったら、この身は業火の炎に焼かれる事になるでしょう」

 目を閉じて、真に自分の無実を訴えかる夜鷹に、櫻真は溜息しか出てこない。

(前に会った時もそうやったけど……)

 この人は、聖職者なんかに絶対に向かない。櫻真は強くそう思う。

「……もうええです。俺は教室に戻ります」

 諦めの境地で櫻真が再度、溜息を吐いてその場を後にする。

 しかしそんな自分の背中へと、言葉を投げてきた。

「䰠宮君、貴方は学生。なら、学生は学業を本分とし、その本分に准じるべきです。つまり、林間学校を楽しむべきですよ」

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