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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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エピろーグ2

「一時間って、ホンマにあっという間やな……」

 フェリーを降りた櫻真たちは、重い瞼を擦りながら強い日差しを浴びていた。

 マカオは香港と同じく、中国の特別行政区の一つだ。元々はポルトガル領だった為か、南欧風の街並みが広がる場所だ。

 昨日の件で疲れていなければ、櫻真たちも初めて感じる南欧風の雰囲気に気分を良くしていただろう。現に一緒にフェリーに乗って来た母親の桜子などは、目を輝かせながら街並みをカメラで撮影している。

 浅葱もそんな桜子と共に、雰囲気を楽しんでいる様子だ。

(俺もこの瞼がこんなに重くなければ……)

「櫻真、やはり辛いかのう?」

 ぼーっとする櫻真の身を案じて、桜鬼が心配そうに櫻真の顔を覗き込んできた。櫻真が桜鬼に向かって、小さく笑い返す。

「大丈夫。さすがに眠いけど……歩けへん程ではないから。俺も桔梗さんのガッツを見習わへんと……」

 答えた櫻真の視線の先に、聖ポール天主堂の前にあるお店でエッグタルトを買う桔梗の姿を見た。勿論、その顔には覇気がなく『何が何でもエッグタルトを買う』という執念だけが顔に張り付いている。

「うむ。まさか……あそこまで食に対する熱意が強いとは。鬼絵巻を追っている時よりも熱意があるように感じるのは気の所為かえ?」

「いや、うーん。気のせいやないかも」

 桔梗は正真正銘の甘党だ。

 甘味に対する情熱は物凄く、冷蔵庫には常にチョコレートを完備しているらしい。あとはバレンタインに貰ったチョコを残さず食べ、鼻血を出したという逸話もある。

 冷静そうな桔梗からすれば、かなりギャップのある話だ。

(人は見かけに寄らないって事もあるしな……)

 しみじみとそんな事を思いながら、櫻真たちはマカオの街並みを見たあと、お昼にポルトガル料理を食べ、マカオタワーの方へと向かう。

  道中、マフィンや卵プリンを食べ、桜子や桔梗に至ってはセラドゥーラというメレンゲクリームとクッキーで出来たポルトガルの名物デザートを腹の中へと収めていた。

「僕、上に行くの辞めとくわ」

 マカオタワーの真下へと来て、そう言い出し始めたのは父親の浅葱だ。浅葱の言葉で桜子も何かを察したかのように、

「じゃあ、櫻真たちだけで上まで登ってきはる?」

 そう問いかけてきた。

 きっと、浅葱を一人だけ残すわけにはいかないと思ったのだろう。しかし、そんな桜子へ桔梗が口を開いてきた。

「それじゃあ、僕も上に行く気ないんで……桜子さんは櫻真君たちと一緒に見て来はったらどうです?」

「えっ、でも桔梗さん。ええんですか?」

「構いませんよ。バブちゃんである浅葱さんは僕が見ときます」

 申し訳なさそうにする桜子に、桔梗が笑顔で答える。けれどそんな桔梗の足を浅葱が踏んづけた。

「何がバブやねん。むしろ桔梗と待つんやったら、一人で向こうの店に入ってた方がええわ。お気遣いなく〜〜」

「年長者の癖に、本当に大人気ない人ですね。そういう所がバブちゃんなんですよ」

 そう言いながら、桔梗がやり返しで浅葱の足を踏む。

「……大人気ない泥仕合の始まりやな」

 浅葱と桔梗のやり取りを見ながら、菖蒲が呆れたように溜息を吐く。

 結局、桔梗と浅葱は一回のベーカリー屋に残り、櫻真たちはエレベーターを使って展望台へと向かった。

 夜になれば、カジノから漏れる光などが楽しめるらしい。

「櫻真、櫻真! 窓の外を人が歩いておるぞ!」

 桜鬼が指差したのは、マカオ・タワー名物のスカイウォークだろう。地上233mの展望台の外部通路を歩くアトラクションだ。

「こんな惚けた時やなかったら、やりたいんやけどなぁ……」

 櫻真がそう呟くと、

「やればええんちゃう? 折角や。僕もバンジーやろうと思うとるし」

 背後から菖蒲がそう声を掛けてきた。

「えっ、菖蒲さん……バンジーをやる気なんですか?」

 目を見開いて櫻真が菖蒲へと訊き返す。菖蒲も櫻真たちと同じように徹夜明けでもあり、疲れているはずだ。

 それにも関わらず、バンジーをするという。

「ええ機会やからな。百合亜と藤も儚たちが見てくれはる言うから」

「なるほど。一人で飛びはるんですか?」

「いいや。あと桜子さんも飛びたい言うとったから、今のところ、僕と桜子さんと魄月花の三名やな」

 指を3本立ててそう言ってきた菖蒲に、櫻真が苦笑を零す。

(凄いタフやな……菖蒲さん。いや、でも昔からそれっ気はあったかも)

 桔梗が冷静沈着そうな顔の割に甘党ならば、菖蒲はインテリ顔の割にフットワークが軽いのだ。

「櫻真、バンジージャンプとは何じゃ?」

 話を聞いていた桜鬼が首を傾げさせてきた。

「えーっと、バンジーっていうのは足にゴムを付けて、高い所から飛ぶ遊びの事かな」

 説明する最中、他の観光客がバンジーをする準備を始めた。少し小太り気味のおじさんがソワソワした様子で、インストラクターの人と話している。

 そしてカウントダウンが言い終わるのと同時に、地上へ向かって飛んでいく。

 爽快さと恐怖が入り混じった悲鳴が、櫻真たちの耳に届く。

「アレがバンジージャンプ」

 櫻真が桜鬼の顔を見ると、桜鬼は「おおっ!」と声を上げて興味津々の表情を浮かべてきた。

「……桜鬼もやりはる?」

 櫻真がそう訊ねると、待ってました、と言わんばかりに桜鬼が、

「うむ!」

 と力強く頷いてきた。



 マカオを堪能した櫻真たちは、行きと同じようにフェリーに乗り九龍島の方へと戻ってきていた。

 夜の香港の繁華街は、昨日の事が嘘かのように賑わっている。

 櫻真たちはそんな繁華街の一角にある、上海蟹の餡掛け麺で有名なお店に来ていた。

「何はともあれ、予定通りにこの店に来れて良かったわ」

 しみじみとした声の桔梗がそう言いながら、頼んだ紹興酒に口をつけている。

 丸いテーブルの上に、小エビの香草炒めや、蟹の餡掛けスープなどが並べられていた。

「さすがにな……地獄の門の一つを閉じることになるとは思わへんかったわ」

 つまみとして小エビを食べる菖蒲に、

「今回の規模は過去最高級やない? 何とか無事に捕まえられたからええけど」

 溜息混じりに儚が答える。

「むしろ、何で置き土産がマショマロマンやったんやろ?」

 中国茶を飲みながら、蓮条が不可解そうに首を傾げさせる。

「確かにそうやな……。いくら何でもアリな鬼絵巻でもマショマロマンは知らへんやろうしなぁ……」

 偶々にしては、余りにも似過ぎている。しかし、鬼絵巻とマショマロマンの接点がまるで思い浮かばない。

 テーブルに座る全員の頭に疑問符が浮かんでいる。明確な答えが出ないとき、人は沈黙になるものだ。

 しかし、そんな出口のない謎の答えは、もう一つのテーブルの方からやってきた。

「百合亜たち、知ってるよ。ねぇ、藤ーー?」

「うん、知ってる」

 二人からの言葉に、櫻真たちが一斉に目を丸くする。

「じゃあ、何で、鬼絵巻はマショマロマンを登場させたわけ?」

 蟹麺を啜っていた瑠璃嬢が百合亜たちに訊ねる。すると百合亜と藤が声を合わせて、

「前にね、プヨちゃんと一緒に見たの。オバケを掃除機みたいな武器で倒す映画。そこに出てきたからだと思う」

「……マジか。映画のオバケをそのまま再現したってこと?」

 信じ難い事を聞いたかのように、瑠璃嬢が眉を顰めさせる。すると、百合亜たちの横にいた魘紫が頭を大きく頷かせてきた。

「おう! 絶対そうだな。多分、あの映画の再現しようとしてたんじゃね? あの映画でも街中にすげー沢山の幽霊が出てたもんな」

 ケラケラと笑う魘紫の言葉に、絶句する櫻真たち。

(映画の再現って……嘘やん……)

 不可解な謎の霧は、呆気なく晴れてしまった。今回の件が、こんな仕様もない原因と理由で起っていたとは……。

(オチがアホらし過ぎる……)

 おそらく、こう思ったのは櫻真だけではないだろう。

 そしてそんな自分たちの気持ちを代表するように、菖蒲が口を開いてきた。

「僕はホテルに戻ったら、すぐに寝るわ。もう、寝るしかない」

 櫻真たちはその言葉に、深く、深く、頷いた。



 櫻真たちは、4泊5日の香港旅行を終え……京都に戻ってきた。

「ああ〜〜、何やろう? めっちゃ落ち着く……」

 自分の部屋のベッドに寝転び、櫻真は代え難い安心感に心を癒されていた。

 少しの間だけ離れていただけなのに、見慣れた京都の街並みが、雰囲気が、家が、匂いが、全て尊く感じられる。

「うむ、やはり和は字の如く和むのう。やはり、日本が一番じゃ」

 桜鬼が櫻真にむぎゅうっと抱きつきながら、しみじみとした声を出している。桜鬼も櫻真と同じように、安心感や親しみを感じているのだろう。

「それにしても……父さんと桔梗さんの飛行機嫌いには驚いたな……」

 帰りの飛行機の時間帯は、皆一同という具合だったのだが……出発ロビー内での桔梗と浅葱の溜息の数が尋常ではなかった。

 浅葱は熱心に、妻である桜子に「楽にさせて……」と危うい事を言っており、桜子は「たった四時間で睡眠薬は渡せません」と突っぱねていた。

 浅葱は酒が飲めない体質のため、酔って恐怖心に打ち勝つことができないのだ。

 しかも浅葱が所望する睡眠薬は、夜にぐっすり眠れるようにする強力なものだ。桜子ではなくても、薬は渡さないだろう。

 そんな浅葱の横では、酒が飲める桔梗がビールを何杯もお代わりしていた。

 そして、哀愁漂う顔で「おかしい……。全然酔えへん」と呟いていた。

 酒が引き起こす酩酊感よりも飛行機に対する恐怖心が優っているのだ。二人のそんな状態を見て、不憫と思う反面、何もそこまで……という気持ちにもなった。

 結局、浅葱たちが危惧するような事も起こらず、飛行機は無事に日本へと到着した。

 日本に着いた時には、香港の空港ロビーで青褪めていた二人の姿はなくケロっとしており、四時間前の様相が嘘のようになっていたのだ。

「あの様子じゃ、当分飛行機は乗らへんな……」

「うむ。そうじゃのう」

 櫻真の呟きに、桜鬼が頷き、そんな二人の耳に鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。

「夏ももう終わりじゃのう」

「そうやな……」

 つまり、それは夏休みの終わりという事もでもある。

(ホンマに、色々あったな……今年の夏休み……)

 夏祭りから始まり、今回の香港で閉じた夏休みは……今まで過ごしてきた夏の中で、一番慌ただしい夏だったことに間違いない。

 そしてその慌ただしさは、夏が明けてもやってくるはずだ。

(全てが、嫌ってわけやないけど……)

 大変な事は多い。困るし、怖くなる時もある。しかし、これらの経験を経たからこそ得るもののが、確かにあった。

 櫻真がベッドに横たわりながら、静かに目を瞑る。



 9月1日の始業式に目を丸くさせる事を櫻真は、まだ知らなかった。

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