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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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ドーマンの印

 浄清具とは、浄化の力のこもった術具の一つだ。護符のように術者が事前に声聞力を込めておく物もあるが、自然とその力が宿る物もある。

 このストラップが前者か後者かは分からないが……力の持った浄清具が、ただのお土産屋にあるとは思えない。

「えっ、嘘やろ……」

「莫迦な! 直に触っていても、その様な気配はまるでせぬぞ!」

 魄月花の言葉に、櫻真と桜鬼で目を丸くさせる。

「そりゃあ、そうだ。力が漏れないように、封じてあるし」

 そう答えながら、魄月花が持つストラップを指で弾く。するとストラップと共に付いていた鈴がチリーーーーンと、透き通るような音を鳴らしてきた。

 音と共にストラップの中に内包されていた浄化の力が一気に止めどなく溢れ出し始めた。

(こんな事があるなんて……)

 まさにただの砂が砂金に化けたかのようだ。

「じゃが、櫻真……これ程の浄化があれば……何とかなるかもしれぬぞ」

「うん、そうやな。儚たちと合流できれば何とかなるかも」

 櫻真が頷くと、桜鬼がニィっと不敵な笑みを浮かべてきた。

「櫻真、言っている側から……儚たちが戻ってきたようじゃ」

 海上の方を見ると、回収組であった儚、魁、瑠璃嬢、魑衛の四人の姿が見えた。しかも自分たちを指差しているということは、向こうも自分たちと合流する気だったらしい。

「良かったわ〜〜。すぐに合流出来て……」

 魁と共に広場へとやってきた儚が、急ぎ足で櫻真たちの元へとやってきた。

「儚たちの方は、無事に鬼絵巻の回収が成功したんやな?」

「うん。そこはホンマに良かったんやけど……あの瘴気をウチと一緒に祓えるくらいの声聞力は残ってへんねん。だから櫻真の声聞力が使えるようになってたら……と思うて」

 もしこの言葉を数分前に聞いていたら、櫻真は頭を抱えていただろう。

 そう思いながら、櫻真は静かに首を横へと降った。

 希望が消えたと思ったのか、儚たちの顔が一気に曇らせてきた。

「儚。その顔するのはまだ早いで? 確かに今の俺は声聞力がまだ使えへんけど……その代わりに、これがあるんやから」

「これって……ストラップ? えっ、何でこんな、浄の力が溢れとんの? 何処で手に入れはったん?」

 櫻真の手にぶら下がったストラップを見て、儚が目を見開く。

「驚きはる気落ちも分かるけど、詳しい話は……アレを祓ってからにしよう。儚、戻ってきたばっかりで悪いんやけど、頼んでもええ?」

 儚に頼みながら、櫻真は何も出来ない自分に不甲斐なさと歯痒さを感じる。

 気持ちだけで言うなら、戻ってきたばかりの儚に頼らず、桜鬼と共に自分で祓いに行きたいくらいだ。

「任せて。ウチと魁でばっちり祓ってくるわ。だから、櫻真もあんまり無茶しようと考えたらアカンで?」

「分かっとるけど、何で?」

 自分の内心を見透かしたかのような言葉を吐いてきた儚に、櫻真が心外そうに返す。すると、櫻真からストラップを受け取った儚が苦笑してきた。

「櫻真は、ウチと似とる所があるから、何となく……。あーー、きっと昼間の蓮条もこんな気持ちやったんやなーー! 今、やっと分かったわ」

 櫻真たちに背中を向けて、安堵したような、スッキリしたような声を出している儚。

「そっか。良かったな、好きな人の気持ちが分かりはって……」

 素直な気持ちを櫻真が口にすると、儚が顔を横に向けて櫻真へと照れ笑いを浮かべてきた。そしてすぐに顔を正面に戻し、魁と共に瘴気の塊へと向かっていく。

「正直な話……今回は自分の不甲斐なさに溜息しか出てこないわ」

 広場の地面に座り込んだ瑠璃嬢が、言葉通りに溜息を吐いてきた。いつも得意げで勝ち気な彼女にしては、珍しい反応だ。

「瑠璃嬢でも、自分を情けなく思う時があるんやな……」

「アンタの中で、あたしの人物像はどうなってるわけ?」

「そうだ。貴様、私の全てである瑠璃嬢に対して、不敬極まりないぞ」

「いやいや、別に悪意があるわけやなくて……ただ珍しくて」

 一斉にこちらを睨んできた瑠璃嬢と魑衛に櫻真が慌てて答える。

「アンタ、それ全然上手いフォローになってないから」

「うっ、まぁ……」

「別に良いけど。自分でも珍しい状況にはなってると思うし。けど今回、あたしがアンタたちに助けて貰ったのは確かでしょ?」

 過去を振り返るように話す瑠璃嬢の声音には、いつものハキハキとした感じはない。やはりどこか疲れているようにも見えるし、落ち着いているようにも見える。

「ねぇ、アンタさ覚えてる? あたしは当主になれないって言ったこと」

「覚えとるよ」

 鞍馬山で櫻真が瑠璃嬢と対峙した時に、言い放った言葉だ。あの時の瑠璃嬢は、私情に飲まれていた。そんな人物に下につく人たちを纏める事が出来ない。

 櫻真はそう感じて、あの時は瑠璃嬢に「当主になれない」と告げたのだ。

「……何で、今そんな話を?」

 小首を傾げさせる櫻真に向かって、瑠璃嬢が小さく鼻で笑ってきた。

「別に大した理由じゃないし。むしろ、ただ何となく思い出しただけだから。あーー。本当に疲れた。早く寝たい」

(上手い具合に話を逸らされてしもうた……)

 地面に座りながら、首をゆっくりと回す瑠璃嬢の姿に……櫻真が静かに肩を竦めさせる。話を逸らしてきたという事は、話す気がないということだ。

「気持ちは分からなくもないけど、儚が帰ってくるまでは寝たらアカンで?」

「分かってる。けど……まぁ、大丈夫でしょ? 儚って、口では「無理」とか言いながら、結局、やり切ってくるんだから」

 投げやりの様にも聞こえる瑠璃嬢の言葉。

 しかし、そこには揺るがない儚への信頼が覗いていた。

(いつの間に、こんなに仲良うなりはったんやろ?)

 内心でそう思いながら、櫻真は瑠璃嬢の言葉に微笑んで頷き返した。



「鬼絵巻が始まった頃に比べると……儚も逞しくなったな」

 運ばれている途中、不意に魁からそんな事を言われた。

「えっ、そうかな?」

 思わず儚が顔を上げて訊ね返す。正直、自分自身ではあまり感じていない変化だ。しかし、首を傾げさせる自分とは反対に魁が頭を頷かせてきた。

「ああ、なってるぜ。俺と契約したばっかりの儚だったら一人で何かデカい事をやるなんて……凄く嫌がってただろ?」

「一人って、魁がおるやん」

「はは。俺は頭数に数えるな。俺はお前の従鬼だから、居るのは当然だ。それに、俺を使える奴にしてるのは、儚だしな」

 返された魁の言葉を聞きながら、儚は考える。魁を含めずに、自分が一人で困難な状況に立ち向かう姿を。

 考えながら、儚は手に持ったストラップを見た。小さい鈴と毛沢東のついたストラップ。正直、これが浄清具でなければ、こんな状況でなければ手に取る事のないものだ。

 しかし、これにはかなり強力な浄化の力が宿っているのは確かだ。手に握りながら儚もその力をヒシヒシと感じている。

 自分はそれを握り締めながら、魁と二人で、鬼絵巻が残した瘴気の塊を浄化しようとしている。

「……確かに、少し前のウチやったら、不安で泣きそうになっとるかも……」

 きっと恐らく、やらないという選択肢は取らないだろう。

 動けるのは自分だけという状況下で、「怖いから、行きたくない」という選択を取れないのが自分だ。しかし、だとしても今の自分みたいに「任せて」と即答はしていなかったはずだ。

 即答できる余裕も自信も儚にはない。

 持っているとしたら、自分というより瑠璃嬢の方だ。

「……ウチ、感化されてしもうたんかな? 瑠璃嬢に」

 やや神妙な声音で儚がそう呟くと、魁が凄く愉快そうな笑い声を上げてきた。

「魁、そんな笑わへんでよ。これはウチにとって重大問題やで?」

「はは。重大問題と来たか。そりゃあ、また大きい問題だな? どうしてだ?」

 面白そうにニヤニヤと笑う魁に、儚が不服そうに頬を膨らませた。

(絶対にわざと聞いとる……)

自分があの傲慢で、猪突猛進で、デリカシーのない瑠璃嬢に感化されたら、それこそ女子力というものが大暴落しかねない。

 どんなに頑張って、蓮条に『自分と似てる』と言われる事があるかも? と前向きに捉えようとしても……プラスマイナスゼロ。むしろ、瑠璃嬢に近くなった自分が好かれた、なんて事実はかなり微妙で、儚の中で永遠の謎とジレンマになりかねない。

「……やっぱり、感化されてるかも説はなし。ええね?」

「一人で自己完結したってわけか。ああ、良いぜ。儚がそう言うんだったら……そういう事にしとくしかねぇーな。さて、親玉の所に到着だ」

 階段のように展開した結界を跳躍していた魁の足が止まる。

 目の前では、人畜無害そうな瞳をしながら、瘴気を放ってくるマショマロマンお化けが儚たちを見つめてくる。

 儚は櫻真から託されたストラップを手に祓いの術式を唱え始めた。

 けれどその詠唱を儚が唱え始めた瞬間、瘴気の塊に動きが見えた。パンパンに膨れた大きな手を儚たちへと、勢いよく振り下ろしてきたのだ。

 儚たちを自分の敵認定してきたのだろう。

「おっと!」

 魁が縄跳びを跳ぶかのように、その手を軽々と避ける。だがそこへ、もう片方の手が横から飛んできた。

「儚、俺の首に捕まってろよ!」

「えっ、いっ! 嘘ーー!」

 儚が両手で魁の首に捕まった瞬間に、横から来る平手打ちを魁が取り出した槍で受け止める。

「魁! 刺したらアカンからね?」

「ああ、そうだな。だから、儚は安心して浄化の術式を組み始めて良いぞ。絶対に向こうの攻撃は当たらねぇーし、防いでやるから」

 頼もしい魁の言葉に、儚は笑顔で頷いた。

(今のウチがやることは、この瘴気を祓うこと)

 自分たちに向かってくる障害は、魁が何とかしてくれるはずだ。

 儚はそう信じて、再び詠唱を始めた。その間に、敵の放った瘴気が儚たちへと連続的に飛んでくる。魁がそれを大槍で往なし、斬る。

 間隙ない瘴気の砲撃は、魁が放つ雷で相殺していく。

 槍で防ぎ切れないものは、上へ飛び、急降下し、後退し、前進する。集中して術式を組んでいなければ、儚は何度か絶叫していただろう。

 しかし、儚は襲い来る敵からの攻撃に叫ぶよりも、嵐の中にでも居るかのように、目まぐるしく変わる状況変化に身体を強張らせる事もしなかった。

 ただ一心に術式を組んでいく。

 今回の厄介事を終わらせるために。

「ーー呪禁の法の下、この地に振りし災いを絶ち給え。この地に蔓延りし厄を祓い給え。急急如律令!」

 左手で浄清具であるストラップを持ち、右手の指剣を瘴気の塊である敵へと向けた。

 その瞬間、ストラップから一条の光が瘴気の塊へと伸び、それが縦5本、横4本の線からなる格子状の印となって伸びていく。

 これは紛れもないドーマンの印だ。

 ドーマンの印に重なるように、儚の指剣によって描かれたセーマンの印が描かれる。

 二つの清めの印に包囲された瘴気は、天に向かって大きな咆哮を上げた。

 己の消失前に叫ばれた断末魔であり、最後の抵抗だ。しかしその叫びすらも、清められ、澄んだ空気へと浄化されていく。

 体は白い光の中へ溶けていくように、消え去った。

「……終わった」

「ああ、よくやったな。儚」

 ぼそりと呟いた儚に魁がニッコリと笑ってきた。そしてそんな儚たちを、水平線の向こうから、太陽の光が顔を出してきた。夜が明け朝を迎えたのだ。

「ありがとう、魁。それからお疲れ様」

「おう。じゃあ戻るか」

 二人で安堵の笑みを浮かべながら、儚たちは櫻真たちがいる広場へと戻った。

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