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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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勝負は帰結する

 その間にも二つの光は、どんどん上へ上へと昇ってくる。

 魑衛が刀を両手で構え、鬼絵巻が門から飛び出しす、その時を虎視眈々と待つ。

 そして……

「来た!」

 二つの光が海上へと姿を現した。その機を逃すまいと、瞬時に五人の術者による封門の術式が発動された。五つの点が浄化の線で結ばれ、地上に巨大な五芒星を描かれる。

 光る五つの点が線で結ばれると、海が、大地が大きく縦に揺れた。海面に空いた穴が急速にしぼまり、閉じていく。

 門が閉じるのに合わせて、地上に溢れていた悪霊、邪鬼たちが門の中へと勢いよく吸い込まれていく。香港中を飛び回っていた恐竜、街を闊歩していた幽霊や邪鬼たちの全てが。

 一瞬、圧巻されてしまいそうな光景だ。

 地獄へと堕ちる悪霊と邪鬼たちの阿鼻叫喚が結界内で反響する。

 甲高い金切り音は、思わず耳を塞ぎたくなる程の音だ。

 瑠璃嬢たちはそんな轟音に顔を顰めながら、次の段階へと移行していた。

 儚の詠唱が終わる。同時に魁が片方の手で持っていた大槍を天の方へと放り投げた。

 勢いよく放り上げられた大槍は、結界の天井へと衝突し……呆気なく砕けてしまう。けれどそれは結界で破られたのではない。

 衝突し、砕ける事で、雷の種子を結界内に飛び散らせたのだ。

 飛び散った種は結界内で芽を萌芽させ、万雷を呼び覚ました。結界内の至るところで、音を掻き鳴らしながら、熱を放っている。空気すらも振動させる雷の荒々しさ。

 それは敵に刃を向けられる時とは、また別種の圧がある。

 瑠璃嬢は万が一にも、その雷光の直撃を避けるため、強い守護の術を自身と魑衛へと付与する。

 視界は雷の強い光の所為で、チカチカと明滅している。けれどそれでも、雷と衝突し弾ける何かを視認することはできた。

「魑衛っ!」

 瑠璃嬢が魑衛の名前を呼ぶ。すると魑衛がすぐさま横へとやってきて、瑠璃嬢の腰に手を回してきた。

「瑠璃嬢、私が作戦地点まで運ぶ。魁の奴め、いつになっても術のコントロールが甘い。アイツは、飛び道具類など絶対に不向きだろうな」

 呆れた口調で愚痴を零し、瑠璃嬢を鬼絵巻の近くまで魑衛が運び始めた。

無数の雷の柱に衝突する鬼絵巻。衝突しては、別の場所で衝突するという動作を繰り返している。

 いたる所で衝突を繰り返す、鬼絵巻に脇目も振らず、稲妻の中を駆け、魑衛は一点の場所を目指している。

 広範囲の結界とはいえ、結界内に風はない。その為、気温と共に体感温度が飛んでもない事になっている。汗が額から吹き出すように流れ落ちる。

「作戦地点までは?」

「もうすぐだ」

 魑衛の返事の通り、急に視界が開けた。

 開けた場所は円形の形をしており、目視でいうと直径100を超えるか超えないの広さだ。

 その円形の外部は止むことのない、雷が落ちており、さながらこの場所は避雷所的な空間だ。

「瑠璃嬢、私は今からこの場所の天井を斬る」

「斬るって、そしたら結界が消えちゃうじゃん」

 魑衛が結界を斬るという事は、そういう事だ。それでは、せっかく鬼絵巻の行動範囲を制限できる檻を自らの手で壊すのと同義だ。

 同じ結界を張り直すといっても、魄月花の主である菖蒲は封門の術を使っている。再び強力な結界を組めるかは分からない。

 眉を顰める瑠璃嬢に、魑衛がフッと笑ってきた。

「確かに私の刃で斬れば結界は消滅する。けれど、魄月花の結界は鬱陶しいと思うほどに強力だ。きっと結界を破るより、奴本体を叩く方が楽なくらいだ。故に、あの一部を斬り取ったくらいで、この結界は消滅しない。丁度、空気の入れ替えもしたい。それに合わせて奴もノコノコと顔を現すだろう」

 一通りの魑衛の言葉に頷き、素直に思ったことを瑠璃嬢が口にする。

「アンタって、あたしと同じく単細胞だと思ってたけど……地味に考えてんのね」

「無論。瑠璃嬢が私の足らぬ所を補うように、私も君の足らない所を補うだけだ」

「つまり、アンタはあたしを馬鹿だと?」

「いや私はそういう事を言ったわけでは……」

「嘘、嘘。揶揄っただけだから。ほら、やるよ」

 焦り顔を浮かべた魑衛を瑠璃嬢が小さく笑い、結界で自分の足場を作った。

 魑衛がそこへ瑠璃嬢を下ろし、すぐに真上に向かって跳躍した。跳躍した魑衛の姿が変化し、点となり、そこで一閃の光が閃めく。

 雷の光ではない。魑衛が天井となっていた結界の一部分を斬った斬撃だ。

 斬れた瞬間、瑠璃嬢の髪の毛が上へと広がった。飽和状態にあった空気が抜け道を見つけて、流れ始めたのだ。

 そしてその気流の中に……

「ビンゴ」

 鬼絵巻の姿を見つけた。

 気流に身を任せているつもりなのか、動きは速くない。

 上にいた魑衛も鬼絵巻に気づき、身を上下逆さに翻した。自分より下にいる鬼絵巻に向かって魑衛が頭から突っ込んでいく。

 大体、瑠璃嬢との距離は二〇メートルくらいだ。

(……下手に距離を詰めない方がいいか)

 距離は詰めない代わりに、すぐに動き出せるように、幾つもの結界の足場を形成していく。

 その間に魑衛は、柱や壁のようにも見える大きな稲妻の方へと鬼絵巻を追い込み、挟撃するような形で鬼絵巻に無数の斬撃を飛ばしている。

 瑠璃嬢が指剣を構え、その斬撃に空気の刃を追加させる。

 魑衛が生み出す斬撃と、風の刃が容赦なく鬼絵巻へと襲い掛かる。いくら、小さい体の鬼絵巻とはいえ、この刃の群れから逃げるのは無理だ。

 呆気なく、鬼絵巻の体が散り散りになる。

 道端に落ちている小石よりも小さくなる鬼絵巻の体。

 けれど、その体は刃の群れが去ると……一瞬で一箇所に集まり、元の形へと再生してしまう。

 太平山の時にも見た光景だ。特段、驚くことではない。

『魑衛、そのままそいつを斬り続けて』

『御意』

 霊的交感で瑠璃嬢が魑衛へと指示を飛ばす。

 再び魑衛が斬撃を繰り出し、淡々とさも当然かのように鬼絵巻の体を切り裂いていく。

 切り裂かれては再生され、再生されては切り裂く。

 一見すれば鼬ごっこのようにも見えるだろう。

 しかし瑠璃嬢たちは知っている。この動作が無為に終わっていない事を。いくら地獄の門を開いた鬼絵巻であっても、無敵ではない。

 太平山で自身の体を再生するために、鬼絵巻は百合亜たちを切った。

 このスライムのような体だとしても、それを再生させるために鬼絵巻は自分の力を使っているということだ。

(持久戦、上等)

 これまでの苦労を考えれば、鬼絵巻との長期戦など朝飯前だ。それに……段々とではあるが、鬼絵巻の再生速度が落ちているのが、はっきりと見て取れた。

 削り切れる。瑠璃嬢は強くそう思った。

 本当のことを言えば、術式だけの加勢ではなく、自分自身で斬りつけてやりたい。けれど、そんな自分の気持ちをグッと喉の奥へと押し込める。

 やられた分だけ、魑衛と共に相手を殴りつけている間に、最大の好機を見逃してしまえば、瑠璃嬢は入水して海の藻屑になりたい、と思うほど後悔するだろう。

(まっ、しないけど)

 瑠璃嬢は虫取り網を握りしめ、今か今かとその時を待つ。

 相手の再生速度は、火を見るよりも明らかな程に遅い。

『瑠璃嬢、もうそろそろ潮時だ。決着をつける』

 魑衛からの言葉に瑠璃嬢が頷く。

 瑠璃嬢は鎌鼬を放つのを止め、声聞力を上げ、浄化の祝詞を唱え始める。先ほど作った足場を使い、段々と鬼絵巻との距離を詰めていく。

 魑衛は瑠璃嬢の準備が整う、その時まで手を緩めることなく、何百手目にもなる攻撃を続けている。

 もはや、勝負は帰結している。

 再生能力を著しく低下させ、別の行動も取れなくなった鬼絵巻に逆転のチャンスはない。

 けれど、瑠璃嬢が浄化の祝詞の最後の節を唱え始めた瞬間、再生したばかりの鬼絵巻が満身創痍の状態で最後の逃走を図ったてきた。

 瑠璃嬢が近づくにつれ、鬼絵巻の真正面にいた魑衛が左にズレながら、攻撃していたのだが……その斬撃から逃れようと右の方に向かって、跳躍したのだ。

 ここで浄化の詠唱をやめる訳にはいかない。

一瞬の事で、正しい判断が思い浮かばない。鬼絵巻を追う魑衛の姿がスローモーションで流れる。

 そんな瑠璃嬢の視界に、細い一条の稲妻が見えた。

 稲妻は鬼絵巻を自分たちの元に押し返すように、鬼絵巻を撃ち弾く。

「ーー六根清浄、急急如律令!」

 最後の言葉を唱え、瑠璃嬢は手に持っていた虫取り網を、自分たちの方へ押し返された鬼絵巻へと振り下ろした。

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