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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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作戦開始

「ああ、そこなんだよ。問題は。今回の場合は門の規模もデカいし、術を使える術者も少ない。だから交代が出来ないわけだ。だから最悪の場合、菖蒲とあたしはこのまま鬼絵巻を門の中に閉じ込めちまう事も考えてる。まぁ、鬼絵巻がずっと門の中に居続ける事はないから……どっかしらのタイミングでひょっこり現れるとは思うけどな」

「なっ! ここまで大変な思いをしたというのに、易々と敵を見逃すというのか?」

 聞かされた菖蒲たちの考えに、櫻真より一歩前に出た桜鬼が厳しい口調で噛みついた。しかし、そんな桜鬼の言葉を払い除けるように、手をヒラヒラと振った。

「仕方ねぇーだろ。今のこの状況じゃ。それとも桜鬼は、大事な主様に二、三日、いや、それ以上休まずに、術式を張り続けろって言えるのか?」

「それは……」

「言えないだろ? だったら今回が徒労に終わっても、しゃーないで諦める方が懸命だ。幾ら、あたしらが従鬼であっても、地獄で通用するかなんて事は言えないし、そのまま存在が呑まれて、消えるって事もあり得る。それじゃあ、無益な身投げと一緒さ」

諭された桜鬼は俯いて、顔をシュンとさせてしまった。

 そしてそんな桜鬼の気持ちも痛いほど分かる。苦労して敵が逃げられない環境を作り上げたにも関わらず、その機会を自ら手放さなくてはいけないのだから。

 ここに来るまでの過程が大変だった分、あっさり諦めきれないのだ。

 けれどそれでも、魄月花たちの判断は妥当であり、正しいのも分かる。回復するとはいえ、声聞力は尽きてしまうものだ。

 そうなれば、鬼絵巻を捕まえるどころか、門を閉じることさえ出来なくなる。いわば二兎を追う者は一兎をも得ず、の状態だ。気持ちが晴れない様子の桜鬼も、それが分かっているからこそ口を噤んでいる。

 櫻真はそんな桜鬼に対し、咄嗟に言葉を掛けていた。

「桜鬼、そんな顔せんで。別にここで逃すのが決まったわけやない。まだ可能性の話やから。悪い可能性も良い可能性もあるなら、良い可能性に賭けよう。それに、もしホンマにどうにもならなくて、逃す事があったら……今度は俺たちの手で捕まえればええんよ。そう思わへん?」

 悪い可能性を聞かされた後は、どうしても気落ちしてしまうものだ。それは仕方ない。

 そして櫻真が気落ちしたりした時は、いつも桜鬼が励ましてくれる。

 なら、桜鬼が今みたいに心を沈めてしまった時は、今度は自分が励ます番だろう。

 櫻真の言葉を聞いた桜鬼が、表情をハッとさせてきた。

「櫻真の言う通りじゃ。まだ失敗するとも既決しておらぬというのに……妾は、随分と後ろ向きな早とちりをしてしまったらしい」

 額に手を添えて、苦笑を零す桜鬼。そんな桜鬼につられる様に櫻真も苦笑を溢した。

「一緒におるから、俺のネガティヴな所が移ってしもうたんかも。でも偶には俺と桜鬼で逆になってもええかも。おかげで……」

 櫻真が言葉を止めて、市街地の方面の空を見上げた。桜鬼と魄月花も櫻真の言葉に合わせて、そちらの方を見る。

 櫻真たちの視線の先にいたのは、結界を足場代わりに使用し、魑衛と共に海上へと跳び急ぐ瑠璃嬢だ。瑠璃嬢の横には、同じように結界を足場代わりに使う魁に運ばれる儚の姿もある。

 二人は鬼絵巻を捕まえる役目だ。

 そんな二人が動いたということは、鬼絵巻に新たな動きがあったのだ。加えて、海上の方から漂ってくる鬼絵巻の気配が強くなったのだ。

「ええ方に、運気が傾いたみたいやな」

 あっという間に海上へと出た瑠璃嬢たちの背を見ながら、櫻真がそっと呟いた。



 そして、この少し後……櫻真たちの頭上に大きな白い怪物が姿を見せるのだ。 



 海の中から黒い魚影が現れるように、穴に近づけば近づくほど……鬼絵巻の気配は強く、大きくなっていくのが分かる。

 どうやら今回の作戦は上手く行っているらしい。

 ただ少し面倒なのは、穴から出てきた邪鬼たちが一々、自分たちの進行を妨げてくることだ。

 雑魚に費やす時間も声聞力もない。

 そのため、瑠璃嬢は自分の前にやってきた邪鬼や悪霊を、刀で大雑把に斬り払っていく。

 簡単に斬り払えなさそうな邪鬼は、自分たちのアシスト役を買って出ている儚の従鬼が、雷撃で次から次へと落としてくれている。

(後は、あのグミみたいな鬼絵巻が穴から出てくれば……)

 菖蒲たちが門を閉じ、檻のようになっている魄月花の結界内で鬼絵巻と対峙するだけだ。

 門が閉じた後は、海面スレスレの所にも結界が張られ、鬼絵巻が海の中へと潜り込ませないようにの算段も話し合い済みだ。

 ただ一つ問題なのは、今の現段階で張られている結界がとてつもなく広範囲であることだ。結界内とはいえ、逃げ回られたりすれば時間も掛かるし、骨も折れる。

 瞬時に結界を張れる菖蒲なら話は変わってくるが、生憎、瑠璃嬢は瞬時に結界を張るのは不可能だ。

 一緒に来ている儚も術式展開は自分より速いだろうが、肉体的反射神経が自分より劣っている。術式を展開させる迄のタイムラグが生じてしまうだろう。

「魑衛、アンタ鬼絵巻を足止めする方法は持ってる?」

「いや、持ち合わせてはいない」

 即答だった。

 あまりの返答の速さに、瑠璃嬢は溜息を吐きたくなったが、それは喉元で止まった。即答してきた魑衛が言葉を続けてきたからだ。

「しかし、心配しないで欲しい。そこは私にも考えがあってな、魁の方とも話は付けてある。瑠璃嬢は鬼絵巻の身動きが取れなくなった所を狙い、それまでに鋭気を養っていてくれ」

 そう言って、魑衛が不敵な笑みを浮かべ、二刀流のように左手で持っていた虫取り網を瑠璃嬢へと投げ渡してきた。

 瑠璃嬢はそれを受け取る。

「つまり、あたしは戦わずに見てろってこと?」

 瑠璃嬢が目を眇めさせると、魑衛が少し驚いたように目を見開いてきた。それから続けて魑衛が苦笑を浮かべてくる。きっと瑠璃嬢が話を聞いて、不満を抱いたのを悟ったのだろう。

「勘違いはしないで欲しいのだが、私は瑠璃嬢に、ただ見ていろというわけじゃない。簡単に言えば地曳き網漁の要領だと思って欲しい。この結界内は広すぎる。故に最初は魁の術式で、奴の進行を防ぎ、さらに私と君で鬼絵巻を挟撃する。無論、私の動きは捕縛ではなく陽動と敵を弱らせる事だ。捕縛は先に言った通り、瑠璃嬢に任せる」

 魑衛の説明で、瑠璃嬢の中に生まれた不満は綺麗に拭き取られる。

「なるほどね。分かった」

 瑠璃嬢が素直に頷くと、魑衛から小さな笑い声が漏れ出た。

「……いきなり笑って、どうしたの?」

「いや、すまない。ただ君がここにいる者の中で、一番気を揉んでいると知り、つい笑ってしまった」

「どういう意味?」

 瑠璃嬢がジト目で笑う魑衛を見た。

 とても、こそばゆい事を考えられている気がする。

「私は常に君を見ている。だからこそ、分かるし、言い切れる。君は自分が足手纏いになる事を恐れているのだろう。だから……私の最初の言葉だけでは納得ができなかった。違うか?」

「……それ、勝手な憶測だから」

「そうか。瑠璃嬢がそう言うのならば……私の思い違いだと思ってくれて構わない」

 口では潔く引いているように見えるが、魑衛の表情は笑ったままだ。

(つまり、自分の結論を変える気はないってことね)

 そう思いながら、瑠璃嬢は魑衛への言及はしなかった。わざわざ気分良くしている所に水を差す気分にはなれない。

 それに、奥歯が痒いような気分になるだけで不快ではない。

 なら魑衛の好きに思わせておいても良いだろう。

「まっ、良いけど。ただ気は引きしめておいてよね」

「御意。得手に帆を揚げると行こう」

 気がつけば、瑠璃嬢たちは穴の真上に辿り着いていた。すぐさま術式で結界を張る。穴からは赤紫色の狼煙のようなものが立ち昇っている。凄い瘴気だ。

 そしてその穴の中から、白い光と緑色の光が見えた。

「いた」

 白い光の方は、櫻真が鬼絵巻を誘き寄せる為に用いた護符で、緑色の光は傍迷惑な鬼絵巻だろう。

 今度こそ捕まえて見せる。

 瑠璃嬢が内心で意気込みながら、儚たちに目配せをする。

 すると魁から作戦内容を聞いていた儚が頷き返し、術式の詠唱を開始した。

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