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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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門から上がってくる闇

 点門を潜った櫻真は、桜鬼と共に飛廉に乗り、上空から地獄への門を見下ろしていた。

「これが、地獄に続く七つの門なんや……」

「うむ。そのようじゃのう。妾も初めて見る光景ではあるが……穴の先が全く見えぬ」

 桜鬼の言葉に、櫻真は静かに頷いた。

 地獄の門の奥をどんなに見ようとしてもそこにあるのは、深淵の暗闇のみ。地上に空いたブラックホールのようだ。

 穴からは禍々しい邪鬼の気配や瘴気が漂い、時々野太い地響きのような呻き声が聞こえてくる。そしてあの中に鬼絵巻がいるのだ。

 櫻真は穴を覗き込みながら、一枚の護符を取り出した。

 この護符は魄月花オリジナルのもので、鬼絵巻を呼び出す効果のある護符だ。

 封門の術式の準備が整い次第、櫻真がこの護符を穴へと投げ入れる役目になっている。

(上手くやれるかな?)

 護符を見ながら、櫻真は一抹の不安を覚えていた。

 穴へと護符を投げ入れる動作を考えれば、何も不安を覚える事はない。しかし、魄月花から護符を渡された櫻真を見ながら、桔梗が表情を曇らて、

『櫻真くん、気を抜かへんようにね。なんか、少し嫌な予感がするから』

 と忠告をしてきたのだ。

 そしてその忠告が至極妥当な言葉だと、穴の上空に来た櫻真は直感的に感じていた。

 鬼絵巻を呼び寄せることの出来るほどの護符だ。鬼絵巻以外のモノまで引き寄せてしまう危険性もある。

 術式を使える時ならば何とか対処はできるが、今はまともに声聞力を使えない状況だ。邪気を相手にするのも厳しい。

 とはいえ、この役目ぐらいしか今の自分が役に立つ事はない。

(そうや。弱気になっとる場合やない。俺がやらんと)

 静かに鼓舞していると、後ろに乗っている桜鬼が櫻真の右手をそっと握ってきた。

「櫻真、妾は櫻真の術に助けられている不甲斐無い従鬼であり、櫻真もそんな苦境の中で不安かもしれぬが……それでも妾は櫻真といつ如何なる時も共にあり、櫻真を助けるための努力は惜しまぬ。だから妾を信じて欲しい」

 重ねられた桜鬼の手に微かだが力が籠るのが分かった。

(桜鬼も同じ気持ちなんやな)

 桜鬼の手の感触を感じながら、櫻真はそう思った。桜鬼も不安なのだろう。何か有事が起きた時に、自分が櫻真を守りきれるのかが。だからこそ彼女は決意を固め、口にしたのだ。

 櫻真はそんな桜鬼の気持ちを察し、

「大丈夫やで、桜鬼。俺は桜鬼の事を疑ったりしてへんから。信じとるよ」

 左手を桜鬼の手の甲に乗せて、櫻真が桜鬼へと微笑む。

「それに……近頃、桜鬼にばっかりカッコええ所ばっかり持ってかれとる気ぃするし、俺も少しはカッコつけへんと」

「なっ! そんな事はないぞ! 櫻真はもういるだけでカッコ良いのじゃ! 故に櫻真はそんなに自身を卑下する事はない!」

「あはは。ここまで桜鬼に持ち上げられると……んーー、逆に恥ずかしくなるなぁ」

 頰を掻きながら、櫻真が照れ笑いを浮かべる。

 しかし桜鬼が一生懸命に自分を擁護してくれるのは、素直に嬉しい。

 そんな櫻真たちの視界で白色の光を放つ3つの点が輝き始め、後方には同様の光、二つが輝いている。

 どうやら、菖蒲たちが術式の準備を始めたらしい。そしてそれに合わせて、魄月花の巨大な結界が張られていく。

 その大きさは、香港島と九龍島の間にあるヴィクトリア湾をすっぽり囲む程の大きさだ。さらに、術発動中は身動きが取れない主たちにも個々の結界が張られている。

 これにより、外部から櫻真たちの姿は完全に見えなくなった。

「いよいよやな……」

「そうじゃのう。櫻真、妾たちも門の方へ向かうとしよう」

 封門の術の準備が始まり、魄月花の結界が張られると、香港島、九龍島の至る所で火花と衝突音が鳴り響き始めた。

「結界外にいる悪霊、邪鬼たちが結界を破ろうとぶつかっておるようじゃのう」

「それは、鬼絵巻に操られて?」

「そうじゃ。魄月花の結界は門の外へ出た鬼絵巻を範囲内に閉じ込める役目も担っておるからのう。奴も危機感を感じたのかもしれぬ」

「なるほどな。けど香港にいる悪霊たちが一斉に結界の方に押し寄せて来ても、結界は平気なん?」

 結界は悪霊たちを防ぐ盾といっても、万能というわけではない。

 結界の力よりも悪霊たちの力が勝れば、破られてしまう。ましてや、魄月花の結界は超広範囲に張られている。声聞力の濃度でいうと範囲が狭い時よりもそれは薄まってしまう。

 それに加え、悪霊たちの量は尋常のものではない。

いくら結界、封印の術に特化している従鬼とはいえ厳しいのではないか? 櫻真はそう思ったのだ。しかしそんな櫻真の心配を桜鬼が笑って、一蹴してきた。

「櫻真、按ずるでない。魄月花の結界は鬼絵巻共でも破れぬ盾じゃ。その盾は那由多の魑魅魍魎たちが押し掛けて来ようと破られたりはせぬ。まっ、妾の超本気攻撃が相手ならば……話は別じゃがのう」

 桜鬼が軽く鼻を鳴らし、得意げな顔を浮かべてきた。

(さすが桜鬼。凄い自信やな)

 胸を張る桜鬼が彼女らしくて、櫻真の口から笑みが溢れる。おかげで心配も杞憂に終わり、緊張もせずに門の真上へとやってこられた。

 周囲をもう一度見れば、五つの光は先ほどよりも光を強めている。

 術式を組む方は順調そうだ。

 とはいえ、二つの島からはこの異常事態に大きなサイレン音が鳴り響いており、これ以上の時間を割くことは得策ではないのは確かだ。

「桜鬼、やるで」

 桜鬼が頷き返して来たのと同時に、櫻真が地獄の門へと護符を投げ入れる。

 大きな穴の中へと消えた護符は、その後、穴中で一点の光となり宙に浮き始めた。護符に込められていた術式が発動したのだろう。

 術式を発動させた護符は落下をやめ、逆に上へと昇り始める。

「櫻真、ここから退くぞ」

「そうやな。後のことは他の人に任せて……」

 櫻真たちは無事に術式が発動したのを見届けて、その場から離れようとした瞬間。事態が急変した。回避する間もなく門から上ってきた闇が櫻真たちを飲み込んできたのだ。

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