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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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地獄へと続く道

 驚きのあまり、自分が桜鬼の腕に抱えられている状況を上手く認識できなかった。しかし、すぐに飲み込めなくとも、自分がお姫様抱っこをされているのは、覆しようもない事実だ。

 混乱する櫻真の目が桜鬼の目とぶつかる。

 すると桜鬼が先ほどと同じ表情のまま、弁明するように口を開いてきた。

「困惑する櫻真の気持ち、十二分に理解しておる! 妾的の乙女的な胸中からしても、実に複雑で、煩雑しておる! じゃが、妾の心の動きなどは無視して構わぬ! そう、今大事なのは櫻真の意思を尊重することなのじゃ!」

 半ば自棄っぱち気味にそう言い切った桜鬼が、困惑する櫻真を両腕で抱え、百合亜たちの元へ疾駆する。桜鬼に抱えられる自分の右腕が、嫋やかな桜鬼の胸に触れ、男子中学生として、形容し難い煩悶の波が押し寄せてくる。

 恥ずかしさと情けなさとで、櫻真は顔を赤くしたまま、上手く言葉が出せない。

 しかし、そんな櫻真と桜鬼の頭上に、二つの影が現れた。

「逃しはせんっ!」

「大人しく捕まれっ!」

 飛廉の背中から跳び降り、刀を握る瑠璃嬢と魑衛だ。役目を終えた飛廉が消える。

 鬼絵巻は残った二人に挟まれるように、宙に浮いていた。

 瑠璃嬢と魑衛が鬼絵巻に向かって、握っていた刀を振り下ろしている。二人の息は驚くほど、ぴったりと合っていた。

 振り下ろされた二本の刀から繰り出される真空波。それが中間地点にいた鬼絵巻を切り裂きながら交差する。

櫻真たちの上空で衝突した斬撃の余波が、自分たちの髪を揺らした。数本の髪の毛がハラリと切れ落ちる。余波を受けた展望台にある手すりに、細い切れ込みが入った。

「なんつう、斬れ味……」

 先ほどの気恥ずかしさが払拭され、櫻真が思わず呟いた。

 そしてそんな斬撃を直に浴びたのだ。これは鬼絵巻にも相当のダメージを与えたに違いない。

 二つの斬撃が過ぎた場所にあったのは、鬼絵巻であった物体の残骸だ。宙に漂う残骸からは、何の意思も感じられないように見えた。見えたのだが……

 瑠璃嬢が霊扇を取り出し、祝詞を詠唱準備に入っていた。けれどそれよりも前に、新たな動きをしたのは鬼絵巻だ。

 瑠璃嬢が唱える浄化の力から逃げるように、バラバラになっていた鬼絵巻の身体が四方八方に飛び散ったのだ。

 しかも、それと同時に……

「おい、百合亜! 何してんだよ!」

 魘紫の手を振り解き、虚ろの瞳をした百合亜と藤が宙に浮き始めたのだ。そして、展望フロアから離れるように、移動し始めた。

 痛みの去った櫻真は、桜鬼の腕から降りて百合亜たちの元へと走る。

「まさかまた、百合亜たちを連れて行きよるつもりなん?」

「させぬ!」

 上空からは瑠璃嬢と魑衛もこちらに向かって落下してきている。それを横目に櫻真は桜鬼と共に百合亜たちへと手を伸ばしていた。

 スカイフロアの柵から櫻真は身を乗り出し、懸命に腕を伸ばす。百合亜たちは展望フロアの端から一メートル弱ほど離れた宙に浮いている。二人の足下には7階下の地上が広がっている状態だ。

(止まっとる、今の内に!)

 動きを止めた二人を掴もうと、櫻真が懸命に手を伸ばす。

 だがそこで櫻真の意表を突く事態が起きた。

 櫻真の手が届くよりも先に、百合亜たちに掛けられていた浮力が消えたのだ。

 浮力を失った二人は、逆らうことなく真っ逆さまに地上へ落ちていく。

 このままだと、百合亜たちは固い地面へと叩きつけられ、死んでしまう。

 悪質な思考が櫻真の脳内を一瞬で駆け抜けていく。

「百合亜、藤っ!」

 落ちる二人の姿に櫻真が叫び、身体に走る痛みも無視して声聞力を練る。けれど櫻真の気持ちに反して、身体は「止めろ」と叫んでくる。

 身体からの叫びを無視して、詠唱を唱えるが……上手く声聞力が練ることができない、詠唱もプツン、プツンと情けなく切れてしまう。

(このままやと、百合亜たちがっ!)

 落ちていく百合亜と藤。目は閉じられ、意識はない。櫻真の顔が絶望の色に染まる最中、二つの影が二人を追った。勢いよく、迷いなく。

「ゆーーりーーあーー!」

 魘紫が叫び、魅殊が一心に藤を見て手を伸ばす。主との距離を詰めた魘紫と魅殊が最後の踏ん張りかのように手を伸ばし……見事にその手を掴む。

「よしっ!!」

 山頂中に響き渡る魘紫の声。

「これで、百合亜たちは無事か……」

「駄目じゃ! 櫻真! 魘紫たちは、主の手を掴む事に夢中のあまり、何の術式も施しておらぬぞ!」

「えっ、ホンマに!?」

 安堵したのも束の間、桜鬼が魘紫たちの重大のミスを指摘してきた。従鬼である魘紫たちならば、この高さから落ちた時に掛かるダメージに耐えられるだろう。しかし人間である百合亜たちには無理だ。

「間に合えば良いが……」

 そう言って、桜鬼も展望フロアから飛び降りる。桜鬼が飛び降りながら自身の得意手とする木行の風を巻き起こす。

 しかし、それよりも先に百合亜たちの身体が風の真綿で包み込まれる。それに一拍遅れで桜鬼の術式が百合亜たちを包み込んだ。

「菖蒲さんや……」

 百合亜たちを包み込む際に、溢れた風の中に菖蒲の気配が混ざっていた。

 柵から身を乗り出して見えた先には、思った通りの人物の姿があり、落下した百合亜たちは、怪我もなく地面に横たわっていた。

「……ホンマに、ホンマに、良かったぁ」

 二人が落ちた瞬間は、息の根が止まる感覚になった。

(足が震えるわ……)

 その場で座り込んだ櫻真の足は、微かに揺れている。恐怖のためか、驚きのためか、それとも力み過ぎた反動か、喜びか……。

 櫻真は座り込みながら、気持ちを落ち着かせるために大きな息を吐く。

「まだ、落ち着くのには早いでしょ?」

 安堵していた櫻真にそう言ったのは、櫻真の背後の方を見る瑠璃嬢だ。

「そうやけど……、取り敢えず一段落ついたから、つい」

「まぁ、良いけど。百合亜たちが無事だったのは良かったし。でも次はもっと大変かもよ?」

「えっ、どういうこと?」

 櫻真が小首を傾げると、瑠璃嬢が顎で前方を示してきた。櫻真が立ち上がり、街の方へと視線を向けた。

「何や、あれっ!」

 異変が起きているのは、街中ではない。その奥。ヴィクトリア湾の方で起きていた。櫻真の目に飛び込んできたのは穴だ。とてつもなく巨大で深い穴。巨大船舶も軽く飲み込んでしまいそうな穴が開いている。

 大量の海水が滝のように、その穴へと飲み込まれていく。その勢いは凄まじく、港に停泊している船たちがどんどん穴に向かって流されている。

 そしてその穴の中心部から、大きな鬼絵巻の気配が溢れ出している。いや、それだけじゃない。数え切れない程の霊気や瘴気、邪鬼の気配までもが、あの穴から溢れ出ている。

 まさに地獄へ続く門だ。

 突如、現れた規格外な地獄の門を前に、櫻真は暫し呆然と立ち尽くしていた。

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