変化
「そうです。ただ主と離れてしまっている以上、火力の面で不十分な面が出てきてしまう……」
そう言いながら、椿鬼が悔しげに視線を俯かせている。そんな椿鬼の姿を見て、櫻真は素直に好感を抱いた。
これまで椿鬼から毛嫌いされていたというのもあり、櫻真はあまり彼女と交流を持っていなかったが、それでも椿鬼が真面目で良い子であることは分かる。
例え無意味に終わっても、椿鬼は諦めずに百合亜たちを、いち早く何とか救おうとしていのだ。きっと主である桔梗がそう望むと信じて。
「椿鬼って、ホンマに偉いな」
思わず思っていた事が櫻真の口から溢れる。
すると鳩が豆鉄砲を食らった鳩のような表情を返してきた。
「なーー、何を言ってるんですか? 正直、貴方に褒められる謂れはないのですが?」
驚きから回復した椿鬼がいつもの調子で、櫻真に目くじらを立てる。
「これ、椿鬼! なんという不遜な態度じゃ! 櫻真が真心から其方を褒めたというのに!」
「別に私は貴方の主に褒められても、留める胸は持ち合わせてはいませんから」
ツンとした態度で外方を向く椿鬼に、そんな彼女にムムムと唸る桜鬼。
(なんか、椿鬼と桜鬼って姉妹みたいやな……)
言い合う二人を見ながら、ふとそう考えて、櫻真はハッとした。初めて椿鬼を見た時に、何処と無く桜鬼に近いように感じていたのを思い出す。性格が違うにも関わらず、二人が醸し出す雰囲気は似通っているのだ。
従鬼という立場に「姉妹」という概念があるのかは分からない。
しかし櫻真があの時に感じ取った近さは、親類にある近さだ。
(あとで桜鬼に訊いてみようかな? 分かるかな?)
桜鬼は自分に関する記憶がないのだ。それを考えると、仮に椿鬼と姉妹であったとしても、答えられない可能性がある。
桜鬼の事情を考えると、椿鬼に訊いた方が手っ取り早いだろう。
(でも……)
素っ気ない顔で桜鬼の小言を聞き流す椿鬼を見て、櫻真はその一歩を踏み出すことは出来なかった。櫻真の中で椿鬼の評価が上がったとしても、相手からの評価が上がるわけではない。
桜鬼の過去に関わると思うと、後ろ髪を引かれる気持ちにはなる。しかし、今やるべきことの最優先事項は、洗脳された百合亜たちを助ける事だ。
「さっきの話に戻すんやけど、鬼絵巻が使こうてはる術式は火力があれば、破れる感じなん?」
現実の問題に意識を戻し、櫻真がそう訊ねる。火力で突破できるのであれば厄介な術式とはいえ、怖くはない。
「火力なんて気にしなくて良いでしょ?」
はっきりした声でそう言い切ってきたのは、瑠璃嬢だ。
「どんな術式を使われたって、魑衛が入れば斬れるんだし」
後に続いた瑠璃嬢の言葉を聞いて、櫻真は「ああ!」と声を上げた。
「そうや! 魑衛やったら術式を斬れはるな!」
目を丸く見開く櫻真の言葉に、瑠璃嬢の横にいる魑衛が微かに口の端を吊り上げている。自分にスポットライトが当てられ、気分が良いらしい。
魑衛は躊躇う様子もなく刀を取り出した。刀を構えた魑衛の瞳があっという間に朱に染まる。準備を整えた魑衛は、刀を上段に構え……勢いよく振り下ろした。
振り下ろされた刀から術式さえも切り裂く斬撃が放たれる。魑衛の放った斬撃は、何かに邪魔されることもなく、見えない壁を切り裂いた。音はなくとも、ここに今まで満ちていた空気の変化がそれを櫻真たちに知らせてきた。赤紫色に光っていた辺りの色も正常なものへと戻る。
櫻真は術式の奥にいる鬼絵巻に目を凝らした。自分の術式が破られたことで、鬼絵巻の動きに変化が起こるかもしれない。
何かが起きるだろう、と予想して桜鬼も櫻真の前に立ち刀を構えている。
けれど鬼絵巻に目立った変化はない。
(妙やな……)
櫻真は動きを見せない鬼絵巻に対して、奇妙な違和感を感じていた。
わざわざ術式を施していたのは、自分を捕まえに来た櫻真たちの行く手を阻む為ではなかったのだろうか?
「あの鬼絵巻は見た目に反して策士じゃ。櫻真、どうする?」
桜鬼に訊ねられ、櫻真は思考を巡らせる。けれど、跳ねるように思いも寄らない動きをする鬼絵巻の行動は全く予想できない。頑張って頭を捻っても最善の道を見つけられる気がしない。
しかし『百合亜たちを助ける』ことだけに傾注すれば、一つの考えは浮かんできた。
「とりあえず、俺たちは……」
櫻真が桜鬼と、瑠璃嬢たちに自分の考えを口にする。
「念のために訊いておくけど、アンタとアンタの従鬼はそれで良いわけ?」
瑠璃嬢の問いに、櫻真が小さく苦笑を零した。
「それなら逆に訊くんやけど、逆の立場にしたら瑠璃嬢たちは納得しはる?」
櫻真の問いに瑠璃嬢が暫し沈黙してきた。そして自分の中での相談を終えたらしく、
「ぶっちゃけて言うと、厳しい」
と答えてきた。
櫻真も内心で「やっぱりな」と思う。むしろ、ここで瑠璃嬢が頷く事はないだろう。頷いてしまえば、先ほどの儚の気持ちを裏切ることになるのだから。
きっと瑠璃嬢もそれを重々に理解している。少しだけ拗ねたような表情を浮かべる瑠璃嬢に対して、櫻真はバレないように微苦笑を浮かべた。
「うむ。これで妾たちに貸し一つじゃのう」
桜鬼が瑠璃嬢たちをからかうようにそう言うと、不服そうな魑衛が不服そうな表情を浮かべた。
「術を斬ったのは私だが?」
「何を言う? どの道、斬らねばならぬ物を斬ったのじゃろう? つまり、妾たちへの貸しになりえぬぞ?」
得意げな顔で魑衛を言い負かした桜鬼は、大人しく自分たちの様子を見ていた飛廉に指示を出している。飛廉は返事をする代わりに、頭を桜鬼の手に擦寄らせている。
飛廉は賢い桜鬼の腹心だ。きっと上手くやってくれるだろう。そんな櫻真の期待通り、飛廉は瑠璃嬢と魑衛を颯爽と背中に乗せ、上空へと飛び立つ。
「さて、後衛である魑衛たちも飛び立った事じゃ。前衛である妾たちも行くかのう」
桜鬼の言葉で、椿鬼、魘紫、魅殊の従鬼が横へと並び立ち、展望台の床を一斉に蹴った。身体的な瞬発力が高い魘紫が、桜鬼たちよりも一歩前に出て百合亜たちへと近づく。
これでも速度を落としていると言うのだから驚きだ。
「木行の法の下、追風よ、化の者を掴みし蔓となれ」
風が大樹に巻きつく蔓となり、藤の肩の上にいる鬼絵巻を絡め取らんと伸びる。しかし、その蔓が鬼絵巻を捕らえる事はなかった。
洗脳された藤が虚ろな視線で、櫻真たちの方へと向き直り、その背後からいくつもの邪気たちが姿を荒らした。鬼絵巻の力を得た邪気たちが櫻真の放った術の行く手を阻む。
(なら!)
櫻真はすぐさま浄化の術を繰り出し、一瞬で出現した邪気たちを祓う。行く手を阻むものが無くなった蔓が再び、粘り強く、鬼絵巻へと手を伸ばす。
けれど蔓が鬼絵巻に触れたその瞬間、緑色の蔓から色が一気に失われた。生き生きとした緑色の蔓は、白く灰のような色になり力なく床へと落ちる。
「吸収しよった!?」
鬼絵巻は何事もないように体を跳ねさせている。けれど、その鬼絵巻には昼間に見たときと変わっている点を見つけてしまった。




