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メリークリスマス〜本編との関係はありません〜

メリークリスマス

 今日は、クリスマスイブ。

 桜鬼は、半日で今年最後の学校を終える櫻真を待っていた。学校は、冬休み前ということもあり、学生たちの気分が妙に浮き足立っている。

 そんな光景を見ながら、桜鬼は櫻真を待っていた。

 櫻真は、教室の椅子に座りながら、近くにいる佳や祥、紅葉と話している。そんな姿を見て、桜鬼は頬を膨らませていた。

 むぅぅ。妾が櫻真と話せぬというのに……。

 桜鬼の目を光らせているのは、櫻真の隣に座る祥と櫻真の斜め後ろに座る紅葉だ。どちらも、櫻真に気がある女子だ。

 そこで、桜鬼ははっとした。

 クリスマスは、今の時代の男女にとって特別な逢瀬の日。そんな浪漫のある日にこんな膨れっ面でいたら、櫻真に可愛げないと思われてしまう。

 それだけは嫌じゃ。

 桜鬼は首をブンブンと振り、自分の中からモヤモヤした気持ちを外へと吐き出す。

 それに、今の自分には考えるべき問題がもう一つある。

 それはクリスマスに送る贈物、プレゼントの事だ。

 櫻真の母親から、クリスマスの事を聞いてから桜鬼は櫻真へのプレゼントを考えていた。しかし、どれもこれもぱっとしない。

 櫻真が驚いて喜んで貰えるもの……。

 喜んでいる櫻真の顔が見たい。

 どうしたものか?

 桜鬼がそんな事を考えている間に、帰りのHRが終わり、生徒たちが友人と話しながら、席から立ち上がり始める。

 櫻真も机の横からバックを取り、席から立ち上がった。

 そして、すぐに紅葉、千咲、佳などと何かを話し、そこへ雨宮や坂口も加わる。

『櫻真、何の話をしておるのじゃ?』

『ああ。今日、紅葉の家でクリスマスパーティーをやろうって話になってな、その話』

『パーティーとは、宴会のようなものじゃろ?』

『まぁ、そやな。だから家帰ったら急いで支度せんと。家に何か食べ物あったかな?』

 櫻真がそんな事を呟きながら、バックを持って教室を出た。桜鬼もそんな櫻真に続いて教室を出る。

「櫻真、それでは今日は帰りが遅いのかえ?」

 学校から出て一緒に帰路に就きながら、桜鬼が櫻真に訊ねる。

 今日は特別な日の前夜。

 出来れば、櫻真と一緒に過ごしたい。けれど、桜鬼は紅葉からすると櫻真の親戚ということになっている。

 突如、クリスマスパーティーに参加するのは厳しいだろう。

「いや、夕方頃までには帰るつもりやで」

「本当かえ? それは嬉しいのう。妾も櫻真と一緒にクリスマスイブを過ごしたいのじゃ」

 満面の笑みで桜鬼がそう言うと、櫻真が少し照れた様子ではにかんできた。

 櫻真のそんな表情を見ると、桜鬼は益々嬉しくなる。

 よし、それまでに何とか櫻真に最高のプレゼントを用意せねば。

 桜鬼は心に固く誓い、櫻真と共に家に帰った。



 櫻真を見送った後、桜鬼は早速、櫻真へのプレゼントを用意するために動いた。

「んーー、櫻真に妾が渡せる物……。何が良いか?」

 櫻真はよく、絵柄が多い書物を好んで読んでいるが……それを特別なプレゼントにするには、何とも味気ない。

 頭を抱え、桜鬼がダイニングで頭を抱えていると、そこへ桜子がやってきた。

「桜鬼ちゃん、そんな所で頭を抱えはってどうかしたん?」

「桜子〜〜、妾も櫻真に何かプレゼントを渡したいのじゃ。何か良い物はないかのう?」

「そうやねぇ。……それやったら手作りのジンジャークッキーとカップケーキを作るのはどう? どっちもクリスマスにぴったりやと思うよ?」

「そんな物があるのかえ!?」

 目を瞬かせた桜鬼に、桜子が優しく微笑む。

 桜鬼は、桜子にエプロンをさせてくれた。そして普段はあまり立たないキッチンへと立つ。不慣れな場所に立つのは、少々緊張する。上手に出来るか不安にもなる。

 いや、こんな弱気では駄目だ。自分は櫻真のためにジンジャークッキーとカップケーキを作るのだ。

 桜子の話だと、ジンジャークッキーは、クリスマスに王子様をモチーフにしたクッキーらしく、風邪予防のために広まったものらしい。

 桜鬼は桜子に教わりながら、バター、砂糖、卵、薄力粉を混ぜて、少しのシナモンと生姜を入れて良く捏ねる。そして粉っぽさが無くなってきたら、冷蔵庫で二時間寝かせる。

 その間に、カップケーキ用に、バター、砂糖、卵を混ぜて、そこへ牛乳を少しずつ加えて、薄力粉とベーキングパウダーを振るいながら、混ぜ合わせ粉っぽさがなくなるまで、混ぜて行く。

「初めてなのに、桜鬼ちゃん上手やなぁ。きっと櫻真も喜びはるなぁ」

「そ、そうかのう? 櫻真は喜んでくれるかのう?」

「勿論! 桜鬼ちゃんが一生懸命に作りはったクッキーとケーキやもん。喜ばんわけないよ」

 桜子の言葉に勇気づけられながら、桜鬼はそっと小さい器にカップケーキの生地を流し入れ、暖めておいたオーブンで、焼き始めた。

「じゃあ、次にいちごクリームとクッキー用のアイシングを作ろうな?」

「なんと! 苺のクリームがあるのか? それに何じゃ? アイシングという物は?」

「普通の生クリームより、苺さんのクリームの方が可愛いらしいやろ? アイシングっていうのは、さっき取っておいた卵白と砂糖で作る、糖衣ってものでな、クッキーに顔を描いたりするんよ」

 桜子からそんな説明を受けながら、桜鬼は苺クリームの制作を始めた。

 苺は砂糖と共に鍋で煮詰め、ジャムのようにしておく。それから生クリームを氷で冷しながら掻き回し、やや固まってきた所でさっきのジャム状になった苺を投入する。

 ただボールで掻き回しているだけだが、これが中々の一苦労だ。

「大変じゃのう。中々思うように固まらん」

「せやな。生クリームを作るのは思ってるより骨が折れるから……。疲れたら遠慮なく言わはってな? いつでも変わるから」

「大丈夫じゃ。これも櫻真に喜んでもらうため! 絶対に美味しい苺クリームを作ってみせるぞ!」

「ふふ。その意気込みやったら大丈夫そうやね」

 それから、桜鬼はピンク色のクリームを完成させた。

「焼き上がったカップケーキがもう少し冷えたら、苺クリームとトッピングチョコで飾り付けしようか。アイシングは用意できたから、後はクッキー生地を待つ間、少し休憩しようか?」

 桜子がニッコリと笑って、桜鬼のために紅茶を用意してくれていた。

「桜子は流石じゃのう。何故、そんなに器量が良いのかえ?」

「そんなことないよ。私は口で教えとっただけやから。殆どお菓子を作りはったのは桜鬼ちゃんやで?」

 自重しながら苦笑する桜子が、茶葉の入った茶器にお湯を淹れ、砂時計をテーブルの上に逆さに置いた。

 砂はゆっくり、しかし乱れる事なく下へと落ちて行く。

 桜子が淹れてくれる紅茶は、香りが良く美味しい。桜鬼も櫻真が稽古している間などに、桜子によく淹れてもらうのだ。

 そして、蒸らした紅茶をカップで飲みながら、桜鬼は桜子と共に一息ついていた。

「美味しく出来れば良いが……」

「大丈夫やで。きっと美味しく出来るから。それに……」

「それに……何じゃ?」

 桜子が何かを言った様な気がしたが、声が小さく桜鬼には聞き取れなかった。そのため、桜鬼が桜子に首を傾げさせる。

 しかし、桜子はにっこり笑って自分の疑問に答えてはくれなかった。



 桜鬼は、人形の型で抜いた生地を、オーブンで焼き、桜子が用意してくれたアイシングでクッキーをデコレーションしていた。

 王子様をモチーフにしていると聞いたため、桜鬼は出来るだけ櫻真をイメージしながら顔を描いていく。

 鼻歌混じりに、顔を描き終えた桜鬼はそのクッキーをオーブンの自然乾燥で乾燥させていく。

「なかなかの出来映えじゃのう」

 オーブンに並ぶ櫻真モチーフクッキーを見ながら、桜鬼は満足げに頷いた。

 もちろん、冷したカップケーキに絞り器で出した苺クリームも乗せて、チョコスプレーをかけてある。

 あとはラッピングして、櫻真の帰りを待つだけだ。

「ああ、早く櫻真が帰ってこぬかのう?」

 ウキウキとしながら、櫻真の喜んでくれる顔を想像する。それだけで、胸がほっこり温かくなる気持ちだ。

 そして、アイシングをしたジンジャークッキーの自然乾燥も終わり、桜鬼はカップケーキとクッキーを桜子と一緒にラッピングした。

「はい、出来上がり〜〜」

 リボンで軽く結んだ包装を前に、桜鬼と桜子で手を叩く。

 しかし、それから櫻真は六時を過ぎても家に帰ってこなかった。

「櫻真……遅いのう」

「お友達と盛り上がってしもうたんかな? でもきっと櫻真ももう少しで帰ってきはると思うよ?」

 時計を見ながらしょんぼりとする桜鬼に、桜子が励ましの言葉を掛けて来た。そんな桜子に桜鬼も頷き返す。

 話が盛り上り、帰るに帰れないのは致し方ない。

 それに、作ったクッキーやカップケーキが渡せないわけではないのだ。

 桜鬼は自分の顔を軽く叩き、暗い顔をやめる。

 今日はクリスマスイブ。暗い顔は似合わないのじゃ。

 桜鬼がそんな事を考えていると、玄関の方からドタドタと急いでいる様子の足音が聞こえて来た。

 櫻真だ! 櫻真が帰って来た!

 そう思った桜鬼が、ぱっと顔を明るくしてダイニングの扉の方へと目を向ける。

 しかし、そこから部屋に入って来たのは……

「外、寒すぎや。ホンマに凍死しそう……」

 と愚痴を漏らす浅葱だった。愚痴を漏らす浅葱の元へ夕飯の準備をしていた桜子がやってくる。

 すると浅葱はへこんだ桜鬼などお構い無しに、自分の元にやってきた桜子をぎゅうっと抱擁し、キスしている。

「浅葱にデリカシーというものはないのかえ?」

「デリカシー? あるよ。ただ僕は自分の気持ちに素直なだけで」

「それはないのと同義じゃ」

「そうなん? でも、別に僕は桜鬼に睨まれるような事した覚えないけどなぁ?」

 期待してしまっただけに、ショックは大きい。

 そのため、桜鬼は浅葱を不服そうな表情で睨んでいた。

 しかし、そんな桜鬼の気持ちを浅葱が汲み取るはずもない。きっと浅葱からしたら愛する桜子にベタベタしたいの一心だろう。

 そんな浅葱に今の気持ちをぶつけた所で、暖簾に腕押しだ。

 桜鬼は急に虚しくなって、部屋に戻る事にした。廊下の窓から外を見ると、雪が振っており、とても静かな光景が広がっていた。

 考えてみれば、浅葱が悪いわけではない。櫻真だって、何らかの理由があって帰れないだけのはずだ。

 だから誰も悪くない。

 しかし、そう思っても悲しくなってくる。櫻真が夕方過ぎても帰ってこないことが。やはり、自分と過ごすよりも、友人と過ごす方が櫻真にとっては楽しいのかもしれない。

 桜鬼は部屋に入り、そのままその場で蹲った。

「やっぱり、従鬼の妾にはクリスマスなんて縁遠いのかのう?」

 そんな仕様もない言葉が桜鬼の口から溢れた。

 すると、そのとき桜鬼がいる部屋へと走ってくる足音が聞こえてきた。

 桜鬼が思わず顔を上げる。その瞬間に部屋の襖が開いた。

「桜鬼! ごめんな。遅くなってしもうて!」

 鼻を赤くし、頭の上にうっすら雪を乗せた櫻真が慌てた様子で部屋に入って来た。

「櫻真……走って帰ってきてくれたのかえ?」

「うん、ごめんな。もっと早く帰る予定やったんやけど……盛り上がってしもうて」

「……宴会とはそういうものじゃからのう。仕方ない」

 きっと、自分が寂しそうにしていたから櫻真は謝ってくれたのだろう。そんな櫻真を責める気になんてなれない。

「でも、おかげで、向こうの時間がギリギリかもしれへんなぁ」

 端末で時間を確認した櫻真が呟くようにそう言って、桜鬼の手を取った。自分の手を取った櫻真の手が凄く冷たい。

「櫻真、手が冷たいぞ! 早く暖めねば!」

 櫻真の手に桜鬼が手を重ねる。すると櫻真が苦笑してきた。

「外、雪が振ってきはったから。でもええよ。これから外に出るし。桜鬼、暖かい恰好した方がええよ。外はホンマに寒いから」

 そう言って、櫻真が桜鬼の手を引いて部屋から玄関の方へと歩いて行く。

 櫻真が玄関脇のクローゼットから、桜鬼にコートを手渡して来た。

「今からどこに行くのじゃ?」

「んーー、それは行ってからのお楽しみ」

 首を傾げる桜鬼に櫻真がそう言って、笑みを浮かべて来た。

「そんな顔で、そんな事を言われたら行くしかあるまい」

 櫻真にそう言いながら、桜鬼は少しだけ悔しい気持ちにもなっていた。

 さっきまであんな気持ちにさせておいて……いとも簡単に自分の気持ちを掬い上げてしまう。

 櫻真の行動に一喜一憂している自分はまるで道化のようだ。

 しかしだからといって、櫻真のこの笑顔に逆らえる気がしない。

「……完敗じゃのう」

 櫻真に聞こえないくらいの声で、桜鬼はぼそりと呟いた。そして、コートを来た桜鬼が櫻真と共に外へ出ようとした時に、

「桜鬼ちゃん、忘れ物」

 ダイニングに居た桜子が桜鬼に先程ラッピングした袋を持って来てくれた。

「桜子には感謝しかできぬのう」

 桜鬼が目を細めて、桜子からその袋を受け取る。

 すると桜子が、にっこり微笑みながら

「クリスマスイブを楽しんで来てな」

 と行って見送ってくれた。

 桜鬼がそんな桜子に満面の笑顔で頷いた。



 櫻真に手を引かれながら、桜鬼が辿り着いたのは嵐山にある竹林だ。

 竹林が淡い橙色にライトアップされており、その道には灯籠が置いてあり、何とも幻想的な雰囲気だ。

 そしてライトアップされた雪は、まるで白い花弁のようだ。あまりの美しさに泣きそうになる。

「……綺麗じゃ」

「ホンマやな。俺も初めて来たんやけど……こんなに綺麗なんて思わんかった。でも、こうやって桜鬼と来れて良かった」

 そう言って、櫻真が桜鬼に少し照れた様子で笑いかけて来た。

「本当に、櫻真には敵わぬ」

「えっ、何で? どういうこと?」

 やや震えていた桜鬼の声音と言葉に驚いた櫻真が、やや焦った様子の表情を浮かべる。一体、櫻真はどんな勘違いを起しているのだろう?

 そう思うと、桜鬼の口から思わず笑い声が溢れる。

「どういう意味か知りたいかのう?」

「えっ、うん、知りたい」

 桜鬼の言葉に素直に頷いた櫻真に、桜鬼が微かに微笑んでから櫻真の口に軽くキスをした。

「妾は櫻真の事が大好きということじゃ」

 顔を真っ赤にして固まる櫻真に、桜鬼も頬を赤らめながら微笑む。

「ちょっと、待って。めっちゃ予想外やったというか……うわぁ、何かその恥ずかしい」

 テンパった様子の櫻真がそんな事を口にしている。

「妾との口づけは嫌だったかのう?」

 少ししょんぼりとした顔を桜鬼が浮かべると、櫻真が首を横に振って来た。

「嫌やないよ。ただ驚いただけで、むしろ嬉しい……というか、こういうのって普通男子からやないの? あっ、いや、そうとも限らんのかな? あーー、なんか分からん」

「櫻真に嬉しいと思って貰えたのなら、妾も嬉しい。それにのう、妾からも櫻真にプレゼントがあるのじゃ」

 しどろもどろになった櫻真に、桜鬼が桜子と共に作ったジンジャークッキーとカップケーキを手渡す。

「これって、さっき母さんが桜鬼に渡しとった……俺にくれはるん?」

「うむ。当然じゃ。櫻真へのプレゼントなんじゃからのう」

「おおきに。……開けてもええの?」

 照れた櫻真の問い掛けに、桜鬼が頷く。

「あっ、クッキーとカップケーキや。 桜鬼が作ってくれはったん?」

「そうじゃ。桜子の様に美味しいかは分からぬが……」

「凄いな。上手に出来とるわ。めっちゃ嬉しい」

 櫻真がクッキーとカップケーキを見ながら、嬉しそうに微笑んでいる。

 その顔は、今日桜鬼が一番見たかったものだ。

「やはり妾にとって、最高の贈物は櫻真の笑顔じゃのう」

 桜鬼は嬉しい気持ちを声音に込めて、嬉しそうに微笑んでくれた櫻真に抱きつくのだった。

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