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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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災厄の一端

「お、桜鬼? 何で、頬を膨らませてはるん?」

「むぅ。妾は櫻真の手を煩わせぬ為に下へと降りたというのに……そんなに妾一人に任せるのは不安かえ?」

 頬を膨らませる桜鬼にそう言われ、櫻真は桜鬼の心内が分かった。

 先ほどの浄化の時に櫻真が手を貸したのが、自分の力を信用されていないようで不満を感じたらしい。

「いやいや不満なんてあらへんよ。ただ、俺が祓うって言い出した事やし……やっぱり、少しでも桜鬼の助けになりたい、というか……」

 苦笑を浮かべながら櫻真がそう言うと、先ほどまで頬を膨らませていた桜鬼が目をパチクリと瞬かせてきた。

(今度は何を考えてはるんやろ?)

 霊体化した桜鬼がズイズイと櫻真に顔を近づけさせてきた。

「櫻真は、妾の力になりたくて、堪らず手を貸してしまったと言うのかえ?」

「えっ? そうやけど」

 顔を近づけてくる桜鬼に櫻真が照れながらも、首を頷かせる。

 すると、桜鬼が両手で頬を抑えながら嬉しそうな顔で身をよじらせてきた。

「うむ、良い。凄く、良い! つまるところ、それは妾を一人にはしておけぬと言う、櫻真の優しいいじらしさではないか! うむ、うむ。そうか、ならば仕方あるまい!」

 一人でに納得した桜鬼は、かなり上機嫌な様子だ。

(まさか、こんなに喜びはるなんて……)

 櫻真的には、特に気の利いた言葉を言ったつもりはない。勿論、桜鬼の助けにはなりたいと思ったし、桜鬼を一人で置いてはいけないとも思った。

 だから桜鬼の解釈は間違ってはいない。いないのだが……

 上機嫌になった桜鬼は霊体化を解き、ルンルン気分で自分たちへと、ギザギザの牙を向けてきたプテラノドン数羽を刃で屠っている。

 まるで指揮者が指揮棒を振るかのような軽やかさだ。

 しまいには、櫻真の後ろにいる瑠璃嬢から、

「ねぇ、何でアンタの従鬼はあんなに上機嫌になってるわけ?」

 と訊かれてしまう始末だ。

 霊体化していたとしても、櫻真と桜鬼は霊的交感で話していたわけではない。しかし瑠璃嬢は自身の従鬼である魑衛と話していたらしく、櫻真たちのやり取りを聞いていなかったようだ。

 けれど、さっきのやり取りを説明するのは、妙に気恥ずかしく、気が引ける。

 そのため、櫻真は前を向きながら「さぁ、何でやろう?」と惚けるしかなかった。

「櫻真! 昨日、登った山の方に鬼絵巻の気配があるぞ! 気配は動いておらぬ。足を止めているようじゃ!」

 絶好調の桜鬼が太平山を刀で示してきた。

 山頂の付近からは赤紫の煌々とした光が見える。山頂付近には、ピーク・タワーなどの観光施設もあるが、あんな光を発することはない。

 何か可笑しな事が起きているのは明らかだ。

「鬼絵巻が何かしてはるんかな?」

「そうじゃない? むしろここまで大掛かりな事をして、何企んでんの? って感じだけど」

「きっとそれが分かったら、苦労せんのやろうな……」

 相手は言葉を話せるかどうかも怪しい存在だ。むしろ、これまでに鬼絵巻と意思疎通を図れた事なんて一度もないだろう。

 むしろ鬼絵巻が世の為、人の為になった事なんて一度もない。

(まさか、この鬼絵巻……この香港で災厄を起こすつもりなんじゃ……)

 鬼絵巻という存在が現れてから、度々耳にする「災厄」という言葉。今まではそれを実際に肌で感じたことはなかった。

 けれど、今回ばかりは、今回こそは……見てしまうかもしれない。いや見てしまっているのかもしれない。災厄の一端を。佳たち陰陽院が恐れている物を。

「櫻真、顔色があまり優れぬが……瘴気に当てられ始めたのかのう?」

「いや、大丈夫。瘴気には当てられてへんから。ただちょっと周りの様子を見てたら嫌な気持ちになってしもうて」

「うむ。無理もない。じゃが、それも鬼絵巻を捕まえられれば元通りになるはずじゃ。見えてきたぞ」

 桜鬼の言葉通り、太平山の山頂にあるピーク・タワーの最上部、半円の形をした建物の展望フロアに百合亜たちがいた。百合亜たちがいるのは、市街地へと突き出すフロアの端だ。

 そしてそんな百合亜たちの反対側の端に、桔梗の従鬼である椿鬼と魘紫、魅殊の姿もあった。

 椿鬼は黒いライフル銃を構え、照星を覗き込んでいる。魘紫と魅殊は固唾を飲んで、そんな彼女を見守っている状態だ。

「飛び道具で鬼絵巻を撃ち抜くつもりかのう?」

「主なしの椿鬼でか? 無謀だ。幾ら現代の飛び道具が優れていたとしても、鬼絵巻に痛手を負わす事は」

 桜鬼の言葉に、霊体化を解いた魑衛が眉を顰めさせる。

 そしてその言葉通り、椿鬼が放った銃弾は鬼絵巻が張る結界の前に虚しく弾かれてしまっている。

「では、妾たちも加勢するとするか」

「莫迦を言え。私は椿鬼に加勢などせぬ。形式上、そう見えたとしてもだ」

「言い種は、実に魑衛らしい。じゃが、先ほど魁の主に言われた通り、無闇に斬りかかったりは、せぬようにのう」

 桜鬼が呆れたように魑衛へと目を細めさせる。すると、魑衛がそうな桜鬼を鼻で笑い返してきた。

「貴様からそのような助言……よもやの事態だな。元来、魘紫の次に突貫戦を好むのは貴様であろう?」

「ふん。残念ながらその妾は昔の妾であって、今はおにゅー桜鬼じゃ」

「何がおにゅー、だ。阿呆らしい」

 桜鬼の言葉を溜息と共に一蹴し、魑衛が飛廉から離れる。口を尖らせた桜鬼と共に、飛廉に乗ったままの櫻真たちもその後を追う。

「魑衛に桜鬼ですか……また、珍しい組み合わせですね」

 照星から目を離した椿鬼が、駆け付けた桜鬼と魑衛の姿を見て怪訝そうな表情を浮かべてきた。相当、珍しい組み合わせだったらしい。

 桜鬼自身もそう思っていたのか、異論は唱えず、軽く首をすくめさせている。

「それで? 鬼絵巻の様子はどうなっている?」

 魑衛からの問いに椿鬼が眉間に皺を寄せて、困ったような表情を浮かべた。

「判明していません。鬼絵巻は多くの霊を出現させながら、香港中の歩いていただけなんですから」

「それにしては……ここに霊の姿が見えへんな」

 展望台を見回して櫻真が気になった点を口にする。ピーク・タワーの下には、動物霊なども彷徨っているが、この展望台に霊の類は見当たらない。

「椿鬼たちが追い払ったん?」

 櫻真が先にいた椿鬼に訊ねる。まさか櫻真から声を掛けられると思っていなかったのか、椿鬼が戸惑いの表情を浮かべてきた。

 しかしすぐに気を取り直して、首を横に振ってきた。

「いいえ。私たちは何もしていません」

「なら、ここには元から霊が居はらなかったってことか……」

 口元に手を当てながら、「ん〜〜」と唸る櫻真に、再び椿鬼が首を横に振ってきた。

「いえ、ここからも霊の気配はしてました。ですが、鬼絵巻がここに到着してすぐに霊の気配が消失しました」

 椿鬼の言葉を聞いて、思わず櫻真たちは顔を顰めた。

「鬼絵巻が霊を退けたって事?」

 続けて、椿鬼に質問したのは櫻真と同じく顔を顰める瑠璃嬢だ。

「いえ、そこまでは……」

「違う。鬼絵巻は霊を退けたんじゃなくて、吸収した」

 椿鬼の言葉を遮り、そう言ったのは藤の従鬼である魅殊だ。全員の視線が物静かな従鬼に集まる。

「魅殊、分かるのですか?」

 椿鬼が訊ねると、魅殊が静かに頷き返し、藤の肩の上でピョンピョンと跳ねる鬼絵巻を見つめている。

「街の中を歩きながら、少しずつ、少しずつ、吸収してる」

 鬼絵巻が霊を吸収してる? それはつまり鬼絵巻が霊気を何かに利用しようとしているのだろうか? 全く動きが読めない鬼絵巻に対して、櫻真たちの謎が深まっていく。

「良いよ。そんなもん、どうだって! 今は早く百合亜たちを取り戻そうぜ〜〜」

 歯を剥き出しにして、痺れを切らした魘紫が駄々を捏ね始めた。

「そうや。鬼絵巻が何かを企んではるにしろ……先ずは、百合亜たちを助け出さへんと」

「とは言っても、簡単には行かないんでしょ?」

 瑠璃嬢が櫻真に返事をしつつ椿鬼を見る。瑠璃嬢からの視線を受けた椿鬼が、険しい表情で鬼絵巻の方に視線を向けて、小さな溜息を吐いてきた。

「無理です。鬼絵巻の近くには特殊な術式が施されているのです」

「特殊な術式っていうのは?」

「肉体から魂を抜き取り剥離の術です。その術式を鬼絵巻の許可なしに超えた者は、従鬼であれ人であれ、強制的に霊体にさせられてしまいます。もし霊体化なんてすれば、鬼絵巻が私たちを吸収してくる可能性も有り得るでしょう」

 内容を聞くだけでも、かなり厄介な術式だという事は分かる。

「だから、魘紫と魅殊は動かないで、椿鬼のライフル銃で鬼絵巻を狙いはってたんやな」

 鬼絵巻へと銃弾を撃ち込んでいた椿鬼を想起しつつ、櫻真は手を叩いた。

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