天井
「折檻でもされたのかしら?」
辺りに注意を払いつつ、鬼兎火が瑠璃嬢の姿に表情を曇らせる。
すると、そんな鬼兎火の疑問に桔梗が口を開いた。
「折檻をしたわけやないよ。きっと……犯人からすれば、ここで起きた事件を瑠璃嬢の体を使うて、再現しようとしたんやないかな?」
「再現って……」
ここで起きた事件の記事を読んだ櫻真が顔を暗くさせる。ここで起きた事件は、暴行、換金の末に起きた猟奇殺人だ。もし、桔梗の言葉の通りそれを再現されていたら、瑠璃嬢の命はかなり危険の淵にあったという事だ。
万が一、自分たちが動き出すのが遅れていたら……を考えると背筋に冷たいものが走る。
「……瘴気は抜けた。今のところ、命に関わるような問題は起きてへん」
菖蒲の言葉に、この場にいた全員が胸を撫で下ろす。
「それにしても魑衛の姿が見えねぇーな。気配はするのに」
狭い部屋を見渡して、不可解そうな顔をしているのは菖蒲の従鬼である魄月花だ。
「妙な話ね。私たちを前に霊体化してるって事もないでしょうし」
魄月花と鬼兎火が姿の見えない魑衛に眉根を寄せていると……
「おい。こっちの風呂場は偉いことになってるぞ」
玄関脇にある部屋を調べていた魁から声が掛かった。
菖蒲と儚に瑠璃嬢を見ていて貰い、櫻真と桜鬼、桔梗が魁の元へと向かう。玄関の脇にあった扉の中には、トイレがあり、その横には透明なカーテンが取り付けられていた。
魁はトイレと風呂の中間に立っており、手でカーテンを開けていた。
良くない光景がそこにあるのは、感覚的に分かる。櫻真は思わず固唾を呑んで、カーテンの奥にある風呂場を覗き込んだ。
「なっ!」
「これは……?」
「俺にもさっぱりだ。悪趣味って事は確かだけどな」
「きっとこれも再現の一環なんやろうね」
櫻真たちの前に広がっていたのは、血塗れのぬいぐるみだ。どれも種類も大きさもバラバラで、浴槽の中に放置されている。
血塗れのぬいぐるみは適当に縫合されており、そこから血が滲んでいるようにも見える。
「この人形から、魑衛の気配を感じるのう……」
「えっ、嘘……」
「も、もしかしてこのぬいぐるみの中には、魑衛の切れ端が……」
桜鬼の呟きに、桔梗と櫻真が顔を青くさせる。その直後に何処からともなく声が聞こえてきた。
「……す……な。……う……だ……」
突如聞こえてきた声に、櫻真が目を丸くさせる。
「なんか、妙な言葉が聞こえませんでした?」
「うん、聞こえた。掠れた変な声」
「妾には、弱った魑衛の声にも聞こえるが……」
「……残念だが、俺にも魑衛の声に聞こえたな」
徐に四人の視線は、浴槽内にある血塗れのぬいぐるみへと向かう。
(じゅ、従鬼やから、バラバラにされても平気なんかな?)
動揺を走らせる櫻真の横で、桔梗が眉を顰めさせる。
「自由に霊体化しはる従鬼をバラバラにするなんて、出来はるんかな?」
桔梗の疑問に、櫻真と桜鬼の間にも謎の沈黙が降りる。
気味の悪い人形たちの前で考え込む櫻真たち。そんな四人の耳に先ほどの声が再び聞こえてきた。
「こ……っちだっ……」
やはり声は掠れていたが、今度はちゃんと言葉として聞き取れた。そして声がしたのは、浴槽に転がるぬいぐるみからではなく……
「可笑しいね。声が上から聞こえてきたような……」
桔梗が首を捻りながら、徐に天井の方を見た。釣られるように櫻真たち三人も同じく天井を見る。
ーー。
ーーーー。
ーーーーーー……。
「「「「ぎゃああああああああーーーー! 魑衛ーーーー!」」」」
四人の声が部屋中に響き渡る。
「どなしたんっ!?」
「何があったの!?」
櫻真たちの悲鳴を聞きつけた蓮条と鬼兎火が慌てて駆けつけてくる。そして天井を仰ぎ見る四人の姿に合わせて、蓮条たちもその一点を見て絶句した。
六人の視線の先には、天井から首を突き出しぶら下がる魑衛の姿があったからだ。
「……魑衛、何でそんな姿になってんだ?」
ようやく驚きから脱出した魁が天井からぶら下がる魑衛へと声を掛ける。
しかし魁の質問に答えず、魑衛は苦しそうな表情で首を振るばかりだ。表情も苦しげであり、様子が明らかに可笑しい。
「何かの策にハマってる感じに見えるね」
眉を顰めた桔梗がそう言って、呪禁の術式を詠唱し始める。祓う力に争うように、地響きのような音が鳴り始め、部屋一帯が揺れ始めた。
見かけよりも、強力な呪や術が施されているようだ。
「きゃああああ〜〜!」
叫び声の主は、部屋の方にいる儚だ。
「今度は向こうからやっ!」
天井から頭を突き出した魑衛を置いて、櫻真たちが部屋へと向かう。
「どうした、儚?」
魁と共に櫻真たちが儚へと駆け寄る。すると悲鳴を上げた儚が微かに震える手で反対側の壁を指差してきた。
「向こうの壁に何か……」
櫻真が言葉を口にしながら、壁の方を見る。そして目を見開いていた。壁の方にいたのは、妙に腹と頭の部分が膨らんだクマのぬいぐるみだ。
浴槽にあったぬいぐるみと同じように、赤い血のようなもので染まっており、そのぬいぐるみが手に葉切包丁のようなものを手にしていた。
「アレがここの親玉やろうな」
断言したのは、瑠璃嬢を抱える菖蒲だ。
主の言葉を聞いた魄月花がすぐさま菖蒲たちの周りに結界を張り、結界前に桜鬼、鬼兎火、魁が並び立つ。
「随分と派手な演出をしたものじゃ。さすがの妾も幾許かぶりに叫び声を上げてしまったぞ」
「違いないな」
「でも仕方ないわ。魑衛のあんな姿を見ることになるなんて……露ほどにも思ってなかったもの」
ぬいぐるみと向い合いながら、桜鬼たちが言葉を交す。三人の手には太刀が握られている。
「呪禁の法の下、悪しき魂を高天の地へと昇華せし禊祓え! 急急如律令」
櫻真が桜鬼の手に握られる刀に、浄化の力を付与する。それに合わせて、蓮条と儚も浄化の術式を展開させる。
浄化の力を与えられた刀を真ん中に立つ魁が床へと突き刺した。床へ突き刺さった刀から流れ出すかのように浄化の術が床一面に広がり、紋章へと変わっていく。
紋章が白い光を放つ。浄化の力が作用してなのか悪霊の動きが著しく変化した。今までは茫洋とした様子で立っていたぬいぐるみが、体を仰向けに倒し、グルグルとのたうち廻っている。
短い手足をバタつかせ、床を叩く。ぬいぐるみの力とは思えないほどに、叩かれた床がバン、バンと大きな音を立てた。
魁の左右に立つ桜鬼と鬼兎火は、床でのたうち回るぬいぐるみへと太刀の矛先を向け、狙いを定める。
「鬼兎火は頭を、妾は腹部じゃ。一気に行くぞ」
「ええ、そうね」
桜鬼の言葉に鬼兎火が頷く。
二人が同時に床を蹴った。迷いなく手に持った刀で、ぬいぐるみの腹部と頭を同時に貫く。
刀によって貫かれたぬいぐるみは床から体を浮かせ、串刺し状態だ。
浄化の力を有する刀に貫かれた人形の体が蠢動し始めた。




