ショートメール
桔梗は大学で『オカルト研究部』というサークルに入っている。本人曰く、勧誘が激しく根負けしたらしい。
オカルト研究部は名前の通り、超常現象、心霊現象を対象として研究をしている。しかもその機材は本物で、幽霊の温度を測るためのサーモグラフィーは勿論、特殊な高音を録音できるマイクなど……ただの心霊好きの集まりではないのだ。
なので、肝試しなどで生じる『吊り橋効果』を期待する男女などは、入部厳禁であり、サークルに入るためには、入部者による勧誘、若しくは面接をパスしなければ入れないサークルだ。
ちなみに桔梗がオカ研に入ってしまったが故に、女子の入部希望者が増えて、その対応がとても大変だ、と菖蒲は同期生のオカ研の入部者に愚痴られたのを覚えている。
「でも、ネットですぐに見つかる様な場所に食いつくか?」
菖蒲が片目を眇めさせると、桔梗が小さく頷いてきた。
「食いつきはると思うよ? 海外での調査はまだやった事ないみたいやから……それにしても、どうする? 何となく僕の直感が嫌な予感を感じてはるんやけど?」
「そうやなぁ……。魄月花」
美味い酒を煽り、気分良さそうにしている魄月花を菖蒲が呼び寄せる。
「おう。どうした?」
「鬼絵巻の場所は?」
「あー、プヨな。アイツは……ここら付近にいるぞ。暗い建物の中」
「もしかして、こんな建物?」
桔梗が魄月花に先ほど調べた心霊スポットの写真を見せる。
「おっ、そうそう。もしかして今から行くのか? チビたちも寝てるし、その中、厄介な奴がいるぜ?」
魄月花がカウンターに空いたカクテルの容器を置き、首を傾げさせる。けれどそんな魄月花が何かを感じ取ったように、再び口を開いてきた。
「そこに、魑衛の奴もいるみたいだな。けど、その割に……あの女主の気配がしねぇーな。別行動か?」
呟くような魄月花の言葉に、菖蒲は桔梗と顔を合わせる。
「瑠璃嬢の奴……」
「完全に油断したね」
二人でため息を吐き、椅子から立ち上がると、香港の夜景を一望できるスカイバーを後にした。
櫻真たちは、桜子たちとは夕食に行かずホテルで瑠璃嬢の帰りを待っていた。
しかし、陽が完全に落ちても瑠璃嬢たちは戻って来ない。
最初は鬼絵巻探し夢中になり、戻ることを忘れただけだと思ったのだが……ここまで戻って来ないとなると、逆に心配になってきた。
「魑衛たちの気配は、このエリアにはある。けど……妙なんだ。まるで鬼絵巻を探してる時みてぇーに、アイツらの気配に靄が掛かっちまってる」
険しい表情でそう言ったのは、魄月花の次に探知能力に優れている魁だ。その魁が上手く探知できないとなると、頼みの綱は占術か魄月花の探知能力を頼むしかない。
「ウチ、ちょっと占術で瑠璃嬢の居場所、探してみるわ。櫻真たちは菖蒲に連絡入れてみて」
櫻真たちにそう言うと、儚がすぐさま占術の準備をし始めた。
万が一の事を考えて点門に仕舞っておいた羅針盤を取り出し、占術を始めている。
占術を始める儚の傍らで、櫻真たちは菖蒲たちへと連絡を入れていた。いくら今、菖蒲たちと敵対しているといはいえ、今の状況を話せば力になってくれるはずだ。
(頼む。はよ、出はって……)
端末を見つめながら、櫻真が固唾を飲んで祈る。
しかし……菖蒲が通信に出る兆しはない。けれどその代わりに、櫻真の端末に薄暗い部屋の映像が映った。
何処の部屋なのかは分からない。部屋の中には家具などはなく、とても狭い部屋だ。ホテルではないだろう。
「何や、この部屋……?」
画面を櫻真と共に覗き込んでいた蓮条が呟いた瞬間。櫻真と蓮条の背中を虫は這うような、気持ち悪い悪寒が走る。端末の映像がプツンと消える。
端末の画面は、何の動作をする事なくホーム画面へと戻っていた。
いきなりの事で櫻真たちは戸惑いの色を隠せない。
「櫻真、どうかしたのかえ?」
「何があったの?」
狼狽える二人の様子に、桜鬼と鬼兎火が慌てて声を掛けてきた。
「いや、変なものが映って……」
櫻真が返答した瞬間に、再び端末が微震した。すぐに端末を覗き込む。今度は桜鬼たちも一緒に。
端末に送られてきたのは、何かのURLが貼られたショートメール。それが繰り返し、繰り返し届く。丁度、5151通で受信が収まる。送り主は見知らぬアドレスからだ。
先ほどの映像の事を考えれば、無関係な迷惑メールではないだろう。
櫻真は一つのメールを開き、ページを開示する。
開示したページには、無残にも殺された女性の事件に関する記事が載っていた。
「意味深過ぎるな……」
記事を見た蓮条が眉を寄せる。
「まるで、こちらを誘い出しているようにも感じるわね」
「うむ。執拗までにこんな物を送り付けるのじゃ。まず誘き寄せで間違いないであろう」
剣呑な表情を浮かべた桜鬼の言葉に、櫻真が慌てて口を開いた。
「それやったら、早よ助けに行かへんと!」
櫻真の言葉に、蓮条も頷く。
けれどそんな櫻真たちに、鬼兎火が「待って」と制してきた。
「どうかしたん? 誘い出されとる言うても相手は悪霊やろ? だったら祓えばええ話やん」
眉を顰める蓮条に、鬼兎火が首を横に振った。
「断言は出来ないけれど、瑠璃嬢さんが関わってるとしたら、彼女が祓っていないのは不自然だわ。魑衛も近くにいるでしょうし」
言われてみれば確かにそうだ。
瑠璃嬢が帰って来ない事に、この悪霊が関係しているのなら、瑠璃嬢が先に悪霊と対峙しているはずだ。
これを考えると、櫻真たちに主張をぶつけてきた悪霊と瑠璃嬢の失踪は無関係にも思える。
そして無関係ならば、櫻真たちが下手に相手の挑発に乗る必要はない。
(でも……無関係とも思いにくい)
鬼兎火の言っていることも分かるし、櫻真の中にある憶測を確固たるものにも出来ない。
ーーもどかしく、歯痒い。
蓮条も自分と同じ気持ちらしく、煮え切らない顔をしている。
黙ったまま表情を険しくさせている自分たちに、もう一つの仮説を桜鬼が口にしてきた。
「呪詛を使う程の悪霊という可能性はどうじゃ? 呪詛は櫻真たち術者が使う術理とは違い、精神的な面が強い。魑衛は術理を斬れたとしても、相手の思念までは斬れぬぞ?」
「そうか。それやったら瑠璃嬢たちが不覚を取られるのも納得できるかもしれん」
桜鬼の言葉に、櫻真が頷く。
悪霊といえど、その全てが人を呪えるわけではない。呪う為には、それだけの強い精神力とエネルギーが必要だ。故に呪われる側と呪う側には何かしらの縁がある。
ホラー映画などでよく見られる無差別に人を襲うという事は、ほぼあり得ない。
だからこそ、瑠璃嬢は油断したのだろう。縁もゆかりもない霊が自分を呪ってくることはないと。
櫻真たちがそう一つの結論を出していると、占術をしていた儚が口を開いた。
「結果が出たで。瑠璃嬢は今北東方面にある暗い場所におるみたいや。はよ、探しに行こう」
暗い場所というのは、先ほど櫻真の端末に映った部屋のことだろう。
櫻真は端末に届いた記事の中から、事件現場になってしまった建物名を探し、位置を調べる。
名前で調べれば、その現場がここから北東の位置にあるのが分かった。
「行こう。瑠璃嬢を助けに」
櫻真は画面を閉じると、すぐさまホテルを後にし、夜の香港の街中を走り出した。




