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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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怖い噂

 蓮条との通信を切り、儚は静かに溜息を吐いていた。

「ウチ、アホやな……」

 ホテル近くにあるショッピングモール。その前にある巨大なモニュメントの前で腰を下ろしていた。周りには、買い物袋を腕や肩から提げて、写真を撮る人々の姿がある。

 本来なら、自分もその人たちの一部になっているはずだ。

 しかし今の儚の気分は、香港での買い物を楽しみ、写真映えを気にする余裕はない。

「まっ、そう落ち込むな。さっきのは儚だけの所為でもないだろ?」

 隣にいた魁が、買いに行ってくれた飲み物を儚に差し出してきた。

 差し出されたのは、黄色いパッケージに「港式奶茶」と書かれたミルクティーだ。

「おおきに。でも……ウチが引っ込まなかったから、蓮条たちとも気まずい空気になってしもうたし……」

 猛省しながら儚は深い溜息を吐いていた。

 少し落ち着いて考えると、もう少し冷静になれば良かった、と後悔が出てくる。しかし、それと同時に、瑠璃嬢に対して嫉妬したのも事実だ。

 蓮条からしてみれば、焦る瑠璃嬢と自分を重ねただけだろう。むしろ、それ以外の気持ちを持たれていた方が問題だ。

 とはいえ、それも程度の差に過ぎない。

 例え、どんな理由であれ、好きな人が誰かを庇っている姿を見たくなかった。

 顔を俯かせる儚の頭を魁が手で軽く叩いてきた。

 儚が顔を上げて、隣に立つ魁を見る。

「儚、そう自分ばっかり責めるな。自分自身を振り返る事も必要だが、追い込み過ぎるのも考えもんだ。正直、誰だって生きてれば色んな考えは持つさ。それに、儚が反省してるって事が分かれば、誰も責めたりしねぇーよ」

「そうかなぁ? それやったええけど……もし、そう思って貰えへんかったら……」

 励まされている傍らで、脳裏に嫌な想像を膨らませてしまう。

 こんな自分が嫌だとも思うが、昔から根付いた性格上、なかなか治りはしない。

「じゃあ、その時はその時だな」

 あっけらかんとした声で魁がそう言ってきた。

「……魁、人事だと思っとるやろ?」

 余りにも簡単に言ってきた魁に、儚が顔をムッとさせる。しかしそんな儚の顔を見ても、魁は動じる様子はない。

「人事なんて思ってねぇーよ。俺はただ出たとこ勝負って言ってるんだ。そうだな……儚。儚は凄く慎重だ。怖がりでもある。正直、ちょっと前の俺だったらそんな儚を助けるために、一人で動いてただろうな。でも、それじゃあ何の解決にもならないって分かった。だから、俺はお前に『勇気を持て』って背中を押すんだ」

 隣で苦笑を浮かべる魁の顔を見て、儚はハッとした。

(魁も変わったんや)

 彼の中に起きた変化は、一見すると気づかれないかもしれない。しかし、確かに魁は変わったのだ。

「……つまり、魁は過保護気質があんねんな?」

 儚がそう言って、意地悪な笑みを浮かべる。

 すると魁が少し目を見開いてから、

「反論する余地ねぇーな」

 と目を細めて、笑ってきた。

「でも、おかげで少し気持ちが楽になったわ。そうや。魁の言う通り……ウチも怖がり過ぎとった。嫌われたら、最後。もう一生、関係が修復することはないって。だから、そうならへんようにって、気を張っとったんよ」

 まるで薄いガラスの上を歩くような感覚だ。

 きっと自分に刷り込まれた人間関係というものは、手で強く押したら割れてしまう、そんな脆いものだと思っていた。

 だからこそ、自分の主張を強く言うことを恐れ、それをしてしまった自分を激しく嫌悪してしまうのだ。

 いつかは分からない。ずっと、ずっと先かもしれないし、数週間後の未来かもしれない。けれど絶対に来る。このままを続けていれば、自分で自分を縊死さてしまう時が。

「すぐにコロッと性格を変えるのは難しいやろうけど……ウチも頑張る。そうやな。まずは心配かけた櫻真と蓮条に謝る。それでクヨクヨするのは終わりや」

「なるほどな。それで? 魑衛んとこの嬢ちゃんはどうする?」

「ん〜〜、知らんっ。どうせ、向こうだってご飯食べる時には平気そうな顔で来るやろ? まぁ、もし話し掛けられたら、話さんこともないけど……む、向こうの態度次第やな!」

 胸の前で腕を組み、儚が虚勢をはる。

「おう、その意気だ」

 魁が験担ぎかのように儚の背中をドンと叩いてきた。勢い余って、前の地面に膝からつんのめりそうになる。

「背中を押してくれるのはええけど、少しは手加減してや」

「おう、悪い、悪い。ついな」

(全然、悪気ないやん)

 内心でそう思いつつ、笑う魁につられて儚も苦笑を零した。


 ホテルに戻った儚が櫻真たちに謝ると、二人は「気にしてへんよ」と笑みを返してくれた。優しく許してくれた櫻真たちに安堵する儚だったが……

 出発時刻になっても、瑠璃嬢と魑衛がホテルに戻ってくることはなかった。



 尖沙咀(チムサアチョイ)にある夜上海というお店で、美味しい海鮮料理を食した菖蒲たちはホテルに戻り、百合亜と藤を寝かしつけると、118階にあるオゾンというスカイバーへと来ていた。

「無事に多多餅店のヌガーも買えたし、さっきの上海蟹の料理も美味しかったし……、1日目としては、満足かな。上海蟹の奴は今度再現できるかやってみようかな」

 自分の隣に腰掛ける桔梗が注文したオゾンのオリジナルカクテルを飲みながら呟いてきた。

「再現しはるつもりなんやな……」

「まぁ、出来ればって感じかな。レシピを知ってるわけじゃないから、見た目だけって事になるかもしれへんけど」

 薄オレンジ色のラムをベースにしたカクテルを飲みながら、桔梗がにっこりと笑う。

「正直な話、君は今回の鬼絵巻探し、見過ごすつもりやろ?」

 菖蒲がズバリ訊くと、迷った風もなく桔梗があっさり頷いてきた。

「まぁね。正直、菖蒲ちゃんからすれば櫻真君に渡らなければええんやろ? それやったら、八分の一の確率やし、瑠璃嬢も昼間の様子やし、僕らが本腰入れへんでも、大丈夫かなぁと思っとるよ。勿論、藤たちの気持ちとか、諸々に対する建前を考えて、動くときは動くけどね」

「君の考えも分かった。けど、もう少し……真面目にやってる風の態を取って欲しいわ」

 溜息混じりに、つまみとして頼んだ魚介のマリネとオリーブを食べ、カクテルを流し込む。

「菖蒲ちゃん、分かってへんね。一応、今の僕と君は利害の一致で結託してるだけ。つまり、このくらいの緩さの方がええと思うよ?」

「物は言いようやな」

 目を細める菖蒲に、桔梗が薄く笑ってきた。

 少し離れた窓際では、ドレスコードをさせた魄月花がカクテルグラスを片手に夜景を楽しんでいる。

 何人かの男性に声を掛けられているものの、自分たちの方を指差し、微笑むだけであしらっていた。中国語はおろか英語も話せない魄月花からすれば適切な対応だろう。

 椿鬼はお酒があまり好きではない事もあり、部屋で眠ってしまった百合亜たちを見てくれている。

 自分の従鬼とは違い、とても有能な従鬼だと菖蒲はつくづく思う。

 だが、そんな菖蒲の背中にゾクッとするような気配を感じた。横にいる桔梗を見る。すると桔梗が眉を顰めさせる。

「邪鬼、じゃないね……邪鬼っていうよりは、霊的な感じがするわ。しかも凄い強い」

「香港は確か8月3日〜31日までお盆期間で……地獄の門が開く日やったな?」

 日本とは違い、香港のお盆は長い。とはいえ、その期間が休日になることはなく、ただ待ち中に幽霊や鬼などが多く出現すると言われている。

 声聞力を持っている菖蒲たちは、霊などの類も寄せ付けやすい。近づいてきた霊や邪鬼などを祓うことはできるが、その都度、相手もしていられないのも事実だ。

 そのため外を歩く時は、霊や邪鬼に付き纏われないよう、浄化の力を持ったお守りを持ち歩かなければいけなかった。

 とはいえ、今は従鬼を使役させているため、その加護によりお守りを持ち歩かなくともよくはなっている。

 面倒な霊に付き纏われる心配もないはずだ。

 だから、背中に走った悪寒を無視することはできる。強い霊とはいえ、こちらに危害を出さないのなら、無理に足を突っ込む必要なないのだから。

 二人の頭の中では、一つの結論は出ている。けれどどこか腑に落ちない、というか何かが引っ掛かりが残るのだ。

 今の香港には、霊や鬼だけではなく鬼絵巻もいる。

「簡単に調べてみようか……」

 桔梗が端末を弄り、香港の心霊スポットを検索し始める。心霊スポットは、世界各地にごまんと存在している。むしろ無い所の方が皆無だろう。

「何個かあるね。日本兵が出るとか、イギリス兵が出るとか、自殺した女子生徒の霊だとか……ここから一番近くだと、監禁されて惨殺された女の人の霊が出るって言われる場所があるみたいやね」

 調べた桔梗によると、最後に話した心霊スポットは本当に事件が起きた場所であり、香港で起きた事件の中でもワースト5に入る凄惨な事件だったらしい。

 ただ、実際に事件があったからといって霊が本当にそこにいるとは限らない。しかし、思念の残滓のようなものはある。

 大体心霊スポットに漂う雰囲気というものは、その残滓によるものだ。

 勿論、その残滓を感じ取り住み着く輩だって居ない訳ではない。

「オカ研が好きそうな場所やな……」

 ネットの情報を見ながら、桔梗が苦笑を零した。

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