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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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スイーツが甘いとは限らない

「しゃーない。マンゴープリンが食べられなかった君のために……」

 そう言って、菖蒲が桔梗と共に向かったのは……女人街沿いにある恭和堂という一軒の老舗。

 付いて来た桔梗も店の看板を見て、ピンと来たらしく、菖蒲に向けて顔を引き攣らせてきた。

「菖蒲ちゃん、これは僕へのイジメ? 僕、菖蒲ちゃんに何かしたっけ?」

「アホ。何で店に連れてきてイジメになんねん? 君がスイーツ食べたそうやったから、連れてきたんやろ?」

 同情や親切心はあったとしても、悪意などあるはずがない。むしろ、この状況で自分が桔梗に意地悪いことをして、何の得になるのか?

 桔梗が米神を押さえてから考えること、数秒。

「これも旅の思い出……か……」

 と何かを諦めたように店の中に入った。

「桔梗ちゃんたち、何を食べるのーー? 百合亜たちも食べたい!」

 椅子に座って、ワクワクするように跳ねる百合亜に対し、桔梗が残念そうに首を振った。

「ここのは、百合亜たちは食べられへんと思うよ?」

「どうして?」

「苦くて、変な匂いがするプリンやから」

「プリンなのに、苦いのっ!? 嘘でしょ?」

「コーヒーが入ってるの?」

 目を丸くする百合亜に続いて、藤が苦い物、代表であるコーヒーの名前を出してきた。しかしそんな二人の言葉に、桔梗が小さく溜息を吐いた。

「僕も、コーヒープリンだったら幾らでも食べるよ。けど、違うんよ。今から食べるのは、薬の一種やから」

 桔梗から溢れた「薬」という言葉に、百合亜と藤、魘紫と魅殊が顔を見合わせる。

「薬なんて大袈裟やなぁ」

「大袈裟じゃないと思うよ? 漢方ってれっきとした薬やろ?」

「でも、スイーツには変わらん」

 桔梗にそう言って、注文を取りに来た店員に、この店の代名詞でもある「亀ゼリー」を二つ頼む。

 ここの「亀苓膏」は、冷たいのと温かいのがあるが、菖蒲は迷わず温かい方を選んだ。ガイドブックに温かい方がオススメ、というのを見たためだ。

「食べ過ぎた後に、このゼリー食べるとええらしいで? 新陳代謝も上がるらしいからな」

「へぇ……。それだったら、僕より楓ちゃんとかに買いはった方がええちゃう?」

 桔梗にそう促され、菖蒲もしばし考える。

 楓は実家の隣に住む紅葉の姉で、菖蒲にとっては幼馴染でもあり、同棲している恋人だ。彼女は将来、パテシエとして自分の店を持ちたい、と言っている。

 今から自分たちが食べる漢方スイーツも、楓の勉強にはなるだろう。

「そうやな。ええか」

 頷いた所で、白い器に入った黒色のゼリーが目の前に運ばれた。一見すると、コーヒーゼリーのように見える。

 出てきた得体の知れないゼリーに、従鬼たち四人も興味深そうに覗いてくる。

「すげぇ、色だな」

「身体に良さそうな匂いは、しますが……」

「薬だろ? 俺は絶対に食べない」

「……」

 初めて見る亀ゼリーに従鬼たちも各々の感想を述べてきた。従鬼の感想を傍らで聞いていた桔梗が妙に嫌な顔をする。食べる気があまりしないらしい。

 器を持ってきた店員の女性が、愛想よくテーブルの上に置かれた砂糖とシロップを指差してきた。

 どうやら、この二つを掛けて食べるらしい。

 けれど、どうせ食べるならオリジナルの味を楽しみたい。

 菖蒲は躊躇なく、スプーンで温かいゼリーを救い、口に含む。すると口いっぱいに広がるのは漢方道徳の匂いと苦味だ。

 ゼリーを一口食べた自分の様子を桔梗が窺い見ている。

 最初の一口を菖蒲が、喉の奥へと流し混むのを見たあとで、

「どう? 味は?」

 ゼリーの感想を訊いてきた。

「ん。普通に食える」

 思ったことを菖蒲が口にすると、桔梗が眉を顰めてきた。

「いや、食べ物なんやから食べられるのは知っとるよ。僕が聞きたいのは、美味しいか、まずいか」

「ああ。そうやな。僕としては、苦くて美味い。シロップなんて付けなくてもいけるわ」

 ようやく桔梗の求めていた感想を述べつつ、菖蒲が二口目を口にした。

「……どうも、こういう時の菖蒲ちゃんの感想って信用できへんわ」

「だったら、僕に感想を訊かへんでもええやろ」

 心外とばかりに、菖蒲が桔梗に眉を寄せる。しかしそんな菖蒲の表情など意に介さないように桔梗が溜息を吐いてきた。

「一つ訂正。菖蒲ちゃんが不味いって言うたら、相当、これは不味いんだと思える。けど、美味しいって言わはったから、僕の中で亀ゼリーに対する覚悟が揺らいだだけ」

 つまり桔梗の中で亀ゼリー=不味い、という認識は揺るがずとも、その強弱を見極めようとしたらしい。

「覚悟も何も要らんから。はよ、食べ。これも香港名物の一つや」

「はいはい。……ぐっ」

 シロップを付けずに、少量を口に運んだ桔梗の顔が異物に歪む。

「どうや?」

 菖蒲の問われた後、桔梗は数十秒もの時間を掛けて、口の中のゼリーを胃の中に押し込める。

「苦い、やばい、でも食べれなくはない」

 簡潔に感想を述べてきた桔梗の顔は、未だに苦い顔をしている。そんな苦い顔のまま、シロップと砂糖をドバーッと亀ゼリーに掛け始める桔梗。

「そんな掛けたら、ゼリーの良さがなくなるやん」

「菖蒲ちゃん、周り見て。現地の人っぽい人もいるけど、みんな苦い顔して食べてるでしょ?」

 桔梗にそう言われ、菖蒲が別の席を見る。

 確かに、壁側の席にいる女性や、店先にいるおじさんは、無言のまま苦い顔をしてゼリーを食していた。

 菖蒲が桔梗の方へと視線を戻す。

「これはご褒美じゃなく、健康のために食べる奴だと思うよ」

 桔梗はそう言って、砂糖、シロップが大量に掛かった亀ゼリーを食べ始める。

「何を食べてるか、もはや分からない」

 そう嘆きながら。

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