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知ること

 仕方なく櫻真は、鞄を持ち学校を後にする。けれどその足取りは、ゆっくりで家に帰る事を拒んでいた。家に帰ったら、すぐに稽古だ。しかし今は正直、やりたくない。

「おい、そこで稽古をサボりたくて仕方ない少年よ、綺麗なお姉さんとわらび餅パフェでも食べに行かへん?」

「えっ……って、姉さん、何その恰好?」

「何その恰好って、この前に引き続き日焼け対策に決まってるでしょ? 知ってた? 目からも紫外線の影響って受けるんですって? 嫌よね? 本当に」

 そう言う葵の恰好は白い着物で日傘を差し、大きな黒いサングラスというものだ。

 といっても、今はまだ五月で、時刻も夕方になる少し前だ。日差しが強いわけでもない。おかげで、着物にサングラスを掛けた葵の恰好は、かなり浮いていて、周りにいる通行人からも白い目で見られていた。

 しかも今、櫻真たちが歩いているのは、観光名所でもある二条城近くの丸太町通りだ。かなり目立つ。外国人観光客も、着物でサングラス姿の葵を物珍しそうに、カメラで写真を撮っている。

 こんな目立つ葵の声に反応してしまった事を、櫻真は内心で激しく後悔した。しかし反応してしまった以上、もう無視することもできない。むしろ葵が見逃してくれるはずがない。

「さぁて。わらび餅パフェを食リポするために、いざ参らん。祇園へ!」

 葵のそんな掛け声と共に、櫻真は地下鉄の二条駅から祇園四条駅へと向かうことになった。浮き足立つ葵と共に向かった先は、新橋通りにある一件の町家カフェだ。

 ルンルン気分の葵と共に店内へと入る。カフェの店内は、落ち着きのある和室で畳が敷き詰められている。

 その店の一角に、クリーム色の長着に紺色の羽織を着た桔梗が座っていた。

「桔梗さん? 何でこんな所に?」

「……正直、その言葉は僕の方なんやけどね。何で櫻真君が葵と一緒にここに来はったん?」

 苦笑しながら片目を眇めて来た桔梗の前には、食べかけのパフェが置かれている。楽しみの時間を邪魔されて、残念そうな表情だ。

「いや、俺は姉さんに行くで、言われて来たんです」

「なるほどな。じゃあ、葵は放っておいて……櫻真君も僕と一緒に稽古サボりはる?」

「えっ? 桔梗さんもサボりなんですか?」

 自分の言葉を聞いた桔梗が笑って来た事により、櫻真は自分が墓穴を掘ってしまった事に気がついた。

 よくよく考えれば、桔梗が稽古をサボった時なんて一度もなく、今日の午前中には定期公演が入っていたはずだ。

 きっと、桔梗は公演を終えて休憩している所なんだろう。

 つまり、まんまと稽古をサボったことを桔梗に知られてしまったわけだ。櫻真は何とも言えない気持ちになって、顔を俯かせる。

「そう言う所は、やっぱり似てはるね」

「似てる?」

「いや、こっちの話。でもまぁ、それは置いとくとして……たまには、稽古に身が入らんこともあるやろうし、櫻真君もパフェを食べてけば?」

 桔梗にそう進められ、櫻真は桔梗の前に腰を降ろした。

「どっこらっしょ」

「いつ、君も座ってええよ、なんて言うたん? 僕が誘ったのは櫻真君だけやで?」

 櫻真の隣に、当たり前のように腰を降ろした葵を見て、桔梗が疎ましそうに目を細めさせている。

「馬鹿者。櫻真をここに誘ったのはあおりんよ。だから、桔梗ちゃんは、私と櫻真君にわらび餅パフェを奢りなさい」

 にっこりと笑顔で支離滅裂な事を言い放つ葵に、桔梗が呆れた溜息を吐く。

「あんまりおかしな事を言うてはると、君を強制的に店から追い出すよ? そうやろ? 椿鬼?」

 桔梗がそう言って、自分の横に視線を向けた。すると次の瞬間に椿柄の着物を着た黒髪の少女が姿を現す。

「なっ!」

 櫻真は現れた椿鬼に目を瞬かせて、驚いた。透過していても櫻真たちには従鬼が見える。けれど、桔梗の横に座る椿鬼の姿は全く見えていなかった。

 驚く櫻真に椿鬼は一瞥して、肩を小さく竦ませてきた。あまり自分と話す気はなさそうだ。

「主がそれを望むのでしたら、仰せのままに」

「桔梗さん、この子って……」

「櫻真君は初見やな。隣におるのは第二従鬼の椿鬼(つばき)。僕の従鬼やな」

「ってことは、桔梗さんも鬼絵巻を集めたはるんですか?」

 櫻真が驚愕しながら訊ねると、桔梗がにっこりと笑って頷いて来た。

「実は、一年ほど前から契約しててな。といっても、全ての従鬼が揃わんと鬼絵巻は現れへんから、ただ式鬼神として使役してもろうてただけなんやけどな」

「もしかして、桔梗さんは待ってはったんですか? 俺が桜鬼と契約するのを?」

 櫻真が桜鬼の名前を出した瞬間、椿鬼が微かに眉を顰めさせてきた。櫻真はそんな椿鬼の様子にぎくりとする。けれどすぐに椿鬼を桔梗が諌め、椿鬼が「申し訳有りません」と言って、表情を戻して来た。

 椿鬼の表情が戻った事にほっとしながら、櫻真が桔梗に視線を戻す。

「櫻真君、僕が前に舞台終わりの君に質問した時の事は、覚えてはる?」

「あっ、はい。覚えてます。模糊的な……って奴ですよね?」

「そうそう。あの時な、君の舞いがいつもと違って見えたんよ。まるで何かが取り憑いたようにな。だから、僕もこれは最後の従鬼が目覚める予兆かと思って櫻真君に訊ねたわけや。まっ、結果的には当たってたみたいやけど」

 桔梗がそう言って、櫻真から視線を斜め上の方へと外す。すると店員が櫻真と葵の分の水を持って来て、注文を訊ねて来た。

 桔梗が櫻真の分のわらび餅パフェを頼むと、間髪入れずに葵が「そのパフェもう一つ」と追加注文をし、店員が去って行くのを見た後で桔梗がやれやれというように肩をすくめさせた。

「こんな小難しい話をしている時は、美味しいわらび餅パフェで糖分摂取に限るわね」

「安心して。君のは別会計にするから」

「まぁ、何て懐の狭い男なんでしょう? こんなんだと、あの人に嫌われても知らないからね?」

 葵がわざとらしく、口許を着物の袂で隠す。すると、桔梗が真顔で葵を睨み返している。どうやら、葵が桔梗の地雷を踏んで来たらしい。

 櫻真はそんな二人のやり取りを見ながら、桔梗の隣にいる椿鬼を一瞥した。

 桔梗の従鬼である椿鬼は、桜鬼や鬼兎火と比べると年齢が若く見え、見た目的には櫻真たちと同い年くらいに見える。

 それに、若干ではあるが鬼兎火よりも椿鬼の方が桜鬼に近い感じがする。正直、雰囲気や見た目は違うのに、何故かそんな感覚を持ってしまうのだ。

 さっきも自分が桜鬼の名前を出した時、すぐに反応を示していた。それを考えると、桜鬼と椿鬼の間には何かあるのかもしれない。

 桜鬼がここに居なくて、良かったかも……。

 そう思うのと同時に、自分の近くに桜鬼がいないという事実に暗い気持ちになる。

「あらあら、櫻真っち。そんな暗い顔してどうしたの? まさか、自分の従鬼と喧嘩しちゃったなんて、ベタな展開になってるわけじゃないでしょうね?」

 サングラスを今さら取った葵が、含みのある笑みを櫻真へと浮かべて来た。全てを知っているぞ、という雰囲気を出す葵に櫻真がしかめっ面で返す。

「うふふ。そんな面しても姉さんを誤摩化せないぞ。どうせ、お前がヘタレで言い争ったんだろ?」

「勝手に決めつけんで。別に姉さんに関係ないやろ」

 棘のある口調で櫻真が前に置かれた水を飲んで、口籠もる。

「まぁ、その人の茶化しは放っておくとして……僕から言わせてもらえばな、今の状況で従鬼とおらんのは、マズいと思うよ? つい最近、蓮条君と鬼絵巻を取り合ったばかりやろ?」

「どうして、それを? それに桔梗さんも蓮条のこと知ってはるんですか?」

 櫻真が顔を曇らせたまま、桔梗に訊ね返す。すると桔梗は悩む素振りもなく頷いて来た。

「知っとるよ。と言っても、蓮条君は宇治の方に住んどるから接点事態は少ないけどね。鬼絵巻が出たっていうのも、あれだけ特殊な気配を感じたら、誰に言われんでも想像はつくやろ?」

「じゃあ、俺と蓮条が凄く似てはることも?」

「そやね、知っとるよ」

 桔梗がパフェを一口食べながら、櫻真の言葉に再び頷いて来た。

「櫻真君、鬼絵巻を取り合って、負けて、それで終わるって思うてはる?」

「終わらないんですか?」

 おずおずとした表情を浮かべる櫻真を、桔梗が一瞥してから、また一口パフェを食べる。パフェの中に入ったわらび餅に生クリームを付けて、また一口。

「こう見えて、桔梗ちゃんは大の甘党なのよ。通称パフェ野郎」

「僕の事をそう言うんやったら、君は(たか)りババアやな」

 にっこりと笑う葵に、にっこりと笑みを返す桔梗。そんな微妙な空気が流れた時に、櫻真と葵のパフェが運び込まれて来た。

 櫻真は目の前に置かれたパフェを見て、すぐに桔梗の方を見た。

「食べてみ? 美味しいから」

「…………」

「さっきの話に戻すとな、どうして、終わらないと思う?」

「まだ他にも鬼絵巻が残っとるからですか?」

「いや、ちゃうよ」

「じゃあ、どうして?」

「それはな、蓮条君が君に固執してはるから」

「蓮条が俺に……?」

「思い当たる節、ある?」

 桔梗にそう問われて、櫻真は首を横に振った。櫻真が蓮条に会ったのはここ最近だ。だから、例え蓮条が自分の事を知っていたとしても、固執される程の接点はない。そう思う。

 だがその考えも、考えれば考える程、自信ない物に変わって行く。

「櫻真君、今の君に一番の助言を言うとな、『知る』ことをした方がええよ」

「知ること?」

「僕から言えることは、それしかない。そんでな、知ったら色々見えてくる事があんねんな」

 桔梗が櫻真にそんな助言をすると、何故か櫻真の隣にいる葵がパフェを食べた口を抑えている。

「君、人が真剣に話してるのに、何がそんな面白いん?」

 イラッとした表情を浮かべた桔梗が、葵を見る。すると葵が口の中のパフェを胃の中に放り込むように水を飲み、

「私、全くもって笑っていませんことよ」

 と素知らぬといった表情を浮かべて来た。

 嘘くさい……。

 桔梗と共に櫻真も葵をジト目で見る。けれど葵は二人の視線を無視してパエをぐちゃぐちゃに掻き回した物を食べている。それを見た桔梗が「邪道なことを……」と言って辟易とした溜息を吐いた。

「まっ、気を取り直して僕らも食べよ」

 桔梗に言われ、櫻真はようやく頼んで貰ったパフェに手をつけた。桔梗に進められて、パフェと一緒についている焦がしきな粉のシロップを抹茶アイスの上からかける。

 抹茶アイスとクリームにあずきを一緒に救い、一口食べる。

「……美味しい」

 抹茶アイスの風味に、香ばしいきな粉ソースにクリームとあずきの甘さが絶妙にマッチしていて、舌の上で滑らかに溶ける美味しさだ。

「頭の中が行き詰まった時は、甘い物が一番やから」

「何となく、分かった気がします……」

「桜鬼ちゃんも食べたかったりしてな」

「それは……」

「君、ホンマに人の地雷を踏むのが好きやな」

 せっかく少しだけ気分が解れたと思ったのに、葵の余計な一言で台無しにされた。しかし、それで葵に言い返したとしても、葵を負かせる自信はない。

 櫻真は、黙ったままパフェを食べ進めた。

「ごちそうさまでした……」

 パフェを食べ終えて、櫻真は桔梗に頭を下げる。

 すると、桔梗がやや苦笑混じりに頷いて来た。

「今度は、櫻真君がすっきりとした時に来た方がええね」

「気を使ってくれはって、ありがとうございます。それじゃあ、また……」

 少し居たたまれない気持ちになって、櫻真は足早に店を出た。できるだけ、誰の顔も見ないように。

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