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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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幻かのように

「魑衛、桔梗たちが邪魔しないようにマークしてて。あたしが鬼絵巻を捕まえる」

「御意」

 魑衛が瑠璃嬢の言葉に頷いて姿を消した。霊体化したのだろう。瑠璃嬢は険しい表情のまま、鬼絵巻を睨んでいる。

 先ほどの動きを見れば、ただ突っ込めば良いという問題でもない。

 道のど真ん中で上半身を低くし、ピタリと動かない少女の姿は、周囲からはやはり異様に見えているはずだ。

 鬼絵巻を見る事が出来るのは、声聞力を有している人や、声聞力の力が満ちている結界内だけだ。

 そのため、ここを行き交う殆どの人に鬼絵巻の姿は見えていない。

 しかしそんな奇異の視線を受けても、瑠璃嬢は動じない。ただ一心に鬼絵巻を捕まえる隙を考えている。

 瑠璃嬢はどんどんと声聞力を上げているのが分かる。自身の声聞力を上げながら、瑠璃嬢は虫取り網を構えた。

 指剣を構える代わりに虫取り網を構え、詠唱する。

「水行の法の下、かの者を捉える網となれ! 急急如律令!」

 詠唱を終えた瞬間に、瑠璃嬢が地面を強く蹴り一瞬で鬼絵巻へと肉薄する。魑衛の加護で肉体を強化しているからこそできる、荒技だ。

 瑠璃嬢の術によって、左右にあった金魚袋や水槽が破裂する。そこから溢れ出る水が瑠璃嬢の操る無数の手となり、鬼絵巻へと向かう。

 水の手と共に、瑠璃嬢が頭上に掲げていた虫網を鬼絵巻の頭上へと振り下ろす。

 しかし鬼絵巻は、瑠璃嬢の虫網と水の手が地面に到達する僅かな時間。

 その隙に、真上にだけ跳んでいた動きを変えてきた。プヨちゃんこと、鬼絵巻は水の手と虫網の二つを摺り抜け、瑠璃嬢の方へ向かって飛び跳ねてきたのだ。

 両手で虫網を掴んでいた瑠璃嬢が虫網を離し、自らの手で鬼絵巻を掴みに行くが……鬼絵巻はそんな瑠璃嬢の行動を嘲笑うかのように、すり抜けていく。

 その後の鬼絵巻の速さは、物凄かった。

 瞬く間もないまま、儚や魁の網を抜け、蓮条と鬼兎火までも抜けてきたのだ。

 もちろん、櫻真と桜鬼も鬼絵巻を捕縛するために動いたが……桜鬼が放った風に巻き取られるよりも先に、天高く跳ね飛び、幻かのように消えてしまったのだ。

「は、速すぎる……」

 ぽかんとする櫻真と共に、

「従鬼の速さを凌ぐとなれば、この鬼絵巻を捕まえるのはかなり厳しいのう」

 桜鬼も溜息を吐いて、肩を落としてきた。



「瑠璃嬢!」

 血相を変えて、自分たちを牽制していた魑衛が瑠璃嬢の元へと走っていく。さっきまで桔梗と言い合っていたのが嘘のような豹変ぶりだ。

「全く、こんな所で派手な技を使いよって……」

 呟く菖蒲の視線の先に、鬼絵巻に二度も逃げられ呆然としている瑠璃嬢の姿がいる。

 瑠璃嬢の周りでは、大きな声で店主や通行人が慌てている。無理もない。いきなり売物の袋が破裂したのだから。

 桔梗と菖蒲はそこへと近づき、道で撥ねる金魚の救出を手伝った。

 術を使って元に戻した方が、店主にとっても金魚にとっても良いが……周りに関係ない人が多すぎる。

 幸いだったのは、無事に水槽や水袋から放り出された金魚を無事に集められた事だ。

「何とか、全部片付いたみたいやね」

 辺りを見回した桔梗が菖蒲の元にやってきた。その傍らに、金魚救出の際に濡れたらしい服を着た百合亜と藤もいる。

「金魚さん探し、面白かったね」

「うん、面白かった」

「魅殊がね、金魚さんを全部集めてくれたんだよーー」

 百合亜に活躍を紹介された魅殊は、無表情のまま手に持っていた筆を軽く振ってきた。

 魅殊のなりのアピールらしい。

「ほな、今やれる事はしたし……移動するか」

「そうやね。百合亜たちの服は……」

 桔梗がふと空を見上げる。

 香港の空には、大きな雲が漂ってはいるが、青空も覗いていて日も出ている。

「後で乾かしても良いけど、歩いてる内に乾きそうやね。水が滴るほど濡れてる訳でもないし」

 桔梗の苦笑に菖蒲が同意して、頷いた。

 櫻真たちの方も立ち尽くす瑠璃嬢に声を掛け、移動させようとしている。

 とりあえず今は、瑠璃嬢の事は櫻真たちに任せて良いだろう。

「それにしても、瑠璃嬢は凄く張り切ってはるけど……今回の鬼絵巻と相性が悪いな」

「そうやね。あの鬼絵巻……逃げに特化してそうやからね。それを考えれば、藤が捕まえられたのも納得」

 魅殊の場合、鬼絵巻が自分の範囲に入りさえすれば勝ったも同然なのだから。それで言うなら、強力な結界を張れる魄月花も、今回の鬼絵巻とは相性が良い。

 それに引き換え、向こうにいる従鬼は攻撃特化の従鬼ばかりが揃っている。鬼絵巻を弱らせるにしろ、その前に敵の足を止められなければいけないのだ。

 菖蒲たちがその場を後して少し経った所で、「啊呀(アヤ)―、暇潰しに騒ぎかと思って来てみれば、ただ金魚が逃げただけ? 馬鹿馬鹿しいわ」と溜息を吐く少女一人がいた。少女の周りには取り巻きなのか四人の少女の姿もある。

 引き攣り笑いを浮かべる店主と一番偉そうな少女が何かを言い合い、そして……

「跳んだ無駄足だったわ。最悪。紫薇(ズーウェイ)、ペニンシュラのマンゴープリンをショーケースに入ってる分、全て買い占めて。無性にやけ食いしたい気分だわっ!」

 と一人の少女に命令し、命令された少女は即座に端末を動かし始めた。

 突如現れた少女たちの会話を聞いて、菖蒲が桔梗へ口を開く。

「桔梗、ここに来る前にペニンシュラのマンゴープリンを食べたい、言うてたやろ?」

「うん、そうやね」

「たった今、買い占めされたわ」

「……えっ、嘘。何で?」

 菖蒲が桔梗に聞こえた話を口にする。話を聴き終えた桔梗が、そのまま盛大な溜息を吐いて来た。

「遠くから見ても、傲慢そうやもんね。はぁ……ホンマに嫌やわ。他人の事なんて御構い無しな人って……」

 恨めしげな顔の桔梗と共に、菖蒲たちは金魚ストリートを後にする。

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