ホワイトデー
櫻真はホワイトデーに桜鬼へ返すプレゼントを考え、ソファの上で悩んでいた。
検索ワードに「ホワイトデー、お返し」と打つと、花やチョコ、小物類や香水などの品物が出てくる。しかも予算に合わせて品物を絞ることができた。
「ネットの利便性、凄まじいわ……」
改めてネットの凄さを実感しながら、櫻真は桜鬼が喜びそうな物を考えていた。
(ん〜〜、やっぱり花とかが嬉しいんかな?)
去年のホワイトデーの時に、浅葱が桜子に綺麗で豪華な花束を渡していた姿を思い出す。花束を渡された桜子は、凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。
恐らく女性を喜ばせる効果は高い。そう高い。高いのだが、櫻真は「うーーん」と唸った。
(中学生の俺が花束って、どうなんやろ? キザ過ぎかな?)
思春期の櫻真からすれば、異性に対して花束を買うのは少しハードルが高い。
かといって、マカロンのお返しにチョコというのは、何となく味気ない気がした。
(小物類、香水……)
この辺りに至っては、中学生男子のプレゼント範囲を超えている気がする。
(アカン。考えれば考えるほど、どれにすればええのか分からなくなってきた)
端末の画面から視線を逸らし、両手で頭を抱える櫻真。
桜鬼が頑張って自分にバレンタインを用意してくれた。櫻真もその気持ちにちゃんと返したい。けれどその想いが強ければ、強いほど、考えはどん詰まりしてしまう。最早、負のスパイラルだ。
ソファの上で櫻真がウンウンと唸っていると、
「櫻真君、どないしはったん? そない唸って?」
廊下から現れた桔梗が小首を傾げてきた。
「あっ、桔梗さん! あっ、いや……少し考え事をしてて」
変な所を見られたなぁ、と思いながら櫻真が姿勢を正す。桔梗はそんな櫻真の前に立って、ジッと櫻真の顔を見てきた。
「櫻真君、もしかしてホワイトデーのお返しで悩んではる?」
「えっ? 何でですか?」
読心術でもしたのかと思うほど、桔梗の言葉は櫻真の胸中を言い当ててきた。
そして驚く櫻真の態度に、桔梗が愉快そうに笑ってきた。
「図星みたいやね」
「……はい、そうです。でもどうして分かったんですか?」
墓穴を掘ってしまったことに、気恥ずかしくなりながら、櫻真が桔梗へと尋ねる。
すると桔梗が少し考えてから、
「一昨日まで僕も櫻真君と同じ事で、悩んどったから」
静かに微笑んで、こう返してきた。
「そうなんですか? なんか俺のイメージ的に桔梗さんやったら、すぐにええ感じのお返しを思いつくと思ってました」
「はは。無理無理。僕は櫻真君よりもカッコつけやから、お返しでも見栄を張りたくなってね。それやったら、菖蒲ちゃんの方がさっくり決めはるよ。今年、菖蒲ちゃんが楓ちゃんに渡した物、何やと思う?」
「ん〜〜、何やろ? アクセサリーとか?」
やや当てずっぽうな感じで、櫻真が答える。
「残念、不正解。菖蒲ちゃんが用意したのは、熱伝導率が最高に高いアイス用のスプーン。自分は甘い物を滅多に食べない癖にね。そのスプーンに感動してしもうたらしいんよ」
「アイス用のスプーン……。それってホワイトデーのお返しとして有りなんですかね?」
「うーーん。楓ちゃんが喜んだなら、お返しになるかもね。まぁ、流石にスプーンだけじゃ、色気ないからアイスケーキも付属すれば? って助言はしたけどね」
「ええ助言やったと思います」
アイスケーキなら、菖蒲が感動したスプーンも直ぐに活用できるだろう。
(お返しにも色々あるんやな)
櫻真は改めてお返しの品物の幅広さを感じた。
けれどおかげで、桜鬼へのプレゼント選びが難航した気がする。
「桜鬼はどんな物を貰ったら、喜んでくれはるやろ?」
思わず櫻真の口から出た言葉に、桔梗が優しく微笑んできた。
「……割りかし、一番大切な物は用意できとるよ。あとはそれに添える付属品を揃えるだけで」
「付属品って。俺は別にまだ何も用意できてませんよ?」
「そう? 僕はそんな事は思わへんよ? でもそうやね。僕から遠回しにアドバイスを送るとしたら、一杯悩んで悩んで選べば、きっと桜鬼は喜んでくれると思うよ?」
ニッコリと桔梗から微笑まれ、櫻真は少しだけ自信が湧いてくる。
「それに、お返しするのはプレゼントだけやないよ。一緒に何処かへ出掛けたりするのもええんやないかな?」
櫻真にそう言い終えると桔梗は「ほな」と告げ、居間から出て行ってしまった。
「そっか。一緒に出掛けるっていうのも、確かええかも」
呟きながら、櫻真は桔梗が去って行った方を見て疑問符を浮かべる。
「そういえば、桔梗さん……何しに来はったんやろ?」
3月14日。ホワイトデー当日。
櫻真は桜鬼と共に、大阪にあるアミューズメントパークへ来ていた。
「おおっ! 凄いのう、櫻真! ここだけ日本ではないかのようじゃ!」
両目をキラキラとさせ、桜鬼はハリウッド映画の世界に入ったかのような園内を眺め回している。
近代的になった現代には慣れた桜鬼でも、ここでの風景は初めてだろう。
桜鬼はグレーのプリーツワンピースに、黒のショートブーツを履いていた。綺麗な薄桜色の髪を三つ編みにした髪を、低い位置で緩く結んでいる。
自分と出掛ける為に気合いを入れたという。
そんな桜鬼の言葉に、櫻真は妙に気恥ずかしくなった。
桜鬼はそれこそ人目を引くほど綺麗で、多くの人で賑わう園内でも凄く目立っている。
(俺、浮いたりしてへんかな?)
綺麗な桜鬼を見て、櫻真が自身の身なりを気にしていると、
「櫻真! あの高い所で速く動いている物はなんじゃ?」
桜鬼が櫻真の腕に自身の腕を絡め、頭上を走りさるジェットコースターを指差してきた。
「あれは、高速で走る乗り物で……急降下、急上昇したりするんよ。それで爽快感を味わう感じかな?」
上手い説明になっているかは、正直自信がない。
しかしそんな櫻真の説明でも、桜鬼は興味を持ったらしく目をより一層輝かせてきた。
「ほう! それは何とも楽しそうじゃ! 櫻真、すぐに乗りに行こう!」
明るい声を出し、櫻真の腕をグイグイと引っ張る桜鬼。
そんな無邪気な桜鬼につられる様に、櫻真も自然と笑みを浮かべていた。
「うん、乗ろう!」
そしてジェットコースターを乗った後の桜鬼は、本当に子供のようにはしゃいでいた。
「櫻真! 次はあれじゃ! あれに乗ろう!」
テンションの上がった桜鬼が、櫻真の手を握りながら次から次へとアトラクションへと吸い込まれていく。
「おおっ! あそこに巨大な鱶がおるぞ!」
「あれはジョーズっていう映画のキャラクターで、写真スポットになっとるんよ」
「ほう! では櫻真、一緒に写真を撮ろう!」
「うん、ええよ」
桜鬼の言葉に櫻真も笑顔で頷き、吊るされたジョーズの前で写真を撮る。櫻真の端末で写真を撮り終えると、桜鬼は満足そうにジョーズのオブジェを軽く手で叩いた。
「うむ。近くで見ると愛着のある顔をしておるのう。櫻真もそう思わぬか?」
「えーー、そう?」
桜鬼の言葉に櫻真が苦笑を返す。
それから櫻真と桜鬼は、別のエリアにある恐竜をモチーフにしたレストランで食事を取る。
桜鬼がロコモコ丼を、櫻真がフライドチキン丼と肉多めの料理だ。
「じゃあ、午後はこっちのエリアを周ろうか」
端末画面に出したエリアマップを見ながら、櫻真が桜鬼に提案する。
「ほう。ここは初めて行く場所じゃな?」
「そうそう。多分、今から行けば丁度ええくらいの時間やと思う」
話しながら櫻真がマップから桜鬼の方へ視線を上げる。
すると桜鬼はウキウキとした笑顔で頷いてきた。
「櫻真と一緒なら、どこでも行くぞ!」
そんな桜鬼の言葉に櫻真も嬉しくなりながら、櫻真たちは午後の時間もパークでの楽しい時間を過ごしていた。
午後を過ぎ、日も暮れた頃。
櫻真は桜鬼と共に、パーク内で行われるパレードを見に行く。
特別鑑賞チケットを取れたため、パレードを間近で見ることができる。
光と音がありと凡ゆる形で動き、パレードに臨場感をつけていた。そんなパレードに櫻真は桜鬼と並んで眺めていた。
(桜鬼に見せられて、良かった)
隣で桜鬼が笑っている。それは櫻真が見たかった光景だ。
すると不意に桜鬼が櫻真の方へ、振り向いてきた。
「櫻真、妾はこの光景を櫻真と一緒に見られて、本当に嬉しい」
「うん、俺も」
「それでなのじゃが、もう一つお願いを聞いて貰えぬか?」
そう言う桜鬼は少し緊張した様子だ。
「ええよ。何?」
「うむ。では櫻真。正面を向いてくれぬか?」
「正面? こう?」
(桜鬼のお願いって、何やろ?)
櫻真がそう思いながら、光輝くパレードの方へ顔を向ける。
するとその瞬間、櫻真の頬に柔らかい感触が当たった。
「えっ?」
思わずその感触に驚いて、櫻真が桜鬼の方へと振り向く。するとすぐ近くに恥ずかしそうに、はにかむ桜鬼の姿があるのだった。




