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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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虫あみを握る少女

 香港らしい赤い門を潜り、菖蒲たちの耳に小鳥たちのさえずりが聞こえてきていた。

「鳥さんがいっぱい……」

 菖蒲が手を握る藤が店先にたくさん並ぶ、鳥籠と小鳥の姿に目を輝かせている。

 鳥籠の中にいるインコなどの小鳥が入っており、様々な声で鳴いている。鳥の種類も多種多様で思わず感嘆してしまう光景だ。

「魄月花、鬼絵巻はどこらへんにおる?」

「ここから、5軒先の店だけど……」

 魄月花が言葉を切り、後ろへと振り返り始めた。菖蒲と桔梗も足を止め、背後を見る。

「そう簡単に奪わせたりしないから」

 宣戦布告してきたのは、長い虫取り網を握った瑠璃嬢だ。小鳥が多くいる場所ということもあって、妙に捕縛網を持っている瑠璃嬢が場に馴染んでいる。

「桔梗、やっぱりアンタは菖蒲と組んでたんだ」

 自分と桔梗の関係性を突く瑠璃嬢の言葉に、傍らにいる櫻真が顔を強張らせたのが見えた。

 きっと櫻真からすれば、ずっと自分側に立っていた桔梗がこちら側にいるのが落ち着かないのだろう。

「組んでる? うん、そうやね。むしろそれは当然やない?」

 瑠璃嬢の言葉に、狼狽することなく桔梗が頷いた。桔梗はさらりとした口調で説明を続ける。

「考えてみて? 僕が藤と百合亜だけ連れて、何処にいるかも分からへん鬼絵巻を探し回れると思う? 勿論、運良く見つけられたらええけど……この件に関して占術が効力を発揮できない以上、僕と百合亜たちだけで行くのは無難な選択肢とは言えへんよ。君らかて、鬼絵巻を探せる魄月花の気配を追って、ここまで来はったんやろ? 違う?」

 首を傾げる桔梗の言葉に……瑠璃嬢たちは次の言葉を出しては来ない。罷り通っている話しだけに、彼の言葉を「嘘」だとも断言できないのだろう。

 顔を強張らせていた櫻真の顔が微かに弛緩する。けれどそんな櫻真とは対照的に不服そうな顔の蓮条が口を開いてきた。今まで話していた桔梗にではなく、兄弟子である自分に対して。

「俺、納得が行かへん。菖蒲さん、俺には桔梗も敵かのような言い方をしてはった! それなのに、どうして今一緒に行動しはるんですか!?」

 眉を吊り上げて蓮条が菖蒲を責める。

 菖蒲はそんな蓮条を真っ直ぐに見て、淡々とした声音で返す。

「利害の一致やな。むしろ、その言葉以外の理由はない」

「それはつまり、今回の鬼絵巻を百合亜か藤に取らせはるって事ですか?」

 未だに噛みつくような雰囲気を漂わせる蓮条に、菖蒲が頷き返した。

「今回、桔梗はここの鬼絵巻を取るつもりはない。そうやろ?」

 最後の言葉は桔梗へと釘を刺す。

「勿論。何せ今回は藤に『プヨちゃん』を探してっていうのが、事の発端なんやから」

 桔梗がにっこり笑って、「ね?」と藤と百合亜に声を掛ける。

「うん、プヨちゃんと僕たちの家族だから。一緒に家に帰りたい」

「プヨちゃんねぇ、百合亜たちとすっごく、すっごく仲良しなんだよーー!」

 藤と百合亜による『プヨちゃんは、自分たちの』という主張に、瑠璃嬢の表情が明確に歪んだ。幼い二人の主張に対して怒っている訳ではないだろう。

「でも、今回はあたしが、その鬼絵巻を手に入れるから……」

 普段の瑠璃嬢より言葉の歯切れが悪い。瑠璃嬢の後ろにいる儚たちが「さすがに、百合亜たちから奪うのは、躊躇いはるんやな〜」と櫻真たちに耳打ちをしている。

 瑠璃嬢からプヨちゃんを譲らない、と言われた藤たちは首をブンブンと横に振り、不貞腐れた顔を浮かべている。やや良心の呵責に囚われている瑠璃嬢にとって、精神的な追撃だ。

 この追撃を受け続けたくない、と思ったのか……瑠璃嬢がやり切れない思いを爆発させるように、虫取り網を強く握りーー、

「もう、いい! もう話すことなんてないから。行くよ、魑衛!」

 と一方的にここでの会話を終わらせた瑠璃嬢が、勢いよく走り出してきた。

 駆け出した瑠璃嬢の姿に、慌て出す百合亜と藤。そして、瑠璃嬢と共に来た櫻真たちだ。

 いきなり走り始めた異邦人たちに、自分の鳥自慢をしていた地元民が驚き声を上げている。

「ったく、人様に迷惑掛けよって……」

 菖蒲が眉根を指で押さえる。そんな菖蒲の肩を桔梗がポンと叩いてきた。

「こうなったら、しゃーないよ。さっ、僕たちもちゃんと百合亜たちのサポートしに行かへんと」

 桔梗がそう言うと、短い術式を詠唱した。瑠璃嬢たちよりも足の速さで劣る百合亜たちを助けるためだ。

バード・ストリートの道幅は狭く、魘紫を筆頭とする従鬼たちが全力疾走をするわけにも行かない。そのため、真っ先に鬼絵巻の元にたどり着く為には、純粋な足の速さが勝負の要となる。

 言わずとも一番、鬼絵巻がいる場所に近いのは瑠璃嬢だ。だがそんな彼女の足元が突如として、歪み始める。

 今まで硬かった道が、解された紙粘土のように柔らかくなったのだ。瑠璃嬢と並んで走っていた魑衛はもちろんのこと、彼女と僅差で走っていた櫻真たちも桔梗の術式に落ちていく。周章狼狽になり、落ちた穴の中でもがく櫻真たち。

 簡単な術式であるから、術の効力は然程長くはない。けれど、足止めとしてはこれ以上ない効力だろう。

 桔梗が仕組んだ術式の範囲は、直径3メートルほどの円だ。そこに八人が一斉に落ちたため、上手く身動きも取れず、魑衛が桔梗の術を切ることも叶わない。

 桔梗の術式に足を取られた瑠璃嬢が明確な怒気を孕む。

 彼女の目の前には、目的の店があり、その店先の最前列でぶら下がっている籠の中に、明らかに鳥ではないモノが入っていたからだ。

 初めて見る鬼絵巻の姿に一瞬だけ、百合亜たちと櫻真以外の目が点になる。

(何や? アレは?)

 鬼絵巻が色んな形を取ることは、知っていた。だからどんな形を取っていたとしても、驚かない。そう思っていたのだが……自分の考えが甘かったことを菖蒲は悟った。

 鬼絵巻は何を思って、己の形を決めるのだろう?

 緑色のグミのような丸い形をし、猫のような耳と尻尾を生やしている。目もプリントアウトしたようなキラキラとした目で、口は歪な「ん」の字だ。

 何かのプチキャラを模様したかのような見た目のインパクトに、菖蒲たちは打ちのめされていた。

 しかし、そんな自分たちを他所に、百合亜と藤は『プヨちゃん』との再会に歓喜の声を上げている。

 どうやら本当にアレが、今回の目的である鬼絵巻で間違いなさそうだ。

「よっしゃ! 俺が一瞬で捕まえてやるよ!」

 威勢の良い声を上げたのは、百合亜の従鬼である魘紫だ。

 魘紫は百合亜たちに合わせて並走していたため、瑠璃嬢たちのように桔梗の術式に引っ掛かることはなかったのだ。

 魘紫が鳥籠の中にある鬼絵巻へと手を伸ばす。

 しかし魘紫がその鳥籠を掴もうとした瞬間、籠の中にいたはずの鬼絵巻が姿を煙のように消してしまったのだ。

 今まで気づいていなかった異物に気づいたかのように、周りにいた鳥たちが一斉に雄叫びを上げ始める。あまりの騒音に皆が一斉に耳を塞ぐ。

「う、うるせーー」

 魘紫が鳥たちに負けじと怒鳴る。しかし、魘紫の言うことなど鳥たちが聞くはずもない。

 自分たちよりも聴覚が鋭い従鬼は、鳥類の上げる甲高い音の波に参った様子だ。そしてようやく、鳥たちの鳴き声が病んだ時には、桔梗の術式の解けた地面の上に八人の鬼たちが、力なく座り込んでいた。

 すぐに意識を消えた鬼絵巻に戻したのは、虫網を握る瑠璃嬢だけだった。

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