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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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資格筆頭の資金不足

 菖蒲たちは、ホテルのルームサービスについているリムジンに乗り、旺角へと向かっていた。

「ああ〜、ペニンシュラのマンゴープリン、ホンマに最高やね。至福」

うっとりしながら、立ち寄った場所で買ったマンゴープリンを桔梗が見つめている。

「はよ、食べへんと目的地に着くで?」

「桔梗ちゃん、まだ食べてるの? 遅ーい! 百合亜たちも食べ終わっちゃったよ?」

「うん、分かってるんだけど……この味わい深いマンゴーを噛み締めていたくて……」

 確かにペニンシュラのマンゴープリンの味は良かった。

 マンゴー本来が持つ仄かな酸味と甘みを絶妙に活かしていて、甘味が苦手な菖蒲でも食べられる程だ。

 しかしだからと言って、桔梗ほどマンゴープリンを慈しんで食べたりしない。

「どうせ、もう一度買うんやろ?」

 菖蒲が目を細めて桔梗を見る。

 すると桔梗が一回だけ首を頷かせてきた。しかし、その顔は少し複雑そうだ。何故だろう? と思っていると、すぐにその答えは桔梗の口から語られた。

「僕ももう一度、買いたいと思ってるよ。けどね、このプリン……凄く人気なんよ。だから今日中にもう一回買えるかどうかが怪しいんよ」

「なら、日を改めればええやろ」

 菖蒲がスパッと結論を言う。

 けれどそんな菖蒲に桔梗が、呆れた溜息を吐いてきた。何故、自分が溜息を吐かれなければいけないのか? 

 怪訝な表情になった菖蒲に桔梗が口を開く。

「寝る前にも食べたくなるやろ? それに、明日は明日で食べたい物があるし、香港は良質なグルメが揃ってはるから、ホンマに困るわ」

 しみじみとした声を出され、菖蒲は本当に頭を抱えたくなった。

(このアホは、完全に当初の目的を忘れとるな)

 いや、忘れているよりももっと性質の悪いことを考えていそうだ。

 自分の思い過ごしだったら、それで良い。けれど念のため、桔梗の意思を確認しておくべきだろう。

「桔梗。一応訊いておくんやけど」

「ん? 何?」

 マンゴープリンの上についていたビターチョコレートを食べつつ、桔梗が菖蒲の方へと振り返る。

「まさか、ここでの鬼絵巻探しを僕だけにやらせるつもりはないやろうな?」

「………………えっ、まさか」

「えらい返答に時間が掛かったな? 何でや?」

「ほら、チョコレートを食べてたから。菖蒲ちゃん、小さいことを気にしたらアカンよ」

 ニッコリと笑って、桔梗が下心を隠してきた。

 こういう所は、桔梗も葵も似たり寄ったりな気がしてくる。

「大丈夫、菖蒲ちゃん。君が琵琶湖の時に何もしなかったとしても、僕はちゃんとやるよ?」

「……しゃーないやろ。公演の最中やったんやから。不可抗力って奴や」

「うん、分かってる。ただね、僕が言いたいのは、僕だってたまには休みたいってこと」

「やっぱり、(らく)しよるつもりやったんやな?」

 再び菖蒲が訊ねる。

 訊ね相手である桔梗は徐に窓から香港の景色を眺め、

「飛行機、頑張ったんだから」

 と呟くように言ってきた。

「いや、飛行機を頑張ったからって楽する理由にはならへんやろ?」

 尤もらしい事を言っている雰囲気を出し、誤魔化そうとする桔梗を菖蒲が突っぱねる。ここで桔梗の主張に負けるわけには行かない。だが、敵も中々にしぶとい。

「菖蒲ちゃん、今回は鬼絵巻を見つけ出して捕まえるだけなんだから、そんなに肩の力入れなくてええんとちゃう? それなら、せっかく来た香港を楽しもう。そっちの方が有意義だと思うよ? 現に君の従鬼の方がここを楽しんではるよ?」

 菖蒲から視線を外し、桔梗が椿鬼の隣に座り、緑色のビール瓶を持った魄月花を見た。自分に視線を向けられた魄月花が気の良い笑顔を向ける。

「日本のビールも美味いと思ったけど、ここのビールも美味いな」

 青島と書かれたラベルの貼られた瓶を魄月花が軽く上に上げる。菖蒲の従鬼である魄月花は、香港に着くなり酒を買い、海外の味を楽しんでいる。

 規則上、今は自ら鬼絵巻を取りに行けないとはいえ、余りにも体たらくな姿だ。

「魄月花。君、あんまりにも放蕩が過ぎるようやったら、その手に持つ酒を取り上げるからな。覚悟しとき?」

 菖蒲がキッと睨みつける。すると睨まれた魄月花は、「分かった、分かった」と引き攣り笑いを浮かべてきた。

 軽く持ち上げたビール瓶を、今度は守るかのように両手で抱えている。

 主より遊びを楽しむ従鬼は、魄月花以外では魘紫くらいなものだろう。

(こうなったら、さっさと鬼絵巻を探して捕まえるしかないな)

 鬼絵巻さえ捕まれば、自分だって香港観光を心置きなく楽しめるのだから。だが、そんな菖蒲の決意は、魄月花の言葉によって殴られ、瓦解した。

「あれ? 桜鬼、鬼兎火、魁に魑衛の気配がしやがる」

 驚き混じりのその声に、菖蒲とマンゴープリンをようやく食べ終えた桔梗に椿鬼が反応する。

「どういうことや?」

「訊かれてもなぁ……」

 片目を眇めて、魄月花が頭を搔く。

 すると身体ごと窓の方に向けていた百合亜が「あっ!」と声を上げてきた。全員の視線が声を上げた百合亜の方へと向かう。

「百合亜、櫻ちゃんにしゃべっちゃった。菖蒲ちゃんたちと香港に行くって」

 小さい手で口を塞ぐ百合亜に、菖蒲は妙に力が抜けてしまった。百合亜や藤に「喋ったら、行けない」とも言っていなかった自分にも落ち度はあるし、まだ七歳になったばかりの百合亜に、「香港行き」を他人に話すな、という方が無理なのだ。

 ここにいる小さい主からすれば、鬼絵巻探しは遊びの延長線上にしかないのだから。

 けれど、情報漏洩の原因は別の場所からも上がった。

「もしかしたら……」

 二番手に声を上げたのは、顎先を指で摩る桔梗だ。

(お前もかっ!)

 と菖蒲は怒鳴りたくなったが、菖蒲は辛うじて堪える。内容を確認するまで、怒るのは時期尚早だ。

 菖蒲の訝しげな視線に気づいた桔梗が口を開く。

「僕がここに来る準備をしてるのに、気づいたのかもしれんね。いつもは、僕が部屋で何をしてようと気にせんのに、気にしてはったから」

「確かに妙やけど、君が香港行くって分かっただけなら、そこに鬼絵巻があるなんて、瑠璃嬢は分からへんやろ」

 菖蒲が鋭い指摘を入れると、桔梗が肩を小さく上下させてきた。

「琵琶湖でも鬼絵巻を取れなかったのが、相当悔しかったみたいでね。最近、アンテナをピンと立てはってたんよ。だから、菖蒲の動向も見張ってたんやない? そしたら、僕と同じく君も旅行支度してるのを見て、勘を働からせたんやろうね」

「葵が噛んではる線は?」

「いや、ないね。もしアレがこの件に関わってたら……僕らのうんざり顔を見に来るでしょ? それに、瑠璃嬢に教えずに櫻真君に教えはるやろうし」

 桔梗の説明に菖蒲が「確かにな」と呟いて、頷いた。

 とりあえず一番、面倒な奴が動いていないのは良かった。香港に来てまで葵の動きを気にしなければならないのは、心底嫌だったからだ。

「けど、何で四人が一緒に動いてはるんや? 櫻真、蓮条、儚は兎もかく、そこに瑠璃嬢まで加わるとは思えへんかったわ」

 疑問を口にした菖蒲に、間を置かずに桔梗が答えを返してきた。

「そこは資金不足による結託かな。あの子が珍しくお金を使いたい、って言うてきはったから、怪しいと思って、僕もはぐらかしたんよ」

「……それで、浅葱を当てにして、櫻真を仲間に引き連れはったんやな」

 あとは芋蔓式かのように、仲間に入っていったのだろう。

「まさか浅葱さんに頼みに行くなんてね。背に腹は変えられないってことか」

「そうやろうな。元々、瑠璃嬢はプライドが高い方でもないからな。目的のためなら手段は選ばへんやろ」

「そうやろうけど。もう少し礼節とか、自分の立場とか、常識を考えて欲しくはあるね」

 京都での保護者になっている桔梗が、重い溜息を吐いている。

 桔梗がいわんとしている事は理解できる。仮にも瑠璃嬢は関東にある分家からの刺客筆頭で、本家に対して意趣返しを企てていたのだ。

 それにも関わらず浅葱を当てにするのは、如何なものか? と考えてしまうのだろう。

「でもまぁ、瑠璃嬢自身には元々、本家への雪辱っていうよりは、親への方が強かったんやろうからねぇ。親を当てにするよりは、とも思ったのかもしれんけど」

「……それは君の経験則上か?」

 菖蒲がそう訊ねると、桔梗が思わずといった様子で苦笑を浮かべてきた。

「そうかもね」

 車が旺角のエリアに入り、目的地である園圃街雀鳥花園(バード・ガーデン)の前に車が止まった。

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