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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第六章〜珍獣駆ける九龍島〜
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優先順位

 夏季の香港は、凄く蒸し暑い。異国であるにも関わらず、盆地地形の故郷を感じさせる暑さだ。

 今にも雨を落としそうな分厚い雲が、妙に近く感じる。

「ホンマに近いもんやな。香港」

 菖蒲は空港を出て、後ろにいる桔梗に声を掛けた。

 後ろにいる桔梗は、来る前と機内の時とは一転して、付箋だらけのガイドブックを手に爽やかな笑みで口を開いてきた。

 勿論、空港内にあった許留山という店で、マンゴースイーツを堪能して機嫌が良いのだろう。

「連絡は入れといたから、ホテルからの送迎が来てはるみたいやし、まずはホテルに行こうか? せっかくロールスロイスで来てくれてはるみたいやし、百合亜たちも喜ぶやろうから。あーー……でも、ホテルに荷物を置いてから上環にある満記(ムンゲイ)甜店(ティンパン)のマンゴープリンは食べに行きたよね。絶対」

 桔梗の言葉に、百合亜や藤も頷き、機内の中では桔梗と険悪ムードだった魘紫も飛び跳ねながら「食べたい」と連呼している。

(完全に観光気分やな……)

 百合亜や藤が観光気分になるのは分かる。

 けれど大人である桔梗や、従鬼である魘紫が鬼絵巻をそっちのけして良いのか? いや、良いわけがない。

「桔梗、今回の目的が何か忘れてへんやろうな?」

 菖蒲が目を細めながら、念のため桔梗へと訊ねる。

「分かっとるよ。鬼絵巻やろ? けどね……僕としては、せっかく嫌いな飛行機を乗ってきたのに、鬼絵巻の事だけで香港を終わらせたくないわけ。まさか、菖蒲ちゃん。鬼絵巻見つけて、捕まえて、はい、終わり……なんて、つまらないこと言わへんよね?」

 笑顔の桔梗にそう言われ、菖蒲が思わず口を閉じる。

 さすがに菖蒲だって香港にいる間中、鬼絵巻の事だけ考えていたくはない。香港には、日本にはない魅力がたくさんあるのだから。

「言わん。けど、優先順位だけは頭に入れといてな?」

「はいはい。僕もそのくらいは分かっとるよ。あっ、でももしマカオ行く日になってもプヨちゃんが捕まらなくても、マカオには行くよ。エッグタルトは食べておきたいからね」

(全然、分かってへんやん)

 むしろ、桔梗の中で鬼絵巻の優先度は、香港・マカオスイーツよりも下位に来ていることは間違いない。

 俄にこれからの事が不安になってきた。

 それから、菖蒲たちはリムジンへと乗り込み……香港での宿泊地であるザ・リッツ・カールトン・香港へと向かった。

 リッツ・カールトンは、環球貿易広場( ICCビル)の103階以上にホテルを構える欧州系のラグジュアリーホテルだ。

 室内からは、ビクトリアハーバーや香港島などが一望できる。

 菖蒲たちが取ったのは、117階にあるホテルの最高級スイートルームだ。桔梗とだけで来たのなら、わざわざスイートではなく一人部屋を二部屋取っていたが……百合亜や藤がいるため、今回は大部屋を取っていた。それに宿泊中に運転手付きの移動手段があるのもポイントが高い。

 百合亜と藤は、部屋の大きな窓から下を覗き込み、大はしゃぎしている。

 部屋に着いたあとは、霊体化していた魄月花や椿鬼、魘紫や魅殊なども腕を伸ばし、リラックスムードだ。

 それらを横目に菖蒲と桔梗は荷物を置き、テーブルの上に香港の地図を広げていた。

 菖蒲が地図を見ながら、意識を集中させる。

 すると頭の中に、見知らぬ土地である香港の情景が浮かんできた。日本に居た時よりもはっきり、情景や地名が浮かんでくる。

「鬼絵巻がいるのは、園圃街雀鳥花園(バード・ガーデン)におるみたいやな。つまり上環行きはその後や」

 菖蒲がそう言うと、桔梗があからさまにがっかりした顔を浮かべてきた。

 しかしそんな顔をされようと、菖蒲の意思は変わらない。少しの間、意思と意思のぶつかり合いを続けると、桔梗が溜息を吐いて折れた。

「いいよ、途中でペニンシュラに寄ってくれれば。そこでマンゴープリンを買うから」

 諦めた風を装いつつ、マンゴープリンは諦めてなかったらしい。

雀仔街(バード・ストリート)かぁ。観光的にも丁度ええ、ところやね。もしかして、プヨちゃん、鳥籠の中にでも入ってはるの?」

 続けて、冗談混じりの声で桔梗が四角いチョコレートの包みを開けながら、訊ねてきた。元々部屋に置いてあった高級チョコレートだ。

「見えた情景からすると、そんな感じやな。自分の事を鳥とでも思ってるんやろうか?」

「さぁ。でも、プヨちゃんがどうして香港にいるのかの推測はできたよ」

 チョコレートを噛み締めて食べる桔梗。その口には自然と笑みが溢れている。

 そんな桔梗に視線だけで、菖蒲が話を進めるように促した。

「多分、藤のお父さんの荷物に混じって、ここに来たと思うよ。丁度、夏休みに入る前くらいに、藤のお父さんが海外出張で香港に行ってはったみたいやから」

「なるほどな」

 藤たちが鬼絵巻を契約書に取り込まず、小さいペットとして扱っていたからこそ置きた珍事だろう。

 そして何故、香港に鬼絵巻が? という疑問はあっさりと解決してしまった事になる。

「今後、百合亜たちが鬼絵巻を手に入れたら、すぐに契約書に取り込ませへんとな」

 溜息混じりの菖蒲の言葉に、桔梗が短い笑い声を上げてきた。

 嫌な飛行機を終え、美味しいチョコにありつけた桔梗は凄く気分が良いらしい。

「マップで言うと旺角東(モンコックイースト)エリアやな」

「旺角東やと……ああ、近くにオリジナルお菓子を売ってる貴族蛋糕(クワイゾダンゴウ)っていう店があるね。そのこエッグタルトとマンゴケーキは絶対に買わないと」

 観光ブックなど見ていないはずなのに、桔梗は駅名を聞いただけで、そこにある甘味の話をしてきた。

(恐るべし、スイーツ愛やな……)

 食べ漏れがないように、甘味処の場所を記憶しているのだろう。

「桔梗、せっかく行くんやから……街並みとかも楽しむんやで?」

 呆れ顔で桔梗に釘を指す。

 すると桔梗はソファからスクっと立ち上がり「勿論!」と言ってきた。

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