微妙な空気
さっきまで窓を見ていた霊体化している桜鬼でさえ……機内を見て回る、と言って今の状況を楽しんでいるのだ。自分も目的に囚われすぎず、楽しもう。
櫻真がそんなことを考えていると、儚と話を終えていた蓮条が声を掛けてきた。
「なぁ、櫻真」
「ん? 何?」
妙に声を萎めて話す蓮条に、櫻真が耳を傾ける。
「今、桜鬼の様子はどう?」
「桜鬼? 桜鬼なら前の方を見てくる言わはって居らんよ。何で?」
櫻真が首を傾げさせる。
すると蓮条が少し眉を寄せて、口を開いてきた。
「いや、鬼兎火と桜鬼が微妙にぎこちない気がして……喧嘩でもしよったんかな?」
「桜鬼と鬼兎火が?」
「そや。俺も鬼兎火に直接聞いたわけやないから、確証は持てへんけど……桜鬼からは何か聞いとったりする?」
訊ねられ、櫻真はここ最近の桜鬼たちを考える。
櫻真と蓮条が学校や稽古場で会うように、桜鬼と鬼兎火も同じように会う。そのため、他の従鬼たちとよりも、この二人は顔を合わせる回数が多い。そのためか、桜鬼と鬼兎火はよく他愛もない話をしているのだ。
琵琶湖にいた時は話していたと思う。けれど、その後は……。
「……そういえば、前より話してへんかも」
「な? だから何かあったんかな?」
「うーん、どうなんやろ? もし会話が無くなったとしたら琵琶湖後やから、やっぱり鬼絵巻が取られて……その、悔しい、とか?」
蓮条にこれを言うのもどうかと思うが、考えられる要因としてはコレだ。桜鬼が鬼絵巻を手に入れたいと思うのと同じくらい、鬼兎火も鬼絵巻を欲しているのだから。
しかしそんな櫻真へと、蓮条があっさりした様子で首を横に振ってきた。
「ちゃうな。確かに悔しい気持ちはあるし、今度こそ取ろうって気持ちはあるけど……取る取られたは、鬼兎火も桜鬼も周知の事実やろ? だからそれで怒るなんて事、鬼兎火の性格的にあらへんよ」
言われてみれば、確かにそうだ。
瑠璃嬢の従鬼である魑衛ならまだしも、冷静な鬼兎火が自分たちを棚に上げて怒るようなことはしない。
「そしたら、俺らが知らへん間に何か問題があったんかな?」
「かもしれん」
同じ顔で、同じように眉を潜める櫻真と蓮条。
そんな双子の様子に蓮条の横に座る儚が気付き、声を掛けてきた。
「どないしたん?」
訊かれるがままに、櫻真と蓮条が事情を話す。ここは三人寄れば文殊の知恵だ。
「ん〜〜」
話を聞き終えた儚が口に手を当て、少し唸ってから……
「もしかして、色恋沙汰の話で揉めはったとか!」
と妙に熱を上げて、そう言ってきた。
「桜鬼と鬼兎火で?」
櫻真が訝しげに首を傾げさせる。儚が何を思って、その考えに至ったのかは分からない。しかし、櫻真が桜鬼を見る限り、鬼兎火とそう言う揉め事はしないように思う。
「ほら、前にもこう言う事があったやん? あの時は魁やったけど……」
言葉尻が小さい声になったのは、近くにいる魁に気を使ってだろう。儚は付け足すように「大丈夫。魁は今眠っとるから」と説明してきた。
「つまり、桜鬼も魁と同じく鬼兎火の古傷に触りはったってこと?」
櫻真がそう言うと、儚が「可能性としては……」と言いながら、ゆっくり頷いてきた。
「蓮条はどう思う?」
会話の矛先を櫻真が蓮条へ向ける。すると蓮条がやや戸惑う顔で、
「あり得なくはない。けど……もし、儚の考えが正しいとしたら困ったな」
と返事をしてきた。
困ったと言う蓮条の顔を、蓮条の両脇にいる儚と櫻真が「?」を浮かべて覗き込む。
すると二人の視線を受けた蓮条が居住まいを正し、口を開いた。
「今回は俺ら四人組で協力して、菖蒲さんたちと鬼絵巻を取り合うんやで? もし、桜鬼と鬼兎火に蟠りがあって、連携が崩れたら大変やん」
「確かにそうやけど……そう言う場面で桜鬼と鬼兎火が私情を挟みはるかな?」
櫻真の言葉に、蓮条が小さく肩を上下させる。
「勿論、二人があからさまに気まずさを出さへんとは思う。だから連携が取れないわけやないけど、今の小さな穴に足が取られるか分からへんやろ?」
「前の鬼兎火の様子からして、根っこは深そうやしなぁ〜〜」
儚の言葉に同調するように唸る三人。詳しい事情を知らないだけに、上手い解決策が見えてこない。自分たちの思い違いであれば良いが、こういう時の感は、嫌になるほど当たるものだ。
「なぁ、櫻真から後で桜鬼にそれとなく訊けへん? 鬼兎火やと……はぐらかされそうやん?」
蓮条の言葉は一理ある。
桜鬼だったら櫻真が頼み込めば、何とか事情を教えてくれるかもしれない。
「でも、桜鬼もあんまり言いたくなさそうやったら……」
「その時は……また別の方法を考えるしかないな」
櫻真が「そやな」と言いながら、蓮条の言葉に頷く。
そしてその直後に、機内を見て回っていた桜鬼が戻ってきたため、話はそこで終わった。
櫻真たちが自分たちの事を話していた事など知らない桜鬼が、コクピット内にあったボタンの多さなどを語ってきた。
櫻真と共に蓮条や儚がその話に耳を傾ける。
そんな三人の様子を傍らで、途中から寝たフリをしていた魁が小さく溜息を吐いた。




