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自分の力で

 敵の背後に付いた椿鬼の手には、愛銃は握られておらず、代わりに小刀が握られている。

「これ以上の抵抗は無意味ですよ」

 喉元に刃を当てる椿鬼が紫陽の動きを無力化せんと口を開く。

 いくら手練れだとしても、もう懐に潜り込んだ椿鬼に勝つ事はできないだろう。

 紫陽自身もそれを思ったのか、あっさりとした様子で両手を軽く上にあげて、降参ポーズを示してきた。

 とはいえ、椿鬼を殺傷範囲から退かす事はしない。桔梗の方に分があるとはいえ、相手が完全に大人しくなったとは言えないからだ。

「これは僕の憶測やけど、君が使役する式鬼神は十二神将の『貴人』やね?」

 貴人は十二神将の中でも主将とされる十二神将だ。古来より貴人がいる方向を(ふたがり)といい、貴人がいる方へ向かうと災いが起こると言われていた。平安時代より方違えという風習が生まれる要因ともなった神だ。 

 もし、途中で椿鬼と人形を摩り替えてなければ、椿鬼にも相当なダメージが来ていただろう。

 厄介な式鬼神を使役にしているにも程がある。

 自分の式鬼神について訊ねられた紫陽は、躊躇う様子もなく桔梗の言葉に頷いてきた。

「一度、技を見ただけで僕の式鬼神を言い当てるなんて流石ですね。御見逸れしました」

「僕にそれを言うんやったら、向こうで君の仲間の攻撃を見事に跳ね返した、櫻真君に言うたらどう?」

「はは。それはまだ出来ませんね。僕はあの子と戦っていませんし。何より、あの子は僕と相性が悪すぎるんですよ」

再び紫陽が、自分の方が強いと言い切ってきた。

 ここまで言い切られると、ただの慢心とは思えなくなってくる。

(少し脅せば、口を割るやろうか?)

 敵の真意を探る手立てを考える桔梗を他所に、紫陽が少し離れた所で展開される櫻真の術式に目を細めながら、ぼそりと呟いてきた。

「本当に今回は……今までにない程の掛け合わせで参りましたねぇ」

 男が口走った一言に、桔梗が思わず目を丸くした。そしてそれは、離れた場所で座っていた葵も、思わず立ち上がるほどの言葉だった。

 桔梗は葵の気配に気づき、すぐに表情を平常に戻した。

 幸い、こちらに意識を傾倒させた葵は、紫陽の言葉に驚くあまり自分が驚いたことに気付いていない。

 内心で冷め止まぬ驚きを溜息で外へと逃し、桔梗は口を開いた。

「ねぇ、君が鬼絵巻に関わる理由はなに?」

「敵相手に随分と直球的な物言いですね」

「遠回しに訊くよりはええやろ?」

 目を細める桔梗に紫陽が薄く笑ってきた。

「僕がしたいのは救済です。そう僕は……今度こそ絶対に救ってみせる」

 言葉を紡いたその顔には、すでに笑みは浮かんでおらず、真剣さだけが残されていた。



 櫻真は桜鬼の腹心である飛廉の背中に乗りながら、青雲と対峙していた。

 桜鬼は二本の刀を構えながら、青雲との間合いを取っている。

 青雲は櫻真たちを戦い相手にすると決めると、すぐに特殊な結界で天と地を分けてきたのだ。

 地上からの干渉を受けないようにだろう。

 桜鬼は自身の周りにある空気を操り、空中で浮くように立っていた。

「これならば、下手に椿鬼たちに邪魔される心配せずに、鬼絵巻との戦いに集中できる」

 青雲の張った結界を見て、桜鬼が満足げに頷いてきた。

そんな桜鬼に櫻真も同意見だ。

 先ほどの鬼絵巻は自分の力量不足もあり、桔梗に取られてしまった。だからこそ、ここで掴んだチャンスを逃したくはない。

「やろう、桜鬼」

「うむ、無論じゃ。妾と櫻真にとっての大一番。この舞台を決して踏み外しはせぬ!」

 櫻真の掛け言葉に桜鬼が景気良く答えてきた。

 桜鬼の手に握られている二本の刀は、一つは刀身が1メートル弱もある太刀で、刃文が美しく波を打つ風を司る刀だ。

 もう一本は、土行を司る刀身70センチの打刀だ。

 どちらの刀も水属性の青雲相手に相性の悪くない武器だ。

 桜鬼と見合っている青雲が動き出す素振りは、今のところ見えない。するとそんな鬼絵巻を前に痺れを切らしたのは、桜鬼の方だった。

「少し様子を伺ってはいたが、どうやらこちらが手を出すまで仕掛けるつもりはなさそうじゃ。櫻真、どうする?」

 こちらに振り返ってきた桜鬼に、すぐさま櫻真が答えを出す。

「なら、こっちから仕掛けよう。このまま睨み合ってるより、ずっとええ」

 すると桜鬼が「同感じゃ!」と言いながら、青雲へと肉薄し始めた。

 桜鬼が刀身の長い太刀の方を最初に振るう。するとその刃から風の刃が出現し、青雲の体を呆気ないほど切り刻む。

 切り刻まれた青雲の体が水滴となり空中に漂う。けれどその漂う水滴は、あくまで青雲の体の一部であり、それは本体にとっての矛だ。

 空中に漂う水滴が弾丸のような勢いで、桜鬼に向かって飛んでいく。

 そんな水滴を桜鬼が二本の刀で往なしていく。縦横無尽に襲いくる水滴を相手に桜鬼の動きに戸惑いや隙はない。

 櫻真に向かって放たれる水弾は、飛廉が軽やかな動きで避けてくれている。何発かが櫻真の結界に命中しただけでも、櫻真たちに衝撃による振動を与えてくるのだ。海外などで出回っている銃弾よりも遙かに威力は上だろう。

(強化してても、絶対に生身で受けたらアカン奴や……)

 敵の攻撃の威力を感じ、櫻真はより一層警戒心を引き締めた。

「青雲よ、物量だけで妾を倒せると思うでない」

 そう言って、桜鬼が太刀に声聞力を込めて小さな旋風を作り出す。

 作り出された旋風はすぐに刀身を離れ、桜鬼を囲っていた水滴を巻き取り始める。これで、桜鬼を襲う水滴の群衆は、その効力を失った。それを見届けた桜鬼がすぐさま打刀の切っ先を青雲へと向けて、四角を描く。

 すると堅牢な土壁四枚が現れた。

「囲めっ!」

 桜鬼の短い号令に合わせて、四枚の土壁が巨大な体躯を持つ青雲を囲む。そして青雲を押し潰すように土壁が内側へと動き始めた。

 けれど、青雲も黙って押し潰されはしない。

 土壁に囲まれた青雲が大きな咆哮を上げた。音の振動がエネルギーとなり、桜鬼が形成した土壁を破壊してきた。

 そして自身の長い尾を自在に操り、鞭のように桜鬼に振り下ろしてきた。

 青雲の尾の横幅は軽く10メートルはある。けれどその尾を桜鬼は二本の刀を交差させて受け止める。そしてそのまま二本の刀を外へ払い、×の斬線で青雲の尾を切り裂いた。

 だが尾を切り裂かれようと、青雲にダメージは来ていない。

 尾を切り裂かれても、その動きに変化はなくまるで気にしている風すらない。

「これでは手応えがまるでないのう」

 そう呟いた桜鬼の横から青雲の頭が現れ、そのまま突進してきた。

 けれど、青雲の突進は櫻真が張った結界によって不発に終わる。櫻真はそれを見ながら新たな術式を放つため声聞力を上げていた。

桜鬼の斬撃があまり効いていない事を考えると、本来は頭の先から尾の先まで水分で出来ている青雲に物理は無意味なのだろう。

 それにも関わらず土壁を破壊したのは、ただの偶然だったのだ。

 しかし、そんな物理が効かない身体も水分でなくなれば話は変わってくるだろう。

(これなら……きっと……)

 櫻真はそう確信と自信を胸に、術式を発動させる。

「木行の法の下、寒風よ笑い狂え、暴れ狂え、全てを凍らせよ! 急急如律令!」

 青雲を冷たく鋭い風が襲い掛かる。

 風は有形でなく無形であり、故に青雲がどのようにのたうち回っても逃れられるものではない。

 寒風に晒された青雲の体がどんどん凍り付いていく。先ほどまで勢いのあった動きも殆ど封じられている。

 完全に鬼絵巻の動きを止めた櫻真の術を見て、桜鬼が思わず感嘆を漏らしてきた。

「これ程までの巨躯を持つ鬼絵巻の動きを完封させるとは……」

 しかし、そんな桜鬼の呟きは櫻真には届いていなかった。

「桜鬼、これで物理攻撃が効くはずやで」

 そんな櫻真の言葉に、桜鬼がハッとしてすぐさま凍りついた青雲を見てから、再び櫻真へと視線を向けてきた。

「ここまで櫻真がやってくれたのじゃ。妾も少しくらい見せねばのう」

 笑顔を見せてきた桜鬼に櫻真が頷く。

 すると彼女は二本の刀を手に、自身で生み出した風に取って高く舞い飛ぶ。

 桜鬼が青雲の頭上へたどり着くと、二本の刀を重ね合わせる。

「大一番の舞台ではあるが、長引く演目は切れが悪い。故に次の一手で終焉じゃ」

 目を細めた桜鬼の声聞力が、どんどん上がっていく。それは泉のように溢れ出し、取り留めがない。

 桜鬼から膨大に溢れ出す声聞力が、重なり一本となった刀に収束されていく。

 一つになった刀は風を司どる太刀でも、土を司どる打刀でもなかった。

 光の大太刀となった刀は真っ直ぐに天へと伸び、夜空を漂う雲一片すら寄せ付けない暴風が吹き荒れる。その大太刀から放たれる熱は、外気の気温を一気に上昇させるほどだ。

 天には七色のアーチ状の光が現れ、神々しいほどの光を放っている。

 琵琶湖に住まう青龍の如き、青雲を斬り倒すのに相応しい刀だろう。

 八相の構えで持った大太刀を、桜鬼が躊躇いなく振り下ろす。細い糸がピンと張り詰めるような空気の中で、苛烈な熱の一閃が凍りつき動けなくなった青雲へと食らいついた。

 斬撃は容赦無く獲物を食い散らかし、粉々に粉砕したそれを熱で溶かしていく。

 後に残るのは空気に漂う「居た」という事実の残滓のみだ。

 そしてその残滓が一つの青い宝玉へと姿を変えていく。

櫻真は宝玉の姿へと戻った鬼絵巻を手にした。

(やっと、自分たちの力で……)

 鬼絵巻を手にすることが叶った。

 確かな事実が櫻真に喜びと達成感を与えてくる。

 そんな櫻真の元に……

「櫻真! 見事二つ目の鬼絵巻を手に入れたのう! 誠に喜ばしいことじゃ!」

 いつもの調子に戻った桜鬼が、飛廉に乗る櫻真へと勢いよく抱きついてきた。

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