じゃんけん
隆盛が蓮条たちと戦っている最中、彩香は子供の従鬼に追い詰められ、最初にいた都久夫須麻神社から離れた船場の方へと来てしまっていた。
子供という外見はしていても、相手は従鬼。それは彩香自身も重々に分かっている。だから侮ったり、手を抜こうとも考えていないし、してはいけないとさえ思う。
(でも、これって割と卑怯じゃ……)
自身に対して最大限の結界を張る彩香の視線の先にいるのは……
「おい、逃げてばっかりじゃ、つまらねぇーだろ」
「そうだよ! お姉ちゃん、ちゃんと真面目にやって!」
「僕たち、お姉ちゃんを倒した後で、今よりもっとパワーアップした金ピカお兄ちゃんとの戦いもあるんだ」
「……貴方は、もう変身しないの?」
好き勝手に話す四人の子供だ。
しかも主である少女と少年を従鬼が肩車している格好で、彩香の前に立っている。
(従鬼だけを相手にするなら、まだ気がれないのに……)
術者とはいえ、ただの人間であり、幼い子供を巻き添えにすると考えると、下手に手出しができない。
(これが、もしこの子たちの作戦なら、本当に末恐ろしいものはありますね)
けれど百合亜たちの表情は、ただただ無邪気だ。学校の校庭で鬼ごっこでもしているかのような、気楽ささえ感じる。
いや、きっと目の前にいる子供たちにとって……その程度の感覚なのだろう。
でも、変に注意を怠ればこちらが大怪我を負いかねない。
遊び感覚の子供にとって、加減という言葉はあまりにも優先順位が低くなってしまう。楽しくなればなるほど、負けて悔しくなればなるほど……今の自分以上に加減ができなくなるからだ。
「一つ、良いですか? 私も正直、四人を相手にするのは厳しいです。せめて、二人ずつで来てくれませんか?」
まだ百合亜たちの感情が静かな時に、最低条件は出しておかなければ。
子供が素直に自分の言うことを聞いてくれるのか? その不安はある。けれどそんな彩香の不安は杞憂に終わった。
彩香の話を、目を瞬かせながら聞いていた百合亜たちが、迷うこともなく頭を頷かせてきたのだ。
「うん、いいよ。弱い者イジメしたらダメだもんね。じゃあ、藤……じゃんけんして、どっちが先に戦うか決めよーー」
「いいよーー」
「百合亜、絶対勝てよ!」
「がんばれ」
そして、従鬼二人からの声援を受けながら、主二人のじゃんけんが始まった。
それを見ながら、彩香は何枚かの護符を点門から取り出しておく。
(攻撃系というよりは、防御に徹する方に……)
そう考えながら彩香が10枚の護符を取り出す。有り難いことに、百合亜と藤のじゃんけん勝負はあいこのまま続いている。
彩香はその間に、二人の従鬼を見た。
百合亜のことを肩車している魘紫は、先ほど自分を追ってきた様子を見ているだけでも、術より物理の方が得意という感じだった。
逆に藤を肩車している魅殊は、術を使って魘紫と平行していた辺りを考えれば、物理ではなく術の方が得意なのだろう。
防御姿勢を取ろうとしている彩香からすると、じゃんけんで勝って欲しいのは、百合亜の方だ。
そして、そんな彩香の願いはグーを出した百合亜の勝利で叶った。
「よっしゃーー! 百合亜、俺たちの勝ちーー!」
「やったねーー! 蓮ちゃんがピンチになる前に、早くお姉ちゃんを倒しちゃお!」
笑顔ではしゃぐ百合亜と魘紫に、彩香が息を飲む。
(私の戦いはここから……)
「どうやら、女の子の方に決まったみたいですね。なら、勝負は今からスタートです」
そう言って、彩香は思い切り地面を蹴り、魘紫との距離を開けた。
鬼降ろしをしている自分の脚力ならば、軽く100メートルの距離を跳ぶことは可能だ。
「あーー! お姉ちゃんが逃げた!」
「追うぞ、百合亜!」
待ち望んでいた遊びが開始された、と言わんばかりに目を輝かせる百合亜と魘紫。
そんな二人を前に彩香が防護の結界をミルフィーユ状に何重にも張っていく。
内側に行けば行くほど、防御力を上げた結界を展開するのだ。
(後は、この防御力を相手が上回らない事を祈るだけですね……)
結界の中央で彩香は、こちらに向かってきた魘紫を返り討ちにするための、攻撃の術式を準備し始める。
ただ、そこでも気掛かりなのは……魘紫に肩車されている百合亜の存在だ。
「ここに来るまでに、どうにかして引き剥がさないと」
彩香がそう呟いた瞬間。
バチバチバチ……という電流がショートするような光と音、そして振動が彩香を襲ってきた。
どうやら、魘紫たちが自分の張った結界へと侵入を開始したらしい。
中心にいる自分と魘紫たちの距離は、300メートルあれば良い方だ。その間に、魘紫の気力を失わせられれば、この状況の彩香にも勝機の光が差してくる。
「結界、うぜぇええ! 蜘蛛の巣みてぇ!」
「魘紫、ファイトォオ!」
魘紫に肩車されている百合亜は、自身に結界を張っているらしく、彩香の結界に衝突する際のダメージを防いている。
幾ら幼いとはいえ、身を守る対処はちゃんとしているらしい。
(隆盛にもそこは見習って欲しいくらいですね)
野生の猪のように猪突猛進の隆盛は、百合亜たち以上に防御力が低いのだ。
(大怪我をしてなければ、良いんですけど……)
そんな離れた所で蓮条と戦っている隆盛を考える彩香だったが、視線の先にいる魘紫の姿を見て、すぐに現実へと引き戻された。
「そんなっ!」
彩香の声には、驚愕と恐怖がくっきりと現れていた。
(外側の結界は破られるとは思っていたけど……)
魘紫はすでに半分ほどの結界を破っており、その顔に疲労や無理しているような表情は見られない。
バチバチバチ……魘紫は両手を前に突き出し、結界を推し破ってくる。その足は止まらない。
「もうちょっと、もうちょっと」
弾む、鼻歌混じりの百合亜の声。その声とは正反対に彩香の顔を青くなる。
まだ魘紫を返り討ちにするための、術式が用意できてはいない。
(私が戦略を見誤った?)
いや、しかし時間を掛けずに放たれる攻撃術で、結界を素手で押し破る魘紫に勝てたかも妖しい。
(どうすれば……?)
そう考えている間に、バチバチ……と結界を破る音が鳴り続け……
「よぉおし、敵、みぃっけ!」
ニンマリとした笑みを魘紫が彩香へと向けてきた。




