悲鳴と笑い声
鬼兎火の刃が直撃した隆盛は、そのまま背後に吹き飛ばされ、舞台構造の舟廊下の柱を突き破っている。
何本もの柱を破壊し、その中に埋もれる形で隆盛が倒れ込む。
「鬼兎火、手応えは?」
「バッチリよ。けど……まだまだ大人しくはなってくれなさそうね」
蓮条の言葉に答えた鬼兎火の視線は、隆盛の方にある。
そして鬼兎火の言葉通り、柱に埋もれていた隆盛が勢いよく鬼兎火の方へと飛び出してきた。
飛び出してきた隆盛の左頬からは、血が流れ落ちている。黄金の甲冑にもくっきりと鬼兎火の斬痕が残っているが、隆盛自身はそれをからきしきにする様子はない。
勝つ事だけを考えて、受けたダメージの事など頭から追い出してしまっている様だ。
(物凄い集中力やな……)
強敵に恐る事なく突貫していく隆盛に、蓮条は思わず感服してしまう。
「行くぜぇえ!」
隆盛が鬼兎火に向かって、焔を纏った両拳を鬼兎火へと連打する。
速度は人である蓮条の目では、追うことの出来ない速さだ。
けれどだからと言って、蓮条が何も対処しないわけではない。鬼兎火への攻撃に集中する隆盛へと術式を放っていた。
「火行の法の下、宙に彷徨いし蛍火よ、その身を集わせ、敵を打て! 急急如律令!」
蓮条の術式が発動すると、鬼兎火たちを中心に散っていた小さな火花たちが集まり始め、むう数の球体となる。
そしてその球体から、隆盛に向かって光線が放たれた。
「ああ! 鬱陶しい!」
鬼兎火の攻撃に比べると威力が落ちるとはいえ、その熱は無視し続けることはできない。
そのためか隆盛が鬼兎火から離れ、高速に拳を動かし球体を撲滅していく。
「愚直……ねぇ」
やや物言いたげな表情で、鬼兎火が蓮条の攻撃に対応する隆盛へと刃の穂先を突き出した。
霞構えからの刺突だ。しかもただの刺突ではない。その穂先に身を貫かれれば、その傷口から炎が吹き出し、身の内から焼かれることになる突きだ。
隆盛も直感的に技の脅威を感じているのか、身体を小刻みに上下左右に動かしながら、刺突を躱していく。
そんな隆盛の動きに合わせて、刺突を繰り出す鬼兎火の動きも加速する。
刃を引く時に生じるはずのタイムラグがまるでなく、一秒間で10の突きが隆盛へと繰り出されているのだ。
「ったく! どんな速さしてんだよ! あり得ないだろ!」
今更感のある愚痴を零す隆盛に、鬼兎火が小さく微笑む。
「あら? さっきの貴方も中々の速さだったわよ?」
容赦ない鬼兎火の刺突は速度を落とさず、継続されている。
直感的に動く隆盛もこのままでは埒が明かないと思ったのか、下手な反撃を出さずに何かを考えている様子だ。
だがそんな隆盛を他所に、蓮条も敵を畳み掛けるために動いていた。
蓮条が次に展開しようとしているのも火行。本当なら火の相克である水を使った方が良いだろう。しかし、蓮条は火で勝負すると心に決めていた。
鬼兎火と自分が得意手としているのが火行であり、また隆盛も火行を得意としているからだ。
なら純粋に火力の強さで挑みたい。
その思いを込めて、蓮条は術式を唱える。
「火行の法の下、地の精よ、その身を炎の大蛇とし、かの者の動きを封じよ! 急急如律令!」
地面が畝のように盛り上がり、そこから勢いよく蛇の形を催した炎が現れる。
「いっ!」
地面から這い出た炎蛇を見て、刺突回避に集中していた隆盛が目を向いている。
そんな隆盛の身体に炎蛇が容赦なく巻き付く。
「コラァ! 離せって!」
炎蛇から逃れようと隆盛が足搔くが、それは蛇の習性を持った術に対して逆効果にしかならない。蛇は獲物が踠くほどきつく締め付けるのだ。
「敵である貴方に一つ塩を送るとしたら、そうね……次は攻撃ばかりに集中せずに、自分への強化も行うことね」
蓮条が強化した火行の炎を纏った、鬼兎火の刃。
そしてその刃は、既に隆盛に刻まれた斬痕と交差する斬線を描いて、少年を吹き飛ばした。
「まだだ、とか言うて立たれても困るからな」
吹き飛ばされ、地面に倒れた隆盛を蓮条が結界で囲む。けれど蓮条の心配は杞憂に終わった。結界の中にいる隆盛は、先ほどの攻撃により仰向けに倒れ、気絶していたからだ。
そんな蓮条の元に、軽い足取りで鬼兎火が戻ってきた。
「ご苦労さん、鬼兎火。大丈……ぶって、めっちゃ火傷しとるやん!」
横に立つ鬼兎火の身体には、細かい火傷が数多くある。蓮条が慌てて鬼兎火の治療のため、用意しておいた護符を一枚取り出し、発動させる。
「侮れない火力があったわね。あの子がもっと策士だったら、戦いはもっと厳しかったはずよ」
「鬼兎火がそう言わはるなら、そうなんやろうな。でも、大丈夫や」
「大丈夫って?」
「アイツが今より強くなるんやったら、俺と鬼兎火がそれ以上に強くなればええんやから」
蓮条だって、鬼兎火と共に隆盛の強さを見ていた。
今回の戦いで隆盛は、安直な行動が仇となり自分たちに負けた。しかしまた次に戦う時も同じ結果になるとは限らない。
相手も勝つために、悩み動くのだから。
だからこそ、自分たちは次も勝てるように考え強くなるしかない。
(それに俺の一番の敵は……)
「……そうせんと、次に櫻真たちと戦うときに勝てへんやろ?」
蓮条がそう言って、鬼兎火を見る。
すると鬼兎火が満足そうな笑顔で頷いてきた。
「ええ。まさにその通りね。じゃあ、早く傷を治さないと。空の上にいる鬼絵巻を誰かに取られる前に」
「そやな。ホンマに住吉の奴が変に粘りよるから……」
鬼兎火の火傷を直しながら、蓮条が文句を吐く。
しかしそんな蓮条の言葉は……
「きゃああああああああああああああああ〜〜!」
いつの間にか離れた所で戦っていた彩香の悲鳴によって、掻き消された。
突如、聞こえてきた寝ていた鳥も驚くほどの悲鳴に蓮条と鬼兎火が目を見合わせる。
そして、悲鳴の後に響いたのは悪魔のような、魘紫の笑い声だった。




