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葵の相方

 ーードォオオン。

 音が鳴り響いたあと、粉々に粉砕された石階段の残骸が辺りに転がっていた。

 その前にいたはずの鬼の手と蓮条と鬼兎火の姿が消えている。消えずに居るのは魘紫の突貫攻撃を跳躍して避けた桜鬼だけだ。

「桜鬼、蓮条と鬼兎火は? それに魘紫もおらへん」

 困惑混じりの声で櫻真が近くにいた桜鬼に訊ねる。けれど桜鬼も狐につままれた様な顔で静かに首を横に振ってきた。

 しかしそれは無理もない。ほんの一瞬前まで三人はそこに居たのだから。

「……済まぬ。櫻真」

 申し訳なさそうに櫻真の元にやってきた桜鬼に、櫻真も首を横に振った。

「桜鬼が謝ることやないよ。俺も三人の気配を探してみる」

「いや、櫻真君が探る前に……全部、分かってそうな人に訊けばええんよ」

 気配を探ろうとした櫻真の動きを止め他のは、百合亜を落ち着かせている桔梗だ。

 そしてそんな桔梗が椿鬼を見る。

「椿鬼、後ろの三重塔の相輪の付け根部分を撃ち抜いて」

 桔梗に指示された椿鬼が遅滞無く、音もなく取り出したライフル銃で目標箇所を撃ち抜く。

 すると本来なら、空の彼方へと飛んでいくはずの銃弾が……見えない壁に当たったかのように弾かれる。

 そこは丁度、桔梗が指示した場所だ。

「もう隠れなくてもええよ? 居るんやろ、葵?」

 桔梗が後ろを振り返り問い掛けると……

「もう! 威嚇射撃もなしに鉛弾を飛ばしてくるなんて、とんでもない下衆野郎ね」

 軽佻な言葉を口にする葵が姿を現してきた。

「姉さん……」

「ヤッホーー、櫻真。前回よりも声聞力が上がってるようで……姉さんは嬉しい限りだぞ」

「そんな事はどうでもええわっ! 蓮条たちを何処へやったん?」

 櫻真が怒りの籠った視線で葵を睨みつける。

 するとそんな櫻真の怒りを真っ向から浴びた葵がげんなりした表情で、肩を落としてきた。

「あーあ、またそうやって私を悪者扱いするんだから。酷いわ。いつも、いつも。私は櫻真のことを思って行動しただけなのに……」

「俺のため? 意味が分からへんし、質問の答えにもなってへんよ!」

「答えるも何も……蓮ちゃんたちなら、儚の家へ先に帰宅してもらったわ。あのままだと蓮条に鬼絵巻を取られちゃうじゃない?」

「それで、蓮条を……?」

 右頬に手を当て溜息を吐く葵に、櫻真は怒りと驚きを通り越して呆れてしまう。

「君は……いつから鬼絵巻になりよったん?」

 自身の従鬼に葵を狙わせつつ、淡々とした声音でそう言ったのは腕を組む桔梗だ。

 そんな桔梗に葵がゆっくりとした動作で顔を向けた。

 黙ったままの葵に、櫻真の横に立った桔梗が薄ら笑いを浮かべる。

「だって、そうやろ? 鬼絵巻がどんな基準で判断を下すかなんて……分からへんのやから。現に……」

 桔梗がスッと右手を胸の横に出す。

 するとその瞬間。

 本堂の前で像のように立っているだけの鬼絵巻に異変が起きた。天女に扮した鬼絵巻の体に足元から亀裂が入り……そのままガラスのように砕け散る。

 その中から出てきたのは、丸く白い宝玉。鬼絵巻の本体だ。

 そしてその白い宝玉が迷うことなく、桔梗の手の中へ吸い込まれるように飛び込んだ。

「ーーはい、ゲット。この鬼絵巻は僕を選んだみたいやで? まっ、赤ん坊の姿をしとった時から、僕か櫻真君かで決め兼ねてたみたいやけど……僕を『帝』に選んだみたいやね。ホンマに鬼絵巻には敵わんわ」

 自身の契約書の中に鬼絵巻を仕舞い込んだ桔梗に、葵が目に見えて気難しい顔を浮かべてきた。

 いつも飄々とした葵にしては珍しい様子だ。しかしそんな葵から放たれる鏃を受けても桔梗はそれを軽い調子で跳ね返す。

「そんな顔されるなんて、心外やわぁ。最初に君が僕の元にこの子を置いてきたんやろ? どういう手段を使ったのか知らんけど、僕が菖蒲と裏で結託してないか確認するために?」

 目を細めさせた桔梗が葵の核心を突く。

 するとむすっとした表情の葵が小物感たっぷりの大袈裟な溜息を吐いてきた。

「本当になんていけ好かない男なのかしら? ただ私は桔梗ちゃんを信じたいが為に試しただけだというのに」

「信じたい? はは、笑えるわ。どんな事があろうと君が僕を信用せんやろ? 自分の手駒には使いたいと思っても」

「そんな、そんな……私はそんな酷い女じゃないわよ? せっかく色々と手回ししてやってたのに……これじゃあ、苦労も水の泡よ。この落とし前、どう付けてくれるのかしら?」

 首を振る葵の最後の言葉は櫻真たちに掛けられたものではない。

 その証拠に音もなく、櫻真たちの前に見知らぬ青年が姿を現してきた。

 櫻真たちの前に現れたのは、黒色の長い前髪に眠たそうな目をしている青年だ。そんな青年の表情は面倒臭そうに曇っている。

「彼が君の頼もしい手下?」

「そう。この子が私の使えない手下よ。名前は吏鬼(りき)

「吏鬼でーす。使えないとかマジで心外でーす」

 抑揚のない声で吏鬼と呼ばれた青年が頭を掻きながら答える。するとそんな吏鬼の隣へと葵が軽い足取りで舞い降りてきた。

 空から降って来た葵に嫌そうな顔を浮かべる吏鬼。

 正直、この様子から二人の関係性が如何なるものか判断し難い。

「でも、姐御。まだ完全に肩を落とすのは時期早々。ここにはまだもう一つの鬼絵巻がいるんだけど?」

「もう一つの鬼絵巻じゃと?」

 吏鬼の言葉に反応したのは、険しい表情をしていた桜鬼だ。

「そう。鬼絵巻は基本、一つの鬼絵巻が近くで動いてると、他のが大きく動くことはないけど……一つが回収されたから、出てくるみたいだよ」

 何の躊躇いもなく、もう一つの鬼絵巻の情報を開示した吏鬼は、呑気に大きな欠伸を掻いた。

 口に当てた手には、酷い裂傷が刻まれている。

「その傷って、もしかして……」

 眉を寄せた櫻真が吏鬼の腕を指差すと、彼は「ああ」と言って自分の腕に視線を向けた。

「さっき、アンタらにやられた傷ね。めちゃくそ痛かった。時間があれば賠償金が欲しいくらい」

 腕をプラプラとさせてはいるが、然程気にした様子のない吏鬼を桜鬼が睨みつける。

(もと)を正せば、貴様が不躾な横槍を入れたからではないのかえ?」

「そう言われましてもねぇーー、俺は姐御の指示に従っただけですしぃ。叩くなら姐御を叩いて」

「なっ、貴様! 主に使役する式鬼神の身でありながら、主を自分の盾にする気か?」

 主への忠誠心の皆無さに、桜鬼と椿鬼が不愉快さを露わにする。

「アンタたちのスタンスを俺に押し付けられても困るんだけど? 俺が薄情だろうとアンタらの主に迷惑が掛かるわけでもないし。おっ、そんな事言ってる間に……」

 ゴゴゴゴゴゴッ……。

 畝るような地鳴りと共に、今までで一番大きな揺れが櫻真たちを襲った。

「まさか! この揺れを鬼絵巻が……?」

 櫻真が呟きを零した瞬間、湖が大きく渦が現れ、そこから巨大な水柱が上がった。

 巨大な水柱の中から姿を表したのは、金銀色の鱗を光らせ、竹生島全体を覆うほどの長い体躯を宙で漂わせる龍神だ。

 龍神は湖面上から竹生島上空へと優雅に移動し、本堂の前にいた櫻真たちを見下ろしてきた。

『我が名は、青雲(せいうん)。水行の器になるものなり。我に挑める力を呈示せよ』

 空から降るように、耳に入って来た声がそう名乗り、申し付けてきた。

「うむ。先ほどの鬼絵巻よりこちらの方が分かりやすいではないか?」

「そうやな。今度こそ俺たちが手に入れよう」

 桜鬼に頷き、櫻真が護符を取り出す。けれどそんな櫻真たちの方へ、雷撃が離れた。

「櫻真っ!」

 素早い動きで桜鬼が櫻真へと離れた雷撃を刀で退ける。

そして雷撃が放たれた方へと桜鬼が誰何した。

「何奴じゃ!?」

 櫻真を狙った手口に、猫のように瞳孔を細めた桜鬼が怒り、攻撃が飛んできた方向を睨む。

 すると草木を掻き分けるように、櫻真たちの前に現れたのは……

「俺たちも鬼絵巻の選定に参加させてもろうわ」

「僕たちも、邪鬼祓いをしにここまで来たわけじゃないからね」

 服装が所々破れた佳と服を濡らした紫陽だ。

 先日の六本勝負の時を機に、紫陽に思う所がある桔梗が眉を顰めさせている。

「あれ? また呼んでもないのにまた来はったん?」

「勿論。そちらの意思はこちらには関係ないので」

「あっそう。なら、僕らも容赦はせんからね。椿鬼、勝ちに行くよ」

「はい! 主のご意向のままに!」

 桔梗が椿鬼を見ると、すでにライフルを手にしていた彼の従鬼が覇気のある声音で頷く。

「桜鬼、俺らもや。どうせ、青雲と戦うにしても祝部君たちを何とかせんと行けへんのやから」

「そうじゃのう。まっ、妾と櫻真で掛かれば、この闖入者などとるに足らぬであろう。すぐに終わらせようぞ」

 桜鬼と椿鬼が、佳と紫陽と対峙する。

 その様子を天に留まる青雲と、詰まらなそうな表情の葵たちが見守っていた。

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