表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/356

恐ろしい速さ

 蓮条が舞を終えても、鬼絵巻の表情は変わらない。櫻真の時と同様に何の感情も出さず、ただ桔梗の事を指差しただけだ。

「櫻真君、百合亜と藤のこと宜しくね。櫻真君の舞が始まってから二人も大人しいから、何もないとは思うけどね」

 指名された桔梗が櫻真にそう言って、百合亜と藤の事を預けてきた。

「分かりました。頑張ってください」

 百合亜と藤の手を握り、桔梗に声を掛ける。

 すると桔梗が頭を頷かせてきた。その桔梗の姿を見たあと、櫻真は手を繋ぐ百合亜と藤の方へと目を向けた。

 いつも調子なら理解できない舞に飽きて騒いでいるはずだ。

 けれど櫻真と手を繋いでいる百合亜と藤は、無表情のまま桔梗の方を見ている。

(まさか、鬼絵巻の影響で……? いや、でもそしたら桔梗さんも気づきはるような……)

 異変に気付いたら、櫻真に一言何か言ってくるだろう。しかし、桔梗からは「二人を宜しく」と言われただけだ。

 それに、百合亜と藤の手を握っていても変な気配は感じない。

どうやら櫻真の考え過ぎだったらしい。

 櫻真が意識を本堂前に立つ桔梗へと目を移す。

 最後に指名された桔梗の舞は、櫻真たちが舞った天女之舞ではない。桔梗が舞うのは竹生島においての後シテである龍神の神舞だ。

 桔梗の手には、扇子から打杖(うちづえ)へと変わっていた。どうやら霊扇の形を変えたらしい。

 天女之舞と違い、龍神の舞には勇ましさがある。それを表しているのが、宝玉を捧げた後で

行われる舞働の所作だろう。

 豪快な舞は、女性らしさを象徴した天女とは対比的な動きだ。

(桔梗さんの神舞か……)

 女人や天女の役を演じる事の多い桔梗が、男体の神が神威を顕す神舞を舞う事は滅多にない。そのため、一緒に稽古をしている櫻真にとっても新鮮さがある。

 龍神は己の威厳を人に示すように、颯爽と舞っていく。

 波を蹴立て、湖面の水を巻き上げるように。桔梗の動きはまるで笛や太鼓の囃子が、そこにあるかのようだ。

 この動きは流石としか言いようがない。能楽界の中では、桔梗はまだまだ若手であるものの、その実力は確かだ。

 天女之舞よりも短い神舞を足拍子で留となった。

 短いとはいえ、動作自体は櫻真たちよりも激しい舞だ。桔梗の顔には、櫻真たちと同じように汗が吹き出ている。

 櫻真は見事に舞終えた桔梗の奥にいる鬼絵巻を見る。

 顔色を変えない鬼絵巻は三人の舞を見て、どう見たのか? そしてこれからどう動くのか?

 先に舞を終えていた櫻真と蓮条、舞を見ていた百合亜と藤が前に出た。舞の邪魔にならないように左右にいた従鬼たちも、合わせて中央へとやってきた。

「櫻真、見事な舞であったぞ」

 寄ってきた桜鬼がニッコリと微笑んで、櫻真に労いの言葉を掛けてくれた。

「おおきに。桜鬼と同じく鬼絵巻が思ってくれはったらええけど……」

 桜鬼からの言葉は素直に嬉しい。それなのに、櫻真の気持ちは一向に落ち着いてくれない。

鬼絵巻は口を開かぬまま、櫻真たち三人を値踏みしている。

 言葉はおろか表情も表さない鬼絵巻の出す決断を櫻真たちはただ黙して見ていた。

 しかし、その決断はやってこなかった。

「なっ!!」

 短い叫声を上げたのは、突如地面から現れた鬼の手に掴まれた蓮条だ。

 突如現れた鬼の手からは、微かに伽羅のような香りが漂っている。

「蓮条!」

 鬼兎火が叫び、迷いない動きで鬼の手首へと刀を突き刺した。鬼の手から大量の血が噴き出す。手は痛みを訴えるかのように手首から上をウネウネと動かしている。しかしそれでもつかんでいる蓮条を放そうとはしない。

 いきなり現れた鬼の手に、今まで大人しかった百合亜と藤が一斉に驚いて泣き出す。その泣き声に呼応するかのように、島が微かに微震している。

(島? いや、これは琵琶湖全体が揺れとるっ!)

 状況が目まぐるしく激変する状況に、櫻真が表情を険しくさせつつ、指剣を構えた。

「呪禁の法の下、この地で根を下ろす精霊よ、悪しきものを浄化せよ。急急如律令!」

 櫻真が浄化の術式を唱え、桔梗が結界の術式を瞬時に張る。

 鬼の手を囲むように展開された櫻真の浄化の術式。術式を発動した時の声聞からして、例えこの鬼の手が上位種の邪鬼だとしても跳ね返されることはないだろう。

 櫻真の浄化の術で鬼の皮膚が裂け、亀裂が入る。苦しむような動きがさらに加速している。さながら地面の上で身を捩らせる蛇のようだ。

 ダメージは与えられているようだが、浄化される気配がない。

(何でやろう……?)

 櫻真が術式を展開させ続けながら、訝しげに鬼の手を凝視する。その間に桜鬼が刀を取り出し、鬼の手へと肉薄していた。

「鬼兎火、助太刀に入らせて貰うぞ」

 刀を握った桜鬼が鬼の手に斬り掛かる。鬼兎火からの斬撃に、櫻真の術攻、そこに桜鬼まで加わるのだ。

 敵からしたら、かなりの痛手になるだろう。

「俺も、俺も! その変な奴、ぶっ倒す! 百合亜を泣かした奴、ぶっ倒す!」

 泣き喚く百合亜を目にして、瞳孔を開きながら殺気を漲らせる魘紫。そんな第七従鬼の様子に、櫻真は危険なものを感じた。

 鬼兎火や桜鬼には、ちゃんと理性が残っている。

 けれど魘紫の怒りに理性はない。あるのはただ突如現れた鬼の手に対する怒りだけだ。

(このままやと、鬼の手に捕まっとる蓮条にまで被害が……)

「桜鬼っ! 今は魘紫を止めはって!」

 櫻真が叫ぶ。そんな櫻真の言葉と共に魘紫が勢いよく地面を蹴った。

 その速さは光の如く、一瞬で相手の元へと到達する。櫻真の声を聞いた桜鬼も動けないほどの速さ。恐ろしいほどの力だ。

「アカンっ! 蓮条!」

 櫻真が声を張り上げても魘紫の足は止まらない。そして、櫻真の声と重なるようにドォオオンという音が辺りに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ