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取れるとしたら

「遊びたいって気持ちは分かるよ? けどね、悪いのは子供だけで夜に外へ出歩くことがいけないんよ。小学生になった百合亜たちなら分かりはるやろ?」

 桔梗の問い掛けに、百合亜たちは悄然とした様子で頭を俯かせている。

 しかし、子供が反論しないという事はちゃんと自分の言葉を噛み締めて、考えている証拠だ。

「……じゃあ、まず魘紫と魅殊を呼んでくれはる?」

 桔梗がそう言うと、すぐさま百合亜と藤が拝所の後ろ手へと、蜘蛛の子が散るように走っていく。

「魘紫ーー! 魅殊ーー! 桔梗ちゃんが来てだってーー!」

 百合亜の叫びを聞き、霊的交感で呼べば良いんじゃないかな? そう思ったが、今それを言った所で時すでに遅しだ。

 三分も経たない内に、百合亜たちが勢いよく桔梗と椿鬼の元へと戻ってきた。

 藤の後ろには表情を変えない魅殊らしき少女と、魘紫がいる。

「連れてきたよ!」

「うん、連れてきた」

 少し走っただけなのに、二人の子供の額は薄っすらと汗ばんでいる。息は切らしていないため、ただ単に子供ならではの発汗性によるものだろう。

 その点、魘紫と魅殊は平静そのものだ。

「何で、俺たちを呼んだんだよ?」

 片眉を上げた魘紫が桔梗に唇を尖らせてきた。

「さっき、百合亜と藤とも少しお話ししたんよ。それでね……」

 先ほど百合亜たちにした話を再度する。

 すると魘紫が「はぁあ? 何で夜に歩くのが悪いんだよ? 何で大人は良いんだよ?」と駄々を捏ねるように、不満を口にしてきた。

 大方、桔梗の中でも魘紫の反論は予想範囲内だ。

「椿鬼、魘紫と魅殊にどうして悪いのか教えてあげて。ちゃんと、従鬼の矜持も踏まえて教えてね」

 桔梗が椿鬼にそう言うと、椿鬼が粛々とした様子で一歩前に出た。

 椿鬼を前にしても、剥れた様子の魘紫。けれど椿鬼はそんな魘紫には動じない。

 目を細めさせた椿鬼が落ち着いた様子で、口を開いた。

「魘紫、一つ言っておきましょう。何故、貴方の主が夜に出ては行けないのか? それは魘紫、貴方が未熟だからです」

「未熟? 俺が? 何でだよ? 俺は強いぞ。変な奴が来たらすぐにぶっ飛ばしてやる」

「ええ。力だけで言えば貴方に勝てるならず者はいないでしょう。けれど、貴方は物事を深く考えるという事は出来ない。なら、貴方の考えが及ばない手口を使われ、主が危険になった時、貴方はちゃんとした対処ができますか?」

「それは……。でも、そうだ。魅殊! 魅殊もいるから大丈夫だよ!」

 椿鬼の言葉に苦しみながらも、魘紫が魅殊の方を指差す。

 少年従鬼の中でも、自分が頭脳派ではない事は分かっているらしい。

「魅殊でも駄目です。魅殊は、自身の主の気持ちを察する事は出来ますが、自分に関係ない者の思考を考える事は出来ません。つまり、危険に晒された主を助けようとはしますが、敵の行動を予測する事は出来ない。主の指示なくして動くのが不得手なのです」

 つまり魅殊は主の指示があってこそ、本領発揮する従鬼なのだ。

「さぁ。そんな魘紫と魅殊で……思考力が成長途中の主を脅威から守れますか?」

 ずいずいと前に踏み出し、静かな口調で魘紫を詰問する椿鬼。

「それが出来るというなら、我が主も何も口喧しい事は仰らないでしょう。どうですか? 魘紫、魅殊? 出来ますか? 己の錆で不要な危害が主の身に及ぶのは第七従鬼、第六従鬼にとっても名折れでしょう?」

 言葉を挟ませる余地などなく、椿鬼が魘紫を畳み掛けに入る。

「分かったよっ! もう良いだろ?」

 椿鬼に勝てない事を悟った魘紫が勘弁してくれ、と白旗を振り始めた。そんな魘紫に椿鬼が最後の一押しに出る。

「では、もう遊び半分で主を夜間に連れ出さないと、約束できますね?」

「うん、分かった。するよ」

 横にいた魅殊も魘紫の言葉を聞きながら、二回ほど頷いてきた。そんな魘紫と魅殊の態度に椿鬼も満足げな表情を浮かべた。

 魘紫との取り決めを成功させた椿鬼が桔梗の方へと振り返る。

「魘紫たちの方は、これで当面は大丈夫だと思います」

「ありがとう、ご苦労様」

 桔梗が椿鬼を労いながら、百合亜と藤へと向いた。

「さてと、魘紫たちも約束してくれはったから……百合亜たちも約束できるやろ?」

「……うん、出来る」

「百合亜も約束する」

「うん、ええ子やね」

 頷いてきた二人の頭を桔梗が優しく撫でる。すると二人は怒れた反動で、甘えるように桔梗の元に擦りよって、抱きついてきた。

(ホンマに、何か起こる前で良かったわ……)

 抱きつく二人を見下ろしながら、桔梗が苦笑を浮かべる。そんな桔梗の背後で淡い桃色の光が灯っていた。

 光に気づき、桔梗が二人の背中に手を起きながら後ろへ視線を移す。

「百合亜、藤……丁度、神様がお目見えしたみたいやで」

 桔梗の視線の先にある観音堂および社、そしてその二つを繋ぐ船廊下から、温かみすら感じる光が溢れ出ている。

「凄ぉおい! ピンク色だぁ!」

「綺麗だね」

「すげぇ、すげぇ! てか、鬼絵巻の気配がするぞ!」

 はしゃぐ百合亜と藤に続いて、目を輝かせていた魘紫が鬼絵巻の気配を感じ取る。

「そうなの? じゃあ、取ろうよ! 百合亜、あの鬼絵巻綺麗だから欲しい!」

 魘紫の言葉に頷く百合亜の言葉に、桔梗は失笑してしまう。

 言いようは、夜祭で売られている光るおもちゃを欲しがる感覚だ。

 しかし、百合亜は幼くとも魘紫の主だ。だからこそ、主である百合亜が欲しいと言えば、魘紫は心置きなく鬼絵巻を取りに行けるのだ。

 その為か、俄かに椿鬼の表情が緊張で強張り始めた。

 そして桔梗の側により、小声で話しかけてくる。

「主、どういたしますか? ここで魘紫に動かれたらこちらは不利です」

 声には焦りが混ざっていた。先ほど、魘紫を説き伏せた時の冷静さが嘘のように無くなっている。

 そんな自分の従鬼を落ち着かせるように、桔梗が優しく返事をした。

「大丈夫やで、椿鬼。今回は絶対に魘紫は鬼絵巻を取れへんし、ここで動いても何の意味もないから。取る可能性があるのは、僕か、櫻真君か、蓮条君しかおらへんよ」

 桔梗がそう言うと、占術の結果を知っている椿鬼も納得したらしく、顔から焦りがすぐに霧散した。

 櫻真や蓮条の占術に現れた内容と類似する結果は、桔梗の占術でも出ていたのだ。

「では、すぐに向こうへ戻らなければなりませんね」

 そう言って、点門へと身を翻した椿鬼に桔梗は笑顔のまま頷いた。

「百合亜、藤……ここから少し移動するよ」

「えぇーー、神様がそこにいるのに?」

「うん、どうせ神さもここから移動するやろうから。ねっ?」

 少しの間、桔梗を訝しむような表情を浮かべたながらも「うん、いいよ」「分かったぁ」と頷いてきた。

 駄々を捏ねられずに済んだことに胸を撫で下ろしつつ、百合亜たちの気が変わらない内に桔梗は百合亜たちの手を握り、点門へと向かった。


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