もう小学一年生
百合亜は憤然としていた。理由は簡単だ。一緒に遊んでいた浅葱がギブアップを表明し、椅子にしな垂れ掛かってしまったのだ。
(まだ5回しか遊んでないのに……)
三人でやるかくれんぼは、どんなに頑張っても早く終わってしまう。そのため、百合亜の中での物足りなさが不満となって、顔に現れていた。
そんな百合亜の表情を椅子に座る浅葱がチラっと見てから、そのまま目を瞑ってしまった。
どうやら見なかった事にするらしい。
しかしそんな手が百合亜に通用するはずもない。
「浅葱おじちゃん、寝たふりしないでよぉーー。寝たふりなんでしょ?」
ユサユサと浅葱の体を両手で揺らす。けれど、浅葱は微かに口元を緩めながらも、目を開こうとはしない。
ぶっすぅううう。
百合亜は大きく頬を膨らませた。
「コイツ、寝たふりしてんの?」
ご立腹の主を前にして、声を上げたのは魘紫だ。魘紫の声に目を瞑っている浅葱の眉がピクリと反応する。
しかし、それでも目を開けない。狸寝入りをする浅葱も後に引けなくなった様子だ。
「安心しろよ。俺、寝てる奴を起こすの得意なんだぜ」
「そーなの!?」
今まで知らなかった自分の従鬼の特技に感嘆の声を漏らす百合亜。そんな百合亜に魘紫が得意げな顔で頷いた。
「おう! 俺が寝てる奴の腹を手で押せば……そいつ、すぐ跳ね上がって起きるんだぜ?」
浅葱の顔が、明確に青くなる。
けれどそんな浅葱の顔色に気づいていない様子の百合亜が、
「分かった! じゃあ魘紫に浅葱おじちゃんを起こしてもらおう!」
満面の笑みで、ガベルを叩いてきた。
浅葱は少女の判決を聞き、被告人のような青い顔で飛び起きる。
「百合亜、暴力で何でも解決したらアカンっ! 僕の内臓が口から出てしまうわっ!」
手をにグーにしていた魘紫とその横にいた百合亜が、浅葱の叫びにキョトンとする。
そして、ニヤリと子供特有の意地悪い笑みを浮かべてきた。
「あれれ? 浅葱おじちゃん寝てたのに、起きてるぅ。おかしいなぁ? まだ、魘紫は起こしてないのに?」
「そうだよ。俺、まだ腹にも触ってない」
嫌がる浅葱の顔に面白さを覚えたのらしい。
けれど、浅葱にとっては言葉通り、内臓が飛び出るか飛び出ないかの瀬戸際なのだ。
子供の悪戯心をくすぐってなどいられない。
「あっ! そういえば僕! 少し片付けないと行けへんお仕事があるんやったぁ!」
わざとらしく手を叩き、浅葱が椅子から立ち上がる。
こうなれば恐ろしい魘紫から腹パンをされる危険はないはずだ。
立ち上がった浅葱を見て、魘紫と百合亜が「つまらない」という言葉を連呼してきた。けれど立ち去り始めた浅葱の足は止まらない。
こういう場合は、逃げるが勝ちだ。
そしてそんな浅葱と入れ替わるように、トイレに行っていた藤が部屋へと入ってきた。
「ねぇ、藤! さっきね、浅葱おじちゃん寝たフリしたんだよ?」
「何で?」
「分かんない。でもしてたんだよ。ねっ、魘紫?」
「そっ、だから俺が起こそうとしたのに……」
口を曲げた魘紫の肩を百合亜が慰めるように、軽く叩く。
するとそんな二人を見て、藤が別の遊びを提案してきた。
「じゃあ、僕たちも探検しに行こう」
「探検!」
探検という言葉は魅力的な響きで、百合亜の耳に入ってきた。探検は楽しい。知らない虫を見つけたり、不思議な形の木の実を見つけたり……その中には、アニメの中に出てくるような凄い物が落ちているかもしれない。例えば、魔法使いになれる綺麗な石とか。
それを思うと百合亜の気持ちは大きく弾む。
「どこでやるの? どこでやるの?」
身体を飛び跳ねさせながら、百合亜が藤に訊ねる。
すると、藤は誰もいない自分の横に顔を向けて、
「魅殊……」
と自分の従鬼の名前を呼んできた。
どうやら、今回の探検には魅殊も姿を現して参加するらしい。益々、面白くなってきた。
藤の従鬼である魅殊は、音もなく少年の横に姿を現してきた。
絹糸のような白い紙に、白い肌。眼は青く、唇はほんのり紅い。年齢でいえば、百合亜たちより二つ、三つ上の少女だ。
魅殊は左手の掌を上に向ける。するとその手の中に、墨の付いた筆が一本現れた。
百合亜は、黙ったままの魅殊の様子を興味津々で見守る。
射抜くように百合亜から凝視されても、魅殊は全く動じない。そういう所は主である藤と共通している点だ。
魅殊が音もなく、百合亜の前に立ち、百合亜と自分の間の宙に文字を書く。
『男子』
その文字が百合亜の体の中へと溶けていくように消えた。
けれど、百合亜の体に異変が起きた訳ではない。変化が起きないため、百合亜は目をぱちくりと瞬かせ、小首を傾げた。
「何も起きないよ?」
「うん、でもこれでいい」
透き通る高い声で、魅殊がそう言ってきた。そして忘れていた事を思い出した様な顔で、再び口を開く。
「これで、あの島に入れるから」
「本当かよ! やったな、百合亜!」
魅殊の言葉で、魘紫が飛び跳ねて喜んできた。そんな魘紫の顔を見ながら、百合亜もつられて弾けるような笑みを浮かべる。
「桔梗ちゃん達が行ったお島に行けるの?」
念を押すように百合亜が訊ねると、魅殊がコクんと頭を頷かせてきた。
「わぁあい! 魅殊、ありがとう!」
百合亜は大事な友達の一人である魅殊の手を持ち、ブンブンと振る。
「大人だけズルいもんね。百合亜たちだって探検したいよね!」
百合亜たちにとって、鬼絵巻を探すことは学校のプールでやる「宝物探し」と同じ感覚だ。だからこそ危ないという理由で仲間外れにされるのは、納得できない。
魘紫や魅殊は強い。だから怖い事があっても大丈夫だと百合亜は信じている。
いくら、大人である桔梗たちが怒ったとしても……百合亜たちにも引けない気持ちはあるのだ。
(百合亜だって、もう小学校一年生だもん!)
自分たちの名誉の為にも、自分たちが大人と同じ事が出来る、という事を示さなければ。
百合亜は気合いを入れて、藤、魘紫、魅殊と共に櫻真たちが繋げた点門を開くのだった。




