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とある疑念

「ここから島までかなりの距離があるんでしょ? 逆に感じ取ってたアンタに驚きなんだけど?」

 そんなにいつも気を張ってんの? と目を眇められ、儚は口をへの字にした。

「気を張ってたわけやない。普通にしてても分かっただけやもん。アンタはずぼらやから気がつかなったんちゃう?」

 嫌味で返すと、瑠璃嬢は小さく肩を竦めてきた。

 そして特段怒った様子もなく、瑠璃嬢が自分の従鬼である魑衛の方へと顔を向ける。

「アンタ、船を動かせる?」

(かい)()を使う船ならば問題ない」

 話を聞いている限り彼女の中で、船で島に行くという気持ちに陰りはなさそうだ。そして、何かブツブツ言いながら、考えている。

 そして少時間、考えた瑠璃嬢がくるっと儚の方へと向き直ってきた。

「今回は特別。アンタたちも同伴させてあげる」

「はっ? 同伴って……?」

「言葉の通り。アンタの従鬼でも船は動かせるでしょ?」

 そう言って、瑠璃嬢が儚の後ろにいる魁を見た。瑠璃嬢に見られた魁は少し目を丸くしてから、何か察したように「そういう事か」と呟いて、顎を手でさすった。

 少し取り残されたようになる儚。

「えっ、何? どういう事なん?」

 自分だけ分からないという状況に狼狽える儚に、魁が助け舟を出してきた。

「儚はまだ見たことねぇからな、分かんねぇのも仕方ない。説明すると、瑠璃嬢は魑衛の能力を使って、島へ強行突破しようとしてるんだ」

 魑衛には、術式を斬る能力があるのだと言う。

「そんなチートな能力があったんや……」

純粋に驚く儚を見て、魑衛がやや得意げな表情を浮かべてきた。

(無頓着そうに見えるけど、実はナルシスト気があるんやろうなぁ)

 胸を張る魑衛を見て、儚は静かにそう思った。

「小娘、私の力に平伏したい気持ちも分かる。だが、実際に見てからにしておけ」

(そこまでの気持ちとちゃうわ)

 内心でそう思いながらも、儚はそれを喉元で押し留めた。魑衛のようなナルシスト気のある相手に反論を返せば、機嫌を損ねるだけだ。

「魑衛で結界を試し斬りする考えは解ったが、どうして俺らまで同伴させる気持ちになったんだ?」

 魁が瑠璃嬢に対して首を傾げさせる。すると、瑠璃嬢があっさりとした表情で、

「特別な理由はないけど、強いていうなら、恩を売る感じ。まぁ、アンタたちがここで暇を潰してたいって言うなら、別に構わないけど」

 そう答えてきた。

 瑠璃嬢の言葉に質問した魁と一緒に聞いていた儚が、驚いて目を見開く。

「フッ。我が主である瑠璃嬢の寛容さと豪胆さには開いた口も塞がるまい」

「……確かに驚いたが、お前が言うなよ」

「魁よ何を言っている? 主の誉れは私の誉れである」

「ああ、そうか。なら、遠慮なく同行させて貰うか。儚も良いそれで良いか?」

「うん、ええよ。ウチも魁の主やし、追えるなら鬼絵巻を追うよ」

 儚が頭を頷かせると、魁が満足そうに笑みを浮かべてきた。そして気分良さそうな表情のまま、魁が魑衛へと顔を向ける。

「しっかし、魑衛も前に比べると本当に話す様になったな?」

 魁が苦笑しながら目を眇めさせると、魑衛が眉を寄せてきた。

「昔の事を口にするな。身上だけで言うなら、貴様も似た様なものではないか」

 不機嫌そうな表情の魑衛に、魁も「ちげねぇな」と笑っている。

(前回の時、何かあったんかな?)

 二人の様子を見ながら、儚は一人首を傾げさせていた。そういえば、魁に前回の時の様子を訊ねても帰ってくるのは、「江戸にいた」「主は今回と同じく女性だった」というくらいの答えしか返ってこなかった。

 それ以上の事を追求しても、魁は苦笑いを浮かべるだけだったのだ。

(まさか、魁も魑衛も前の主に虐められてたんじゃ……)

 薄暗い憶測に行き当たって、儚が一人で顔を青くする。しかし、そんな儚の妄想が膨らむことはなかった。

 二人の会話など気にした素振りもない瑠璃嬢が、

「話纏まったなら、さっさと動いて」

 そう言下して部屋から素早く出て行ってしまう。そんな瑠璃嬢の背中を儚たちは慌てて追った。

 家から船場までは、徒歩で10分くらいの場所にある。街灯やら、車のテールランプやら、商店から漏れ出す光で明るい歩道を北に進んでいく。湖からの風は凪いでいる。そのため肌に纏わり付く空気はべっとりとしていて、すぐに汗が噴き出してくる。

 それでも儚は早歩きの瑠璃嬢に追いつくため、小走りをするしかなかった。

「アンタ、ホンマにせっかちやな? 生まれ東京やなくて大阪なんちゃう?」

 ようやく追いついた瑠璃嬢と肩を並べて、儚が話しかける。すると瑠璃嬢が横目で儚の顔を見てから、小さく息を漏らした。

「別に。これくらい普通でしょ? むしろ、あそこで長居してたら……浅葱さんと戯れてる百合亜と藤まで付いてきそうじゃん?」

 確かにそれもそうだ。瑠璃嬢の言葉に儚は納得してしまった。

 自分たちが留守番だと分かってから、百合亜たちは浅葱を捕まえ、家の中でかくれんぼをして遊び始めていた。浅葱もやや面倒臭そうにしていたものの、百合亜たちに強請られて断れなかったらしい。

 けれど、自分たちが鬼絵巻を探しに行くなんて聞いたら、幼い二人が色めき立ってしまうだろう。

 そしたら、まず間違いなく大変になるのは儚だ。従鬼を使役させているとはいえ、百合亜と藤を自由勝手にすることはできない。けれど猪突猛進である瑠璃嬢が二人の面倒を見るとも思えない。これらを踏まえると消去法で、儚以外に百合亜と藤を見る者はいないのだ。

 しかしどんな危険があるかも分からない状態で、まともに二人を見ている自信もない。

(今回ばかりは、瑠璃嬢に助けられたわ……)

 相手の意図関係なく、恩を売られてしまった事に儚は小さく溜息を吐く。

 そんな儚の眼前に人気のない船場が見えてきた。

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