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隆盛の敗北

「それに、僕は君の事を君自身以上に買ってるんだよ。君には紛れもない祝部の血が入っているからね。だからこんな所でむざむざ死んで欲しくないんだ」

「……俺に期待してくれはるのは嬉しいです。応えたい気持ちもあります。けど、俺はちゃんとその気持ちに応えられるのか、不安でしかありません」

 櫻真は言っていた。

 佳たちが鬼絵巻を手にして、災厄を止められるのか? と。そして、佳はそんな櫻真の言葉に返すことができなかったのだ。

 その話をすると、紫陽はしばし口を閉じてきた。

 何かを考えている様子だが、その表情には佳のような迷いは見られない。

 声を掛けるべきか迷う。

 そしてそんな自分の口が動く前に、思考の中にいた紫陽が視線を上げてきた。

「実を言うと、僕は鬼絵巻を手に入れた後……適所に封印するなどとは考えていません。僕が考えている事は、鬼絵巻を壊すという事だけです」

「鬼絵巻を壊す? それは、可能なんですか? 他の人もそう考えてはったんですか?」

 佳が驚くままに、身体を前のめりさせ、質問を重ねる。

「可能かどうかは、まだ分からない。初の試みだからね。ただ鬼絵巻の封印場所は、代々䰠宮家の当主が持つ契約書だ。けれど封印しただけでは鬼絵巻を抑える事はできない。時を重ね、䰠宮の当主が世襲により変わるにつれ、その力は弱まってしまう」

 だからこそ、鬼絵巻は封印が解かれ外に出てしまうのだ。

 䰠宮ではその時期は世襲(せしゅう)ではなく禅譲(ぜんじょう)によって、当主を選定し直す。その選定の方法が封印の解かれた鬼絵巻を集めることだと言う。

「どうして、䰠宮の者は厄災を齎す鬼絵巻を封印するだけに留めはったんやろ?」

 最初に集めてくれた䰠宮の当主が封印するだけでなく、何らかの手を打ってくれれば、今の様にはならずに済んだ。話を聞きながら、そう思わずにはいられない。

 そんな佳の気持ちを察した様に、紫陽が苦笑を零してきた。

「君は本当に真面目だね」

「いえ、真面目って程でも……紫陽さんも気になりませんか?」

 率直な褒め言葉に謙遜しながら、佳は紫陽腰に訊ねてみる。すると紫陽が少し考える様に黙ってから、再び口を開いた。

「これは僕の憶測でしかないけど、最初は然程の脅威でもなかったのかもしれないーー」

 目を細めさせた紫陽の言葉に、佳が目を見開いた。

「先に断っておくけど、これは遠い身内を贔屓してる訳でも、擁護してる訳でもないんだ。䰠宮の当主にも、実に様々な気性の者がいた、みたいだからね」

「文献でも残ってるんですか?」

「うん、まぁね。歴史もあって名家なら、一つや二つ、歴史書が残っていても可笑しくない」

 ーーただ、その量の多さには驚天動地だったけどね。

 付け足すように紫陽が困り顔で笑みを浮かべてきた。

「紫陽さんは、昔からそれを調べてはったんですか?」

 いくら紫陽が䰠宮の分家だとしても、姓の字が変わる程にその家系は本家には遠いのだろう。

 そんな遠い縁者が自発的に調べない限り、本家に関わる細部の史実など知り得ないはずだ。

 案の定、佳に訊ねられた紫陽が少し困り顔で微笑んできた。

「それくらいしないと、鬼絵巻を追う事はできない。当主になる器は本家、分家は関係なく選ばれるにしても、僕は溢れてしまった身だからね。自分で調べない限り、詳細は知りようもないんだ」

 肩を軽く動かす紫陽を見ながら、佳は「紫陽こそ生真面目だ」と内心で思っていた。

 大量の史実書を読み漁り、解読し、陰陽院に身を置くまでして鬼絵巻が起こすであろう、厄災を止めようとしているのだから。

「鬼絵巻の脅威についての話に戻るんだけど……」

 佳の傷口の手当を終えた紫陽が口を開いてきた。佳はすぐさま居住まいを正し、聞きの姿勢を取る。

「そもそも、鬼絵巻は䰠宮家が作り出したものだ。自分たちの当主選びの道具として」

 自分の考えが的を射ていた事に、佳は内心で驚いていた。

 そんな驚く佳の心境を他所に、紫陽が話を続ける。

「当主選びの道具に、災厄を起こせる程の力はそもそも与えない。与える意味がないからね。けど、鬼絵巻をただの宝玉にしなかったのも事実だ」

 鬼絵巻を作る際に御身御供も行われたという。

 その事実に、佳は寒気と共に嫌悪感を抱いた。

(もしかしたら、鬼絵巻は……)

 鬼に人の身を捧げて作った代物なのかもしれない。

 そして鬼絵巻は、色々な時代を経て、人々の様々な気をその中に蓄えていき、災厄を起すかもしれないものになってしまった。

 眉根を寄せる佳に紫陽が「気持ちは分かるよ」と同調してくれた。けれど、そんな紫陽の姿に佳は少し奇妙な物を感じた。

 紫陽の立場からすると、佳の様にただ嫌悪を抱くだけでは済まない気がするからだ。

 鬼絵巻は䰠宮に関わる重要な物であり、䰠宮の血が通っている紫陽からすれば、邪険的なものでもあり、自分の祖先が作り出した遺物でもあるのだ。

 しかも鬼絵巻の影響力を考えると、䰠宮家の力の結晶、象徴でもあるだろう。畏敬の念を抱いても可笑しくない。

それを考えると、紫陽の反応に迷いが生じても可笑しくはなさそうだ。

「……どうかした? 何か気になることでも?」

「あっ、いえ……。何でもないです。ただ少し鬼絵巻について考えてて」

 本当の事を口にするのを躊躇った佳が、嘘と真が半分ずつの返答をした。

「まぁ、そうだね。鬼絵巻について考え出すときりがなくなるよね」

 佳の言葉に相槌を打ち、紫陽が徐に立ち上がった。

 そんな紫陽に続いて、佳も立ち上がる。

「傷の手当ても済んだし、僕たちも鬼絵巻を追いに行こうか」

「あっ、でも住吉の事はええんですか?」

 自分の元にやってきたから、てっきり紫陽は自分と隆盛を探しているのだとばかり思っていた。

「安心して良いよ。ここに来る前に、占術はしたから。危険ありと出たのが佳君だった。逆に隆盛君の方は……微塵の危険もなしって出たんだよ。しかも、居所はこの島でなく陸地を示していたんだ。どんな力が働いたのかはわからないけど……元々隆盛君はお留守番組だったからね。鬼絵巻によってか、はたまた星の力によって軌道修正を掛けられたのかもしれない」

 佳にそう説明した後で、「また負けちゃったみたいだね」と紫陽が愉快そうな声で笑ってきた。

 どうやら紫陽も、隆盛の無謀な挑戦の事は知っているようだ。

 笑う紫陽につられて、佳も肩を揺らして隆盛の敗北を笑ってしまった。



 時間が少し戻り、家に取り残された儚はやる事もなくソファに腰を下ろしていた。

「点門を使っても行けへんなんて……鬼絵巻の方も徹底しとるなぁ」

 足の太腿に両肘を立て、頬杖を付きながら儚が溜息を吐く。

「変装しても無駄だろうしなぁ……」

 儚の横で困ったように魁が頭を掻く。魁にも良い案が浮かばずお手上げの様子だ。

「ねぇ。船の操縦って簡単?」

 徐にそう尋ねてきたのは、櫻真たちが点門を抜けた後、居間を去っていた瑠璃嬢だ。

「操縦って、そんなん知らへんわ。って、アンタ、船を操縦して竹生島に行くつもりなん?」

「そうだけど?」

 驚く儚に瑠璃嬢がしれっとした表情で答えてきた。

 思わず儚の口がぽかんと開く。

「点門使っても門前払いやったのに、船で行けるわけないやん。絶対に強い結界が張ってあるで?」

 現に儚は微かにだが、琵琶湖の方から何者かが張った結界の気配を感じ取っていた。

「へぇ。結界が張ってあるんだ」

「アンタ、知らへんかったん?」

 呆れて儚が聞き返すと、瑠璃嬢が恥ずかしげもなく首を頷かせてきた。

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