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剃刀と奉公人は使いよう

 準備を整え、櫻真は儚の家の前のビーチで点門を開いた。

「櫻真君たちが島に点門を開いてくれとって、助かったわ」

 開いた点門を見て、にこりと笑ってきたのは桔梗だ。点門の前に立っているのは、櫻真、蓮条、桔梗の三人とその従鬼三名だ。

 その後ろには、瑠璃嬢、儚、不貞腐れた様子の百合亜と藤が自分たちを見ている。

 男性という条件を考えれば藤も島に入れるのだが、藤は鬼絵巻に対し舞を見せることは出来ない。そのため、百合亜と共に留守番になったのだ。

 藤は「うん、良いよ」と頷いてくれたのだが……百合亜は納得行かない様子だ。

 けれど、そんな百合亜と同じく完全に納得してない者からの声が上がった。

「ねぇ、点門からだったらあたしたちも島に入れるとかない?」

 声を上げたのは、櫻真の真後ろに立つ瑠璃嬢だ。そんな瑠璃嬢を見て、桔梗が薄笑いを浮かべた。

「気になるんやったら、僕らより先に入ってみる?」

 桔梗の言葉に瑠璃嬢が眉をピクリと動かす。

「えっ、ホンマに入りはるつもりなん?」

「桔梗の挑発はムカつくけど、試す価値はあるでしょ?」

 驚く櫻真の横を魑衛と共に瑠璃嬢が通り過ぎる。こうも堂々とした様子を取られると、占術結果など関係なく、もしかしたら、意外と行けるかも? と思えてしまうから不思議だ。

(そもそも、鬼絵巻を手に入れることは出来へんって言われただけで……)

 島に入れないとは言われていない。

 ハッとして櫻真が点門を抜ける瑠璃嬢の姿を見る。瑠璃嬢の姿は点門の中へと消えていく。

「入れ……はった……」

 思わず呆然としながら、櫻真が呟く。けれどそんな櫻真の顔はすぐに驚きに変わった。

「マジで、どういうこと?」

 眉根を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべた瑠璃嬢が点門から出てきたのだ。

「取り敢えず、おかえり」

「皮肉は良いから。それより、櫻真」

 愉快げに笑う桔梗を瑠璃嬢が睨んでから、櫻真へと視線を投げてきた。瑠璃嬢からの鋭い視線に、櫻真が思わず姿勢を正す。

「あんた、ちゃんと点門繋いだ?」

「……繋いではると思うけど?」

「じゃあ、何でここに戻ってくるわけ?」

「いや、俺に言われても……って、一緒に入った魑衛は?」

 困り顔のまま櫻真が瑠璃嬢に訊ねる。すると瑠璃嬢も一瞬「え?」という顔を浮かべ、後ろを振り返る。けれど、一緒に入ったはずの魑衛が出てくる気配はない。

「まさか、魑衛は男やし従鬼やから……島に入れたんとちゃう?」

 片眉を上げて、そう言ったのは蓮条だ。そしてその可能性は大いにあり得る。

 櫻真が桜鬼に目配せをし、

「ちょっと、点門の中に入ってみるわ」

 瑠璃嬢の横から、桜鬼と共に点門へと入った。

 入った先には、昼間に見た都久夫須麻(つくぶすま)神社が視界に入り、その前には辺りを注意深く見る魑衛の姿があった。

「やっぱり」

「いたの」

 櫻真と桜鬼が魑衛の存在を確認し、静かに肩を落とす。

「魑衛、瑠璃嬢なら点門の中におるで?」

 瑠璃嬢の姿を探している魑衛に、櫻真が声を掛ける。すると魑衛が「なに?」と眉を潜めて櫻真たちの元に近づいてきた。

「嘘ではないだろうな?」

「無礼な奴じゃのう。妾たちがこのような詰まらぬ嘘など言うわけなかろう?」

 疑心の目を向けてきた魑衛に桜鬼が腰に手を当て、目を眇めさせた。するとそんな桜鬼に魑衛が鼻を鳴らす。

「まぁ、良い。信じてやろう」

 短い言葉を吐き捨てると、魑衛が点門の中へと消えていく。

「むぅ。何故、奴が上から目線なのじゃ? 腑に落ちぬ」

「相手は魑衛やから。気にしてもしゃーないし、桜鬼、落ち着いて」

 不服な気持ちを爆発させる桜鬼を櫻真が宥める。すると、点門から桔梗と椿鬼、蓮条と鬼兎火が出てきた。

 それから、すぐに桔梗が鬼絵巻の気配を探るように瞑目した。

「ーーうん、ちゃんと鬼絵巻の気配がするね。上の方から」

「上ってことは、弁才天堂、宝厳寺(ほうごんじ)の方やな。はよ、邪魔者が来ん内に行こう」

 目を開いて、上の方を指差した桔梗に蓮条が答え、湖の方へと視線を向けている。

「そやな。姉さんの話やと祝部君たちも来よるみたいやし」

 櫻真の言葉に隣にいた桜鬼が「うむ」と短く頷いてきた。だがそれとほぼ同時に、湖の方から大きな音と共に、巨大な水柱が上がった。

 突然、響いた音に櫻真も体を震わせ、後ろを振り返る。

「何や?」

 けれど振り返った先には、湖面に宙に上がった水飛沫がパラパラと落ちているだけで、そこには、何もない。

「何やろうね?」

「気になるようでしたら、調べて参りましょうか?」

 目を細めさせた桔梗に、椿鬼が即座に申し出る。けれどそんな彼女の上申に桔梗が首を横に振った。

「いや、ええよ。変事ではあるけど、その時こそ椿鬼に居てもらわんと困るからね」

 意見を断られたのにも関わらず、椿鬼の顔は綻んでいる。

 何故だろう? と櫻真が首を傾げさせていると、桜鬼が「主に頼られたのが嬉しいのじゃ」と小声で教えてくれた。

(ホンマに忠誠心が高いんやなぁ。椿鬼って)

 櫻真が喜ぶ椿鬼の方を見ていると、そんな忠義の鬼と目が合った。

「……何でしょうか?」

「あっ、いや……何でもないです」

 あからさまに眉根を寄せられ、櫻真は慌てて視線を逸らした。

(んーー、ええ子なんやろうけど……苦手や)

 他の従鬼とは、それなりに打ち解けてきた様な気もするが、椿鬼との距離は未だに縮まっていない。

 弁才天堂へと歩みを進めながら、櫻真は困り顔で首を傾げさせていた。

 そんな櫻真の様子に気づいてか、鬼兎火が小声で櫻真へと話しかけてきた。

「椿鬼の態度は気にしない方が良いわ。椿鬼が櫻真君に消極的な態度を取るのは、櫻真君自身の問題じゃない。あるとしたら、桜鬼と椿鬼の関係にあるの」

「桜鬼と椿鬼の関係?」

 疑問を返した櫻真に鬼兎火がゆっくりと頷いた。

 話の該当者である椿鬼は桔梗の横を歩き、櫻真たちより先に行っている。桜鬼はというと、椿鬼とは反対に櫻真の背後で後方を警戒していた。

 蓮条は黙々と歩きながら、物思いに耽っている様子だ。

 この様子なら鬼兎火との話を聞かれる心配はないだろう。

 櫻真と鬼兎火は頭上から注ぐ満月の青白い光を浴びながら、話を始めた。

「椿鬼は、今の今まで鬼絵巻の戦いに勝利したことがないの。それをあの子はずっと気にしてるのよ。あの子は第二従鬼だから、従鬼の中では弱い方の従鬼とされている。けど……」

 それはある種の誤解だと、鬼兎火は視線を下げてそう言ってきた。

 誤解とはどういう事だろう? 

 櫻真が最初に浅葱から受けた説明でも、数字が大きければ大きいほど強いと言われたし、桜鬼も第八従鬼であることを誇っている様子だ。

 櫻真が疑問を浮かべていると、鬼兎火が再び口を開いてきた。

「私たち従鬼の数字は、従鬼自体が保有する声聞力の大きさになっているの。だから数字が小さければ、持っている声聞力は少ない。大きければ、持っている声聞力は多い。

 でも剃刀と奉公人は使いよう、って言葉があるでしょう? 私たち従鬼はまさにそれに当てはまるのよ。どんなに能力が地味に見えたとしても、使い方によっては栄転するし、逆にいくら能力が優れていたとしても、使い方が下手なら左遷するでしょう? それに従鬼は、術者の力と均衡を保つようになっているのよ。変な言い方で言えば、強い術者には弱い従鬼。弱い術者には強い従鬼が付くようになっているのよ」

 鬼兎火の言葉に、一瞬だけ櫻真が目を見開く。けれど、すぐにしっくりと来た。今までの戦いで櫻真が桜鬼の力に頼っている部分は随所にある。

「……確かに、そうやな。正直、俺も桜鬼の力を上手く引き出せてるとは思えへんし」

「大丈夫。櫻真君はちゃんと桜鬼の力になれているわ。少し困った形でだけど……」

「少し困った形?」

 自嘲していた櫻真が鬼兎火に首を傾げさせる。しかし、それに対しての答えは、鬼兎火から帰ってくることはなかった。

 その代わりに、鬼兎火は再び椿鬼についての話を続けてきた。

「椿鬼の能力は、俗にいう闇討ちに適した能力よ。普通に考えれば、とても、とても強い能力だわ。特に主たちにとっては。けど、主たちも術が使えるから、椿鬼に対しての対策も取りやすいのよ。椿鬼の攻撃は術ではなく肉対戦だしね」

 薄暗い石階段を上がりながら、櫻真は黙って鬼兎火の言葉に耳を傾けていた。

「椿鬼の最大の能力は気配を消せる事。でも筋力面では他の従鬼に劣り、術では主に劣ってしまう。だから、椿鬼は歴代の主から『張り子の虎』って呼ばれ、期待されなかったみたいなの」

 椿鬼が桜鬼を疎むのも、桜鬼が第八従鬼という事だけで主たちから期待され、喜ばれるからだと言う。

(きっと……椿鬼が聞いたら怒るやろうけど……)

 鬼兎火の話を聞いた櫻真は、椿鬼に同情的な念を抱いてしまう。自然と櫻真は視線を地面へと下げていた。

 すると、鬼兎火がそんな櫻真に、

「櫻真君、貴方が優しいのは分かるわ。けど椿鬼に同情したら駄目よ」

そう言って悲しげな表情を浮かべてきた。

「話してしまった後に、これを言うのも野暮天だけど、私も含めて椿鬼は貴方の敵なの。だから敵の内情に同情して、刀が揮えなくなったら……今度は味方である桜鬼に迷惑が掛かるわ。だから、今聞いた話は、上手に聞きながしてね」

 鬼兎火の言葉を聞きながら、櫻真は内心で苦笑していた。

(俺に優しい言わはったけど、鬼兎火が大概やな)

 さっきの言葉は、敵といった自分に対して投げるにはあまりにも優しすぎる。敵であるなら、その鼻に煤がついていようと、言わなければ良い話だ。

 しかし、鬼兎火はその汚れを無視せずに櫻真に鏡を渡してきたのだ。

(鬼兎火と蓮条は似た者同士かもな……)

 口を閉じながら、櫻真は静かにほくそ笑んだ。

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