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彼女の胸の内

 午後の授業を終え、櫻真は帰りのHRが始まるのを席について待っていた。隣の席にいるはずの千咲は、意識は回復したものの、大事を取って早退している。

 祥さん、大丈夫やったやろうか? 

 櫻真は空席となっている机を見ながら、小さく溜息を漏らした。

 けど、千咲の中にあったという邪鬼は桜鬼が取り除いてくれていた。だから、大丈夫なんだろうとは思う。

 しかし、自分たちの厄介事に他人を、千咲を巻き込んでしまった事への負い目はある。

 桜鬼は……今、何してはるんやろ?

 少し前に桜鬼に呼び掛けてみたものの、桜鬼からの返答はなかった。

 やっぱり、怒ってはるんやろうか?

 あの時は、もういっぱいいっぱいで、鬼絵巻の事などどうでも良かった。苦しそうにしている千咲の容体の方が心配で仕方なかったからだ。その事自体は、間違っているとは思わない。けれど、桜鬼をがっかりさせてしまった事に少なからず悪い気はする。

「なんか、上手く行かへんなぁ……」

「何が?」

「うん、鬼絵巻の事とか……って、祝部君! 聞いてはったん?」

 櫻真が驚いて、後ろの席にいる佳の方へと向いた。後ろの席に居る佳は、驚く櫻真にやや苦笑しつつ、

「まぁ、割と耳はええ方やから。それで、鬼絵巻って何?」

「あっ、いや……その……さっきのは忘れて」

「そんなん、なしや。䰠宮が俺の立場やったら聞き流せる? さっきの事もあるのに? 何故か視認はできなかったけど、普通じゃない気配が漂ってはったやろ? 祥から強い気配のする塊が出て来たのも引っかかるし」

「そやけど……でも話してええものか、迷うねん」

 結界の事を訊かれた時と同じように、櫻真が言葉を濁す。自分がうっかり口を滑らせたこととはいえ、話して良いのか本当に悩むのだ。

「つまり、䰠宮内での揉め事で、俺には言えへんってことやな?」

 冷静で鋭い佳の言葉は、櫻真に動揺を走らせる。

「それは……」

「図星やろ?」

 目敏い。

 体育の授業の時に、結界の起点一つを無効化したのは佳だ。片手間で邪鬼払いをしているニュアンスだったが、その実力が高そうだ。

 櫻真は何かを確信している佳の言葉に、口許を硬く引き締めさせる。そしてそんな自分の事を佳が真剣な表情で見ている。

 佳の視線に射られ、櫻真の中で激しく相対する二つ感情が鬩ぎ合う。話してしまうべきか、否か。

 そして、逡巡していた櫻真が決意を固めたように鍔を飲み込んだ。

「実は……ーー」

 口を開きかけた瞬間、櫻真の背中を刺すような気配が通り過ぎた。

「えっ?」

 慌てて気配がした後ろ側の廊下へと視線を向ける。

 けれど、そこには誰もいない。でも確かにしたのだ。自分を刺すような気配が。

 桜鬼はっ?

 櫻真が縋るように桜鬼の気配を探すように、意識を集中させる。気配はすでにきえてしまっている。しかしここに桜鬼意外の従鬼がいる以上、油断はできない。桜鬼と意識を通わせる必要がある。先程まで霊的交感は全く繋がらなかった。だから、今も繋がるがどうか……

『櫻真っ! 先程の気配は何じゃ!?』

『桜鬼っ!』

 繋がった。そして櫻真の視界に慌てた様子で教室のベランダ側からやってきた桜鬼が映る。

『桜鬼……いや、何でそのベランダから?』

 桜鬼が来てくれたことに嬉しさを感じながら、同時に浮かんだ疑問を口にする。

『ここに居たのは、たまたまじゃが。消えた鬼絵巻の気配を探っておってのう。少々意識を集中させ過ぎたが』

 後半、声を小さくさせながら桜鬼が自分の呼び掛けに返答しなかった理由を話して来た。

 そしてそんな桜鬼に、自分を怒っている様子はない。

『……良かったわ』

『ん? 何がじゃ?』

『あっ、いや……さっきの事で桜鬼、俺の事を怒うてはるかな? って思うとったから』

 櫻真がそう言って、苦笑を零す。

 変に勘ぐり過ぎていた自分が幼稚に思えて、恥ずかしい。

『ふふっ、櫻真は可愛いのう。妾は怒ってなどいない。だから心配無用じゃ。じゃが、すぐに鬼絵巻を追わねばのう? このまま鬼兎火たちにやられっぱなしは、悔しいじゃろ?』

 華やかさのある笑みを零して来た桜鬼に、櫻真は思わず顔を赤く染める。

「䰠宮……いきなり顔を赤くしたはって、どうしたん?」

 またまた、佳からの冷静なツッコミに、櫻真はさっきとはまた違った意味で顔を赤くした。

「あっ、いや、その……俺の顔、赤い? 祝部君の気の所為ちゃう? ははっ」

 空笑いをしながら櫻真が誤摩化す。そのタイミングで帰りのHRをしに担任が教室へと入って来た。

 た、助かった〜〜。

 櫻真は心の中で安堵し、机の横にいる桜鬼に横目で視線を向ける。桜鬼は先程の気配に払っている……というよりも、見慣れない教室の風景に視線を迷わせていた。

 まぁ、桜鬼からすると何もかも新鮮やろうな。

 これから少しずつ、桜鬼にこの時代の事を教えてあげよう。きっとそうした方が桜鬼もこの時代に馴染んで、過ごしやすくなるはずだ。

 ふと、そんな事を考えて櫻真は、自分の中にあった先程の不安や恐怖が無くなっていることに気付く。

 さっきまであんなに動揺してたのに……。

 その事が妙に嬉しくて、櫻真は桜鬼たちにバレないように小さく微笑む。

 すると、そんな時……桜鬼がソワソワと周りを見回し始めた。

『桜鬼、どうしたん?』

『櫻真、感じたぞ。鬼絵巻の気配をっ!』

『えっ、ホンマ?』

『うむ、これは間違いない! 櫻真、今度こそ追うぞ! 付いて参れ!』

 桜鬼がハキハキとした表情で、一目散に廊下へと走っていく。

「先生!」

「どうした? 䰠宮?」

「あっ、あの、少し気分が悪くて、トイレに行って来てもええですか?」

 教室から飛び出して行った桜鬼を気にしながら、櫻真がそう言う。すると教卓にいる先生は少しだけ慌てた様子で「大丈夫か? 一人で行けはる?」と訊ね返してくる。

 櫻真はそれに頷き、少し小走りで教室を出た。

『桜鬼、今どこ?』

『この建物の一階じゃ。保健室と書かれた部屋の前におる』

 保健室?

 その単語を聞いて、櫻真が真っ先に思い浮かべたのは体育の授業の時に体調を崩した千咲の事だ。

 祥さんは、もうきっと早退してはるよな。きっと……

 自分自身にそう言い聞かせるが、櫻真の中でやはり不安は残る。

『桜鬼、俺もすぐにそこに行くから、待たはって!』

『うむ、畏まった!』

 桜鬼の返事を聞きながら、櫻真はHRを終え教室から出てくる別のクラスの生徒を掻き分けて一階へと急いだ。



「はぁ、何か大事(おおごと)になってしもうたな……」

 保健室のベッドで横になっていた千咲は、少しだけ肩を落としていた。もうすでに学校から家には連絡は行っている。しかし、千咲の両親は共働きですぐに迎えに来ることは難しい。

 母親が、会社に頼んで早退させて貰うと言ってくれたが、正直、今の自分は元気だ。だから無理して親に迎えに来てもらうのも気が引ける。なので、迎えは断り放課後まで休ませてもらっていた。

 結局、あの時の身体の不調は何だったのだろう?

 いきなり全身を火傷した時のような鋭い痛みが走り、呼吸ができなくなったのだ。養護の先生にその事を伝えてみたけれど、思い当たる病名などはないと首を横に振っていた。

 自分がどうしてあんな状態になってしまったのか、その原因が分からなくて怖くなる。ただ唯一の救いなのは、今の自分に異常が見られないということだ。

「変な病気になってへんとええな……」

 ぼそりと呟く。

 けれど、そんな自身の呟きが自分の不安をさらに強くしてしまう。怖くなって、千咲は必死に良い事を思い浮かべようとした。

 そういえば、私が倒れた時に䰠宮君も駆け寄ってくれはった気がする。

 意識が朦朧としていて、櫻真の姿をはっきり見ることはできなかったが、声は聞こえた。

 櫻真が自分の元に駆けつけてくれた事は嬉しい。

 小学校の頃から思いを寄せていたが、上手く話せず、櫻真との距離を中々、縮めることが出来なかった。それが今では、同じクラスで隣の席になれた。その事は千咲にとって奇跡に近い幸運だ。正直、櫻真を狙っている女子は多い。櫻真は繊細で綺麗な顔立ちをしていて、雰囲気も他の男子よりも落ち着いている。そのため、女子の視線を集めてしまうのだ。

 千咲が櫻真を意識したのは、小学校三年生くらいの時だ。その時は、今より気持ちが朧げだったけれど、隣のクラスにいる櫻真をずっと目で追っていた。

 中学生になり、小学校の頃よりもモテ始めた櫻真を見て、千咲はいつもヤキモキとした気持ちになっている。それでも、千咲はまだ櫻真に告白する勇気が持てないままだ。

 もし自分が告白して、櫻真に困った顔をされたら? そう思うだけで千咲は臆病風に吹かれてしまう。

 それに……

 千咲の脳裏に、同じ部活の紅葉の顔や、昨日見た綺麗な女性二名の顔が浮かび上がる。紅葉も小学校から知っている友人だし、あの二人のような綺麗な女の人を櫻真が見慣れていると思うと、さらに自分に自信が持てない。

「はぁ……、駄目やな。私」

 千咲が小さく溜息を吐いていると、保健室のドアが開く音がした。

 養護の先生が戻ってきたのだろうか?

 千咲がぼんやりとそんな事を考えていると、ベッドの間仕切りとして使われているカーテンが勢いよく開けられた。

「えっ!」

 驚いて思わず、短い声を上げる。

 そして開けられたカーテンの前に立っていたのは……

「䰠、宮君……?」

 予想外な人物の登場に千咲が目を瞬かせる。

「あー、勘違いしたはると思うけど、ちゃうよ。俺は櫻真やない」

「えっ、あっ、じゃあ……今日、転校して来はった……」

「䰠宮蓮条や。よろしく」

 微かに微笑んできた顔にドキッとしてしまう。その顔が自分の好きな人の顔にひどく似ていて、胸が自然と速くなってしまう。しかし午前中に櫻真と話していた蓮条の事を思い浮かべ、千咲は胸を鳴らしてしまった自分に内心で首を振る。

「それで、その……私に何か?」

 声が震えないように、注意しながら千咲が蓮条に訊ねる。

「そんな緊張せんでええよ。同い年やし、仲良うしよ。むしろ、俺は祥と仲良うなりたいんよ」

 そう言いながら、蓮条が間仕切りのカーテンの中へと入って来た。一気に縮まった距離に、千咲は緊張せずにはいられない。

「ど、どうして……私の名前を知ってはるん? それにここに居る事も」

「ああ。それは一目見た時に気になって、クラスの奴に聞いたんよ。ここに来たのは、ちょっとした賭けやったけど」

「気になって……」

 蓮条のストレートな言葉に、顔の温度が一気に上がった。自分でも分かりやすいくらい、顔が赤くなっているのが分かって、自然と顔を俯かせてしまう。どんなに警戒しても、櫻真に似ている顔で、そんな事言われたら、変な勘違いを起こしてしまいそうになる。

 ああ、ダメダメ。いくら顔がそっくりやからって、別の人なんやから! 私が好きなのは隣の席の、少し恥ずかしがり屋で、でも優しい櫻真君で……だから、だから……

「なぁ、これって何?」

 櫻真にそっくりな蓮条の声が、やけに近く感じる。

 気の所為?

 千咲がそう思った矢先、それが気の所為ではない事が分かった。いつの間にか、蓮条が自分の横にいて、躊躇いなく、自分の首元に手を伸ばしてきたのだ。

 えっ、えっ、えっ、ええーーーー!?

 蓮条の手が、自分の首筋に触れ、身体がビクッと反応してしまう。

「あっ、ごめんな。驚きはった?」

 過剰反応してしまった自分に死ぬほど恥ずかしくなりつつ、自分を気遣ってくれた蓮条の表情は櫻真そのもので、ドキドキしてしまう。

 駄目だと思うのに、顔も、声も、ふとした仕草さえも櫻真に似ている蓮条に胸を高鳴らせてしまう。重ねてしまう。

 けれど、妙な熱にほだされそうになった千咲の思考は、蓮条が手に取った物によって現実に引き戻される。

 千咲の目に止まったのは、駄菓子屋などでお菓子のおまけに付いてくる玩具の指輪。それをネックレスのようにして身に付けている。

 それを蓮条が難しい顔で見つめていた。

「えーっと、䰠宮君? どないしはったん?」

「いや、少し気になってな。祥ってこういうの身に付けなさそうやし」

「これは……小学生の頃、好きな男の子から貰うた大切な物で、付けてると胸が暖かい気持ちになるんよ」

 そう、これは小学三年生だった頃に、たまたま近所の駄菓子屋で会った櫻真に貰ったものだ。

 きっと、その時に私は……好きになってしもうたんやなぁ。

 玩具の指輪を見ながら千咲が穏やかな気持ちになっていると、蓮条が納得したように頷いて来た。

「なるほどな。ああ、それと、俺の事は下の名前でええわ。……ややこしいやろ?」

 ややこしいと言った時、少しだけ蓮条の顔が曇ったように見えた。何故、蓮条がこんな顔を浮かべたのか、その理由は分からない。

 しかし、今日会ったばかりの自分が訊ける雰囲気でもないのは確かだ。

「じゃあ、その……蓮条君って呼ばせてもらうね」

 本当は男の子を下の名前で呼んだことがないため、少し緊張する。自分でも変な気分だ。しかし、目の前にいる蓮条は気にする様子もなく、にっこりと微笑んで来た。

 やっぱり、似てはる……。

 蓮条の笑った顔を、再び櫻真と重ねてしまい顔を赤める千咲。

 すると、そこへ、

「な、何してはるん?」

 切羽詰まった様子の櫻真がやってきた。

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