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カラスが鳴くより縁起が悪い

 夕方近くに帰宅した櫻真たちの話を聞き、桔梗は「なるほどね」と感嘆していた。

「つまり、鬼絵巻は竹生島に潜んではるわけやね」

「まぁ、俺たちの見解ですけど」

 櫻真たちの話を聞いているのは、桔梗だけではなく、他に儚と瑠璃嬢もいた。惜しげもなく、他の主たちに自分たちが得た情報共有をしてしまうのは、この世代ならではだろうと、桔梗は内心で思う。

 以前、椿鬼から聞いた話によれば、鬼絵巻を取り合う者同士で、ここまで親しく付き合っていた時代はなかったらしい。でもそれは当然だ。

 鬼絵巻で決まる当主の椅子は一つしかなく、その椅子の価値は今よりも高騰していたのだから。いや、本来ならその価値は今も変わりはしない。

 ただその椅子を奪い合う主たちの意識レベルが格段に下がっただけだ。

 古来より声聞力を駆使して、星を読み、厄を祓い、時の権力者たちの加護にあった䰠宮の陰陽師たち。それらを統べる当主ともなれば、莫大な富と権力があったのは言わずもがなだ。

 しかしその権力を一人に握らせておくには、あまりにも大きすぎた。

 大きすぎる権力は、外に敵を増やした。この結果は武人ではない䰠宮からすれば脅威でしかない。僥倖というなら、その脅威を従鬼たちが退かせてくれたことだろう。

 けれど、いつの時代も従鬼がいる訳ではない。式鬼神を呼び出せるとはいえ、従鬼よりも裁ける数が格段と落ちる。その為、従鬼が現界していない時に敵が数で攻めてくれば、一溜まりもないのだ。

 そのため、䰠宮は平安時代を過ぎ鎌倉時代には猿楽師としての顔を手にしていたのだ。

 皮肉にも最初からあった陰陽師の顔ではなく、今では能楽師としての顔が強くなっている。ただ、そうなってしまった因果を桔梗は昨日の椿鬼との会話によって知ってしまった。

(それを起こした理由までは、分からへんかったのは残念やけど……)

 桔梗が思考の中に入っている間に、櫻真たちの話は進んでいた。意識を現実に戻すと、どうやら話は、瑠璃嬢と儚の占術結果の話に移行している。

「な? 納得できへんやろ?」

「てか、今回男が有利なんだから、別の時に女を有利にしてくれなきゃ割に合わないんだけど?」

 仏頂面の女子二人の気持ちは、まぁ理解はできる。

 自分の力が及ばずでなら、気持ちも整理はできるが……「女」という理由で鬼絵巻の争奪戦から外されるのは、遣り切れないだろう。特にこの中では一番、当主になりたいと思っている瑠璃嬢からすれば、その気持ちはより一層強いだろう。

「二人には同情しはるけど……こればっかりは僕らに文句を言われてもどうする事も出来へんよ。きっと、物語に準じての条件やろうし。かぐや姫は元より婿選び、竹生島も女人禁止の島。どっちにしても、女の人は不利かもね」

 桔梗が二人へ労わりの言葉を掛ける。正直、この言葉に皮肉や嘲笑などは一切入っていない。それなのに……

「うわっ、凄い上から目線。絶対、内心でガッツポーズしてるでしょ?」

 瑠璃嬢から失礼極まりない言葉を投げつけられた。

 しかも、瑠璃嬢の言葉が終わるのと同時に何処からか「ぶふっ」と吹き出すような笑い声が聞こえてきた。

「葵……」

 桔梗はこの世で一番、呼びたくない名前を呼ぶ。

 すると人を小馬鹿にするように笑う、葵が姿を現してきた。葵は、いつもの着物を着て立っており、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「あまりにも信用性のない桔梗ちゃんの姿に、思わず感涙しちゃったわ」

「感涙ねぇ……。てっきり僕は涙腺に問題があって、流涙症状が出てしもうたのかと思った」

「あら、残念。私、生まれてこの方……どのお医者様にもお世話になったことがありませんことよ」

 着物の袂で口元を隠して葵が得意げな顔を浮かべている。桔梗はそんな葵をうんざりとした様子で見た。

 病気に罹った事がないのは本当だろう。そして、その事実を改めて意識すれば、葵の強靭さに嫌気が指す。

 嫌な奴ほど、蜚蠊(ごきぶり)の様にしぶとく頑丈なのだ。

 けれどそんな害虫に桔梗が口を挟む前に、苛立った様子の瑠璃嬢が口を開いた。

「てか、前から思ってたんだけど……姉さんって、何で櫻真の肩持ちなわけ?」

 全く予想してなかった瑠璃嬢の言葉に桔梗だけでなく、葵本人も目を丸くさせてきた。葵の顔には『そこ、訊いちゃう?』と書かれている。

 けれど、瑠璃嬢は言葉を撤回する気もないらしく、葵の顔を凝視したままだ。

 櫻真を筆頭に口を閉じている、主、従鬼たちの視線が一気に葵に集まる。

 すると、葵が目を細めて口を開いてきた。

「私から一つ質問なのだけど、櫻真以外で推す価値のある奴って、だぁれ?」

「はっ?」

 短い言葉で意表を突かれた事を表に出したのは、質問者である瑠璃嬢だ。まさか、こんな質問をされると予想してなかったのだろう。

 そんな瑠璃嬢を見て、葵が愉快そうに笑う。

「だって、そうじゃない? 私は面白そうだから櫻真を推している。けど、今の私が見る限り、櫻真以外で面白そうなのが居ないんだもの。もし、居るんだったら、私にその事をちゃんと示して貰わなくちゃ。そうじゃなきゃ、推し損も良いところだわ」

「……何を根拠に櫻真が面白いと思ったわけ?」

 食い下がるように、鋭い視線を飛ばす瑠璃嬢に葵が肩を竦めさせた。

「それが知りたいなら、黙って見てなさいな。私が言わずとも、(いず)れ分かる事だもの」

 つまり、この場で口にしたくない、知りたいなら邪魔するな、と葵は言いたいのだろう。桔梗は葵と瑠璃嬢を無表情のまま見つめていた。

 いくら根回し上手の葵といえど、心の中を読む力まではないはずだ。

 だからこそ、どっちつかずの意思を表明するように桔梗は表情を崩さない。するとそんな自分を葵が横目で一瞥していることに気がついた。

「葵はどうして僕を見てはるん? 君に見られてるのはあんまり良い気持ちやないね」

「あら、どうしてかしら? 桔梗ちゃんともあろう者が私に後ろめたい事でもあるの?」

 目を細めてきた葵に、桔梗が思わず笑い声を上げた。

「君、勘違いせんでくれる? その言い方やと僕がまるで君の参謀にでもなったみたいな言方やない? 残念やけど、僕は君の味方になったつもりないよ。正直、僕は君と菖蒲ちゃんの攻防を、面白可笑しく静観しとるだけやからね」

 桔梗が溜息混じりに言下して、葵を見る。

 すると葵が詰まらなそうに目を半眼させて「ふーーん」と声を漏らしてきた。

 またまた可笑しくなり、桔梗は腹を抱えて笑いたくなるのを必死に堪える。

(ああ、そういう事か)

 桔梗は内心で確信していた。

 やはり、今回の事を仕組んだのは十中八九、葵に違いないと。

 けれど桔梗の中でも分からない事はある。

 ーー誰が、葵の下で動いているのか? という疑問だ。葵は基本、単独で動く。むしろ、仲間なんて物を作るような奴じゃない。

 利害の一致という形で誰かと組んでいるのか?

 一瞬、頭の中に浮かんだ考えだが、しっくり来るような来ないような、何とも言えない気持ちだ。

 桔梗が黙ったまま葵を見ていると、葵が再び口を開いてきた。

「性悪桔梗は放っておいて、葵からスペシャルな情報を教えてあげましょうか?」

 人差し指を立てた葵に、再び全員の視線が葵へと集まった。

 自分へと視線が集まったことに、葵が満足げな表情を浮かべる。

「今回、竹生島で私たちを邪魔してくるのは陰陽院の連中は実質二人です」

「実質二人って、どういうこと?」

 葵の言葉に首を傾げたのは、眉根を寄せた櫻真だ。

「向こうでも色々あるみたいなのよ。それで、話を進めるとね、その2名は神宮寺紫陽と祝部佳の2名。()で住吉隆盛が付いてくるわ」

「かっこって……ホンマにどういう事やねん?」

 訝しげな表情の蓮条に、葵は笑顔のまま肩を上下させた。

「まぁ、良いんじゃないかしら? 自分たちの邪魔者が誰なのか知れただけでも、良しとしないさいな」

 いつもの飄々とした態度に戻った葵がスキップしながら、そそくさと部屋を出て行く。

 その後ろ姿を桔梗は眉を顰めて見ていた。

 葵がスキップするなんて、カラスが鳴くより縁起が悪いのだから。

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