占術の結果
「ダメや。全然、ダメ」
自室で占術をしていた儚がベッドの上で体に横に倒し、眉を寄せた。そんな儚の様子を見て、魁が困ったように苦笑を零す。
「つまり、鬼絵巻に関する良いヒントが得られなかったわけだな?」
「得られる所か……『諦めろ』って出てきよったぁ〜〜」
「おいおい、確かにその結果はあんまりだな」
「せやろ? まさか、こんなすっぱっと切られると思わへんかったわ」
ベッドの上で項垂れながら、儚が先ほどの占術結果を思い浮かべる。思い浮かべるといっても、結果は至極質素な言葉だった。
【汝の道、暗し。光は燈らん】
鬼絵巻の事を指しているとは断言できないが、今の近況を調べて、この結果だと鬼絵巻の事だと思ってしまう。
昨日、アレだけ恥ずかしい思いをして戦った。それを考えると、このまま素直に引き下がるのは正直悔しい。
「うーーん、どないしよう〜〜?」
考えが上手く纏まらず、儚が唸り声を上げる。そんな儚の声と同時に勢いよく自室の扉が開かれた。
「えっ? 誰?」
驚いた儚が勢いよく状態を起こして、扉の方を見る。
するとそこには、不機嫌そうな表情を浮かべる瑠璃嬢が立っていた。
「アンタ、占術はした?」
「えっ?」
「えっ、じゃなくて占術。鬼絵巻を探るための」
「したけど……それが?」
瑠璃嬢の気迫にやや怯えつつ、儚が訊ね返す。
「結果は?」
間髪入れず、しかも歯に衣着せぬ質問に儚が思わず目を剥いた。今の自分たちの間柄は縁者というより、宿敵に近い関係だ。鬼絵巻を取り合っているのだから。
「アンタもアホやろ? そんなんウチが言うわけないやん」
ベッドの上で胡座をかきながら、返答を濁す儚。そんな儚に瑠璃嬢が目を細めさせてきた。
「とか言って、どうせ……嫌な結果しか出なかったんでしょう?」
「なっ! 何でそうなるん? そんなん分からへんやろ?」
「……アンタって嘘下手すぎ。その反応じゃ、どう考えても図星を突かれてんじゃん」
完膚無きまでに畳み掛けられ、儚は臍を噬む。
(悔しい。何でウチがこの女に言い負かされんといけへんのっ!)
胸の内でむすっとしながらも、儚は開き直って瑠璃嬢の言葉に頷いた。
「アンタの言う通りや。占術しても鬼絵巻を諦めろ的な結果しか出てこんし、それ以上のヒントも得られへんかった……。アンタもやろ?」
不貞腐れた表情のまま儚が瑠璃嬢に訊ねると、瑠璃嬢が辟易とした溜息を吐いてきた。
「本当にあり得ないから。星の奴、なんて言ってきたと思う?」
表情にも嫌悪感を露わにしてきた瑠璃嬢に訊ねられ、儚が首を横に振る。
「お前は女だから、姫は迎えられない……とか巫山戯てるにも程あるでしょ? 鬼絵巻に性別あるとか……意味分かんないから」
「えっ? つまりウチらは女やから鬼絵巻を手に入れられへんって事?」
怒った様子の瑠璃嬢が首肯してきた。
「え〜〜、確かにそれはアンタじゃなくても納得できひんわ〜〜。魁、今までもそんな条件とかあったん?」
納得できないまま儚が魁を見る。
すると魁が困った顔を浮かべてきた。
「まぁな。昔もあったにはあった。時間帯だの、入手法はあったな。ただ鬼絵巻もその時代によって変わるみたいだ」
「つまり、今回は……男子に有利って事やんなぁ……」
瑠璃嬢と魁の言葉で、昨日の自分の苦労は本当に無駄だったということだ。
「むしろ、何で姉さんは……この事を教えてくれへんかったん? 昨日の口振りからして絶対に知っとったやん」
遣る瀬無い気持ちのまま儚が愚痴を漏らす。どうせ、こんな結果になるなら、あんな恥ずかしい思いをしてまで、穂乃果と水上相撲を取りはしなかった。
(これで、蓮条以外が鬼絵巻を手に入れる様な事があったら……)
それこそ、自分の頑張りが報われない気がする。
「ホンマに、鬼絵巻も変な条件付けへんでよぉお。むしろ、姉さぁぁん」
「葵姉さんが言うわけないじゃん。悪鬼なんだから。昨日のだって、ただ自分が面白いだけでやってたんだろうし……でもまぁいいや」
「まぁ良いって、アンタにしては珍しい反応やな? アンタの性格やったら地の果てまで、姉さんの事を追いかけて怒りそうなのに」
儚から見る瑠璃嬢は、この事実を知ったらすぐにでも葵の所へと乗っ込みに行きそうなタイプだ。そのため、先ほどの瑠璃嬢から出た最後の言葉は、すごく意外なものだった。
驚く儚に瑠璃嬢が薄く笑みを浮かべてきた。
「あんな雲みたいな姉さんを追うなんて、疲れるだけでしょ? だったら……鬼絵巻を手に入れた奴に勝負を挑む。あっ、別にあたしの真似しても良いけど、その時はあたしも容赦しないから」
笑いながら、言葉を吐き捨てた瑠璃嬢が儚の部屋を去っていく。
そんな瑠璃嬢の後ろ姿を見ながら、儚はただただ呆然としていた。
「なんちゅう闘志……」
ほんのついさっきまで、自分も悔しいと思っていたけれど、鬼絵巻を手に入れた人から奪おうとは思ってもいなかった。
そしてそれは自分の覚悟の甘さでもある。
「ど、どないしよう。そうや。確かに……ホンマやったら、瑠璃嬢みたいに打算的な事を考えてでも鬼絵巻を取りに行かへんといけんのやなぁ。ああ、でもそれが蓮条やったら? そもそも勝負なんて挑めへんし。櫻真なら何とか行けそうやけど、桔梗やったら強そうやし、怖そうやし……」
自分の甘さを痛感して焦る儚が、ブツブツと独り言を呟き考え始める。
そのため儚はーー……
「……何で、結果の内容が違ったんだ?」
魁が呟いた疑問を聞き漏らしてしまった。
藤から事情を聞いた桔梗は深く溜息を吐いていた。隣に座る椿鬼も前代未聞の事に絶句している。
「だから、藤は菖蒲ちゃんに来て欲しかったんやね?」
桔梗の言葉に藤がコクんと頭を頷かせてきた。
菖蒲が来ない事を残念がっていた藤を見て、少しの疑問はあった。藤が菖蒲に懐いているとはいえ、朝の開口一番に菖蒲の事を口にするまでではないだろう。
けれどこれを聞いて、桔梗は藤が菖蒲を求めていた事に合点がいく。
藤は菖蒲が鬼絵巻を、自分の従鬼から聞いて知っていたのだろう。
「それで、昨日の夜にいなくなったのが……藤が手に入れとった鬼絵巻なん?」
「ううん、違う」
「えっ? ちゃうの?」
訊ねながら、ほぼほぼ確定だと思っていた。それだけに、藤に否定されたのは意外だった。椿鬼も同じように驚いているのを見ると、少女も自分と同じ気持ちだったのだろう。
「……藤が無くしたっていう鬼絵巻は、どういう奴だったん?」
気を取り直して桔梗が藤に訊ねる。すると藤が百合亜を少しだけ一瞥してから、桔梗へと口を開いた。
「小さくて、丸くて、可愛い」
「あのね、百合亜たちの手に乗るんだよ! ぷよちゃんって言うの!」
「ぷよちゃん……?」
百合亜たちの証言に桔梗は一瞬だけ眩暈のような物を感じた。しかし、変幻自在の鬼絵巻だ。百合亜たちが言うような形になっているかもしれない。
「そのぷよちゃんは、生きてはるの?」
「うん。お喋りは出来ないけど……ビョンビョン跳ねたり、オヤツを一緒に食べたりする」
「へぇ……。じゃあ、その鬼絵巻と遊んでる時に居なくなったって事?」
「違う。僕が寝てる間に居なくなっちゃったの。だから……菖蒲お兄ちゃんにぷよちゃんを探して欲しくて……」
「なるほどねぇ。なら、菖蒲ちゃんに連絡してみようか?」
その『ぷよちゃん』も鬼絵巻の一つで、この件が済んだら探さなくてはいけないものだ。
桔梗が自分の端末を後部座席にいる藤へと渡す。
「ですが、主……宜しいのですか? 魄月花の主にこの情報を渡したりして?」
躊躇せずに端末を渡した桔梗に、椿鬼が顔を顰めさせてきた。
しかし、桔梗は動じる事なく答える。
「ええよ、別に。菖蒲ちゃんと競ってるわけでもあらへんし。それに、菖蒲ちゃんに探してもろうた方が僕らも手間が省けてええしね」
「それは、そうですが……。魄月花の主が本当の事を話すとも限りませんよ?」
「それは大丈夫。菖蒲ちゃんは頑固やけど、葵みたいに嘘は言わへんよ」
桔梗が横目で椿鬼を見ながら笑みを浮かべる。
けれど心配性な椿鬼はまだ落ち着かない様子だ。けれどこの椿鬼の反応も無理はないだろう。これまでの菖蒲とのやり取りを思い返せば。
(ホンマに、こんな心配することもないんやけどねぇ……)
「じゃあ、椿鬼……主思いである君の誠意に免じて一つ、重大な事を教えようか?」
「重大なこと?」
「うん、そう。きっとこれを聞けば、君も喜びはるし、やる気も一気にグンと上がる話と思うよ?」
自分の話に前のめりになる椿鬼に、桔梗がフッと笑う。
その瞬間に、自分の端末から低めの声が聞こえてきた。どうやら藤は菖蒲にメールではなく、電話を掛けていたらしい。
電話に出た菖蒲に藤が事の経緯とお願いを話し始める。そして……電話越しの菖蒲が『ぷよちゃん?』と呟いたのを耳にし、桔梗は堪えきれず笑い声を上げた。
「椿鬼、残念やけど……僕らの話の続きは藤のが終わってからや」
笑い混じりの主の言葉に、椿鬼はやや焦ったそうにしながらも「はい」と頷き返してきた。




