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少年の失くしもの

 桔梗は藤と百合亜を連れて、車を走らせていた。

 助手席には、部屋に閉じこもっていた椿鬼の姿がある。車が走るのは、琵琶湖を国道161へと繋がる県道558だ。運転席側には海とも錯覚してしまいそうな琵琶湖が見える。

 百合亜たちは、後部座席に座りながらウキウキした様子で外を眺めていた。

 そんな百合亜たちを気にしつつ、横に座る椿鬼が(そぞ)ろな様子で桔梗を見ていた。

「何か気になってるみたいやね? どうかしたん?」

 桔梗の言葉に椿鬼が体をビクッと震わせた。見ていた事がバレて慌てたらしい。

 そんな椿鬼の様子に桔梗が思わず苦笑を零した。

「そんな驚かなくてもええよ。自分の思ったことを口にしはれば……」

 桔梗が椿鬼に話を促すと、観念したように椿鬼が口を開いた。

「あっ、その……大した事ではないのですが、何方に向かわれているのですか? それに……」

 後部座席にいる二人の姿を椿鬼が見る。

「ただの気分転回って言うたら、納得しはる?」

「……理由としては納得できます。ですが、主の様子を見ていると、どうも他のお考えがあるような気がして」

 椿鬼の言葉に、桔梗が愉快そうな声で笑った。

 桔梗の笑い声を聞いた百合亜と藤が反応し「面白い話をしてるの?」と声を弾ませている。

 そんな百合亜たちに、桔梗が軽く首を横に振る。

「僕もまだまだポーカーフェイスにはなれへんみたいやね」

 桔梗の言葉に、椿鬼を含めた三人が頭に疑問符を浮かべている。統一性のある三人の姿に桔梗は再び笑い声を漏らした。

 どうやら、ポーカーフェイスという言葉を理解できなかったらしい。

「要するに嘘が下手ってことや」

 桔梗がそう言うと、首を傾げていた三人がぽかんとした表情を浮かべ、それから二人と一人の表情へと変えてきた。

 百合亜と藤は興味を失い、椿鬼はややホッとしたような顔を浮かべている。

「私の目利きは間違っていなかったということですね?」

 桔梗は椿鬼の言葉に素直に首肯した。

「うん、ちょっとあの場では聞きにくい話やったから、場所を移したかったんよ」

 そう前置きをして、桔梗はバックミラー越しに後部座席にいる藤を見た。

「藤、君に聞きたい事があるんやけど……何か僕らに隠してはる事はない?」

 不意打ちでそう訊ねられた藤が、驚いたように目を瞬かせた。

 そしてそんな藤の代わりに、明からさまに動揺し始めたのは百合亜の方だ。

(わ、分かりやすい……!)

 子供の中では、上手く隠せているつもりだろう。けれどそんな子供の嘘は、どこかちぐはぐとしていて、大人である自分の目からすると愛らしい滑稽な姿に見えてしまうのだ。

 分かりやすく動揺する幼子二人に、桔梗は笑みを零すのを必死に堪える。

 桔梗が藤の異変に気付いたのは、儚の家へと向かう往路の時だ。百合亜と比べると感情の起伏が薄い藤とはいえ、夏休みの遠出に心が踊らない事はないだろう。それに、顔を俯かせ元気がないのは明らかだった。

 琵琶湖に着いてからは、その影がなくなってはいたが……頭の片隅で桔梗は気には止めていたのだ。

「答えられへん? 何か悪い事でもしよったん?」

 沈黙する藤に桔梗が誘導尋問をしてみると、藤が勢いよく首を横に振って、

「悪い事じゃない……」

 と答えてきた。

「じゃあ、どんな隠し事なん? 誰にも話さへんから教えてくれはる?」

「……どうして、分かるの? 僕が何か隠してるって」

 返答の代わりに質問を重ねてきた藤に、桔梗が肩を竦めさせる。

「そうやなぁ……。藤も百合亜が元気ないと、心配にしはるよね?」

「うん、する」

「僕もそんな感じかな? 正直、僕は藤が悪い事したなんて思うてへんよ? 藤がええ子なのはよう知っとるからね」

 ミラー越しに桔梗が笑みを浮かべる。湖の形に沿って曲がる道を走りながら、桔梗は藤からの返答を待つ。

 その間に藤は百合亜と顔を見合わせ、「秘密」について話すべきかを、百合亜と考えている様子だ。

 それを見ながら、桔梗は二つの気持ちで逡巡していた。

 子供たちの答えを待ちたい気持ちと、質問を続けて答えを炙り出そうと思う気持ちで、だ。

 普段なら桔梗も迷う事なく『答えを待つ』という選択肢を取っていただろう。いくら子供相手だろうと言いたくない事を無理矢理聞き出すのは悪趣味だ。

 けれど今回の場合、桔梗の直感が何かを嗅ぎつけていた。確証はないが、心のどこかで「訊いておいた方がいい」という感情が蠢いているのだ。

(さて、どうしたものか?)

 桔梗が口を閉じて考えている内に、子供たちの決断の方が早かった。

「僕、無くしちゃったの……」

「……無くしちゃった? 何を?」

 桔梗が訊ね返す。すると少しの間を置いた藤が小さな声でーー

「鬼絵巻」

 と、ぽそりと呟くように答えてきた。






【姫を見しその眼は天女となりて、舞踏みし】

 櫻真は聞こえてきた占術結果を聞いて、櫻真は希望と共に溜息を吐いていた。

 自分の溜息に気づいた桜鬼が、少し不安そうな表情を浮かべてきた。

「溜息など吐いて、良い結果が得られなかったのかえ?」

「うーーん、半分半分って感じの結果やな。鬼絵巻の事は見つけられるんやけど……やっぱり、それがいつ、どこでなのかまでは分からへんかった」

 桜鬼にそう返事をして、占術で聞こえてきた声を教える。

 するとそれを聞いた桜鬼も目を細めて、首を傾げ始めた。

「確かにその内容だと鬼絵巻に該当しそうじゃのう。じゃが、天女となりしというのはどういう事なのじゃ?」

「うーん、それが俺もよう分からなくて……竹取物語に天女なんて出て来ないし」

 呟きながら、櫻真は徐にネットで『姫 天女』というキーワードで検索する。

 けれど、出てきたのはーー

「ーー多肉植物、ネオヘンリシア……アカン、見たことない植物が出てきてしもうた」

 しかも南アフリカ産の植物で、全く日本との接点が見当たらない。

やはり、そう簡単に活路となるヒントは得られないようだ。

 櫻真が朝食を取ったテーブルの椅子に、背を預けて、天井を仰ぎ見る。

 するとそこへ、蓮条と鬼兎火がやってきた。

「その様子やと、櫻真も行き詰まってはるんやな」

「まぁ、なぁ……。蓮条もやろ? もしかして、占術をしはったん?」

 櫻真が訊ねると、蓮条があっさりと認めてきた。

「やった。【姫を見しその眼は天女となり、舞踏みし】って出てきた。一応、姫、天女でも調べてみたんやけど……」

「変な植物しか出てこうへんかったやろ?」

「…………そうや」

 先回りした櫻真の言葉に、蓮条が複雑そうな顔で一言。

「俺ら、アホやな」

 と呟いてきた。そんな蓮条の言葉に、脳裏で先ほど見た植物を思い浮かべた櫻真が頷く。

 するとそんな双子の様子を見て、鬼兎火が手を叩いてきた。

「二人ともそんなに気落ちしても仕方ないわ。二人とも鬼絵巻を見つけられる事に変わりはないんだから」

「鬼兎火の言う通りじゃ。それに、何時が分からなくても、近々であることは間違いない。櫻真たちは、その身の直近を訊いたのじゃろ?」

 鬼兎火と桜鬼の言葉に、櫻真と蓮条が二人で顔を見合わせる。

「「うん、まぁ……」」

 声を揃えて頷いた事に、櫻真と蓮条は再び顔を見合わせた。

「ふふっ。さすが双子ね」

「息がぴったりじゃ」

 ハモった二人を鬼兎火と桜鬼が微笑ましく見つめてきた。笑われた二人は妙に照れ臭くなり、「偶々や……」「いつもやない」と小さく反論を返す。

 するとそんな櫻真と蓮条の元に、三本の釣り竿を手に満面の笑みを浮かべる浅葱がやってきた。

「父さん、どうしたん? それにその釣り竿?」

「これな、儚の家で借りたんよ。今からボートに乗って釣りしに行かへん? このまま時化た顔して考えててもしゃーないやろ?」

 浅葱にそう言われ、内心で櫻真は「確かに、そうだ」と納得していた。

 正直、ここでうんうんと唸っていても状況は変わらないだろう。それなら、少し気分を変えて、釣りをするのも悪くない。

 そして、蓮条も同じことを考えたのか、櫻真より先に浅葱へと頷き返した。

「分かった。行くわ。釣りするのも初めてやし。櫻真たちも行くやろ?」

「うん、行く」

 櫻真たちの返答を聞いた浅葱がさらに、表情を明るくさせた。

 息子二人と釣りしに行けるのが、嬉しくて堪らないらしい。桜鬼たちも主である櫻真たちの意見に異論はないらしく、浅葱が持つ釣り竿に興味を抱いている様子だ。

(まぁ、果報は寝て待てとも言うしな……)

 占術で聞こえた未来は、そう簡単に覆るようなものではないのだから。

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